謝礼金

 

 メイドギルドのオープンカフェに来た。ようやく食事にありつける。


 ここにはリエル、メノウ、スザンナ、ルネと私の五人がいて、ほぼ貸し切りだ。なんでも食べていいらしい。


 さっき辱めを受けたからな。メイドギルドにある食糧を食い尽くしてやる。


 抵抗できないことをいいことに、変な服を着させようとするし。もう少しで能力の制限を解いて暴れるところだった。


「たまには可愛らしい服を着たらいいじゃねぇか」


「冗談じゃない。あんなヒラヒラした服を着れるか」


 ウェイトレスの服を着るのにも苦労していたんだ。だが、あれは仕事だから受け入れていた。意味もなく防御力が低そうな服なんか着れるか。


 最終的には変な服を着ることはなく、いつもの執事服を着ることができた。まあ、着せられたが正しい表現だけど。


 色々な妥協をしてメノウにやって貰った。全く知らない奴よりはマシだ。


 だが、こんなことがファンクラブの奴らに知られたらどうなることやら。絶対にばれてはいけない。


「久しぶりにメイドの仕事ができて楽しかったです」


「私は最悪だったがな」


 メイド達は着替え中も部屋の外に出てくれなかった。いい恥さらしだ。


 それにしてもメノウはかなり笑うようになったな。カラオが元気になったのが嬉しいのだろう。あれから病気の症状はまったく出ていないらしい。


 カラオもそうだが町の奴らが再発しないとなると、魔王様が言った通り、遺跡や変な像の魔道具とかは使えなくなっているんだろうな。あの遺跡を悪用するようなこともできないだろう。


「冒険者ギルドのギルドマスターはどうなった?」


 そういえば名前を知らないな。知りたいとも思わないけど。


「アイツならアダマンタイトの奴と一緒にしょっ引かれたぜ。二、三日前にリーンから兵士たちが来て連れて行った。多分、危険な坑道とかで働かされるんじゃねぇかな?」


 大量殺人みたいな事をしようとしてたのにその程度で済むのか。まあ、人族の裁判に文句をつけるつもりはないからどうでもいいが。


 あれ、でもアダマンタイトの奴もしょっ引かれたのか? 大丈夫なのだろうか。本気出したら強そうな感じだったけど。


「狼舞という奴は暴れなかったのか?」


「気絶しているうちに魔力を抑える腕輪をさせたからな。どうやらアイツ、ユニークスキルを使わないと結構弱いらしいぜ。魔力を抑えると何もできねぇんだと」


 アイツは勇者候補じゃないのかな? 勇者候補なら普通の人族よりもスペックがいいはず。もしかして違うのかな。


「ふふん、いい気味」


 スザンナがオレンジジュースを飲みながら、満更でもない顔をしている。


「知ってる奴だったのか?」


「私の事をバカにする奴だった。雨女って名前を付けたのもアイツ。私にとってこれはざまぁ案件」


「そうか。スザンナにとって嫌な奴なのは分かった。だが、今後は坑道で働かされるわけだから、これ以上追いつめたりするなよ?」


 スザンナは首を傾げて不思議そうな顔をしている。


「どうして?」


「どんなに嫌な奴でも何かを償っているなら暖かい目で見てやれ。チャンスはやらないとな。もし次に何かしたら容赦しないが」


「おおー、わかった。チャンスはあげる」


「流石フェル様、いい事言いますね! 私にもチャンスをください! 足の感覚がありません!」


 ルネが一人だけ椅子に座らず正座している。


 私がメイドに取り押さえられている時に「魔界で言いふらしていいですか?」なんて言うからだ。


「お前にはチャンスを何度もやっている。今回は人形のおかげで多少なりとも貢献していたから正座で済んでいるんだぞ? だいたい、魔界で言いふらすってどういう意味だ? お前は私の駄目な姿を魔界で公表するつもりか?」


「フェル様って魔界だと近寄りがたい感じじゃないですか。そういうのをちょっとでも緩和しようかと……」


「目を見て話せ」


「すみませんでした……」


 まあ、別にいいんだけど、最近、部下たちが自由すぎる。規律正しくとは言わんがもうちょっと私を立てて欲しい。たまに魔王様からも無茶を言われるし、中間管理職って大変だな。


「フェル様は苦労されていらっしゃいますね。メイドでしたら上官侮辱罪で即ギロチンですよ?」


「メイドって特殊部隊かなにかなのか? 魔族より怖いんだが」


 ステアがいつの間にかテーブルの近くにいた。なんで気配を消せるんだろう。


 そういえば、メイドギルドのギルドマスターはメイド長と言われているらしい。どうでもいいけど。


「フェル様、領主様から謝礼金、冒険者ギルドから謝罪のお金が届いております。お納めください」


 ステアはテーブルに大金貨を十枚置いた。え、こんなに?


 驚いた感じでステアを見ると、すこし頷いた。


「多すぎるとお思いなのですね? 内訳ですが、謝礼金としては大金貨五枚です。冒険者ギルドのギルドマスター、そして狼舞の二人を捕まえたのが二枚。そして町を病気から救ったお礼として三枚になります。冒険者ギルドからは謝罪として大金貨五枚ですね。事の大きさから考えて妥当だと思われます」


「ここの領主というのは……」


「クロウ様になります。フェル様に大変感謝しておりました」


 あのおっさんか。ソドゴラ村に来るとか言ってたけど、まだ出発していないのかな。


「冒険者ギルドの謝罪というのは?」


「ギルドマスターとアダマンタイトの冒険者がグルになって犯罪行為をしていましたからね。それを未然と言いますか、最小限の被害で終わらせたことに対する感謝の気持ちと口止め料なども含まれているのでしょう」


 なるほど。言いふらすな、ということか。


 だが謝罪というならメノウに対するものが優先だろう。


「メノウは冒険者ギルドからなにか謝罪とか賠償があったか?」


「はい、一応ありました。ギルドマスターの財産を渡してくれるそうです。ただ、他の被害者も調べているので時間が掛かるみたいですね」


「お前の稼ぎは全額戻ってくるのか?」


「それは無理ですよ。ギルドマスターは浪費癖が酷くて財産もあまりないようですし。少しでも戻ってきたら御の字ですね」


 もともと女神教に寄付するつもりだったから、そんなに未練はないのかな。カラオが元気になっているからお金なんてどうでもいいとか思っていそうだ。


 メノウならこれからもアイドル冒険者として稼げるだろうけど、しばらくは大変そうだ。カラオも元気になったとは聞いたが、しばらくは安静にするしかないだろうからな。ならやることは決まってる。


 メノウの前に大金貨五枚を置いた。


「えっと、フェルさん? これは……?」


「冒険者ギルドからの賠償金だ。メノウが受けるべきだろう。これでも足りないと思うが何も言わずに受け取っておけ」


「そ、そんな! 頂けませんよ!」


 メノウは断固拒否の構えだ。だが、そんな構えなんて私の前では無意味。言いくるめてやる。


「一度出した物を返すということは私に恥をかかせるという事だぞ? さっき服を着させることで私に恥をかかせているのに、さらに恥をかかせるつもりか?」


「別にあれは恥なんかじゃ……」


「私は自分で服を着れる。どうしてもというから手伝わせてやったんだ。はっきり言って羞恥で死にそうだった」


 殺人未遂といっていい。


「メノウ、受け取っておきなさい。フェル様のご厚意なのです。そのお金以上に何かを返せばいいのですから」


 返さなくていいんだけど。


「……分かりました。受け取っておきます。この恩は必ず返しますので」


 大金貨を胸の前でしっかり握りこんで、頭を下げてきた。涙が見えたけど、何も言わないでおこう。そんなに感謝しなくていいんだけどな。


 次はリエルかな。一番の功労者だと思うんだが。


「リエルはなにか謝礼金とか貰ったのか? 病気を治したのはお前だろ?」


「おうよ、一応、領主と冒険者ギルドから大金貨を計五枚もらったぜ! これで貧乏脱出だな!」


 そうか。じゃあ、追加で金をやる必要はないな。


「聖女様、お言葉が足りません。フェル様、聖女様は受け取ったお金を町の人に施されてしまいました」


「ばっか! 余計なこと言うなよ!」


 リエルがお金を施した?


 リエルをじっと見つめると、そっぽを向いた。本当のことなのか。


「お金を施したというよりは食材の提供ですね。メイドギルドにお金を払い、炊き出しをこの一週間行っておりました」


 炊き出し。無料で食事を振る舞うようなものだったと思う。それにリエルが金をだしたのか。


「なんで隠したんだ?」


「こういうのは隠れてやるのが恰好いいんだろうが! 知られたら恥ずかしいだろ!」


 リエルはステアを睨んでる。だが、ステアはどこ吹く風といった感じだ。まあ、恥ずかしいって言う気持ちは分かる。


「じゃあ、これを貰っとけ」


 大金貨三枚をリエルの前に置いた。


「おいおい、これはフェルのだろ? 受け取れねぇよ」


「町の奴らの病気を治したのはお前だろ? 一番報酬を受け取るべきだと思う。それに金が必要だろ? 私も必要だがドワーフのところで意外と稼げたからな。今はそんなにお金に困ってない」


「……そうかよ。なら、これは寄付として貰っとく」


 しぶしぶという感じだが、リエルは受け取ってくれた。これで料理を奢る必要もないだろう。


 さて、残りは大金貨二枚か。


「ルネ、正座をといていいぞ」


「はい。もう、悟りを開く寸前でした。危なかった。あ、スーちゃん、足に触ったら怒ります。魔族の力を見せちゃいますよ……!」


 本当に反省してるのかな? まあいいか。


「ルネ、このお金を渡す。魔界の皆にお土産を買っておけ。内容は任せる」


「えーと、こんなによろしいのですか?」


「今回はお前の手柄もあるからな。その分だと思え。ドワーフの村でお土産用に酒を買っていたようだが、もう一つぐらい買っていいぞ。あ、言っておくが、あまり高い物を買うなよ」


 時間が止まったようにルネは動かなくなった。大丈夫か?


 そしていきなり目を見開く。


「そ、そんなこと言って何が目的ですか! アレですか? おだてておいて背中からブスっと刺すんですね! 知ってるんですよ!」


 なんだその被害妄想は。


「そんなことはしない。お前が役に立ったからそれなりの報酬を与えようと思っただけだ。お土産の量が増えたのは自分のおかげだと魔界で言いふらしてもいいから、大量にお土産を買っておけ。ちなみに私が服を着せられたことは黙ってろよ?」


「分かりました! そのことは誰にも言わずに墓まで持っていきます!」


 信じられないけど、信じるしかないな。


 これで終わりだなと思ったら、袖を引っ張られた。よく見るとスザンナが袖を引っ張っていた。


「私は?」


「いや、お前は何もしてないだろ?」


「えー?」


「えー、じゃない。それにお前は金持ちだと自分で言ってたじゃないか。金なんて貰っても仕方ないだろ?」


「でも、なんか欲しい。皆、何か貰っていてズルい」


 ズルくないだろ。でも、何かやらないとうるさそうだな。……そうだ、いいことを思い付いた。


「メノウ、さっきの恩を返してくれ。スザンナにゴスロリ服を作って渡してもらいたい」


「はい?」


「メノウもスザンナもそれでいいな? これで丸く収まった」


 名采配というヤツだな。丸投げとも言うが。


「わかった。フェルちゃんとペアルックな感じにしてもらう」


「ああ! ならフェルさんの分を作らないといけませんね! よーし、かんばりますよ!」


「なんでそうなる。私の分は要らない」


 私の意見は誰も聞いてくれなかった。いつでも味方になってくれる仲間がほしい。

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