四面楚歌

 

 ……ここはどこだろう?


 周囲にモヤみたいなものがかかっていて何も見えない。それに何も聞こえないし、匂いもない。というか、自分自身の感覚がなにもない気がする。目が見えるだけなのだろうか。


 まてまて、まず思い出そう。何があったっけ?


 ……そうだ、いわゆる魔界の風邪を引いたんだった。体が動かなくなって地面にたおれたはずだ。


 メイド達に担架で連れ去られるところまでは覚えている。


 メイドギルドの王宮と呼ばれる場所に連れて行くとか言っていた。ここがそうなのだろうか?


「やあ、フェル、驚かせたかな?」


 声がした。魔王様の声だ。でも、どこにいらっしゃるのか分からない。


「魔王様、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」


「ここはフェルの夢の中だからね。場所や僕をイメージすれば見えるようになるよ」


 夢の中? イメージする?


 場所と言うなら魔都ウロボロスでいいのかな? それに魔王様といえば玉座だ。謁見の間にしよう。だけど、魔王様が玉座に座っている所を一度も見たことは無いな。まあいい、イメージで補おう。


 モヤみたいのが晴れて、謁見の間になった。魔王様が玉座に座っていらっしゃる。イメージ通りだ。片膝をついて忠誠を示さねば。一度やってみたかった。


「フェルらしいね。こういうのを頭に浮かべたのかい?」


「はい、魔王様はあまり謁見の間にいらっしゃらないので、夢というのであるなら一度見てみたいシチュエーションを思い浮かべました」


「呑み込みが早いね。普通、もっと混乱するはずなんだけど」


 魔王様が嘘をつくはずはないし、夢なら夢で問題はない。混乱のしようがないな。


「悪いとは思ったけど、フェルの夢、というか意識に直接アクセスさせてもらったよ」


「そうでしたか。念話の上位版みたいなものでしょうか?」


「まあ、そんなところ。いまフェルはメイドギルドでものすごい厳重に警備されていてね。近寄ることが出来ないからこういう手を使わせてもらったよ」


 厳重に警備か。目立ってなければいいけど。


「魔眼の使い過ぎで倒れたのを強制的に目覚めさせたし、ウィルスにも汚染されたから随分と体力が落ちていたんだろうね。普段なら自浄できたはずだけど、今回はタイミングが悪かった。まあ、僕もここ最近はフェルに無理させていたからね。今回はいい休暇になったと思うよ」


「休暇ですか?」


「フェルには記憶がないから休暇を取ったという感覚はないかもね。簡単に言うと、一週間ぐらい寝てたんだよ」


「一週間……? 一週間も寝ていたのですか?」


「うん、そうだね。いままではかなり深い眠りについていたから完全に意識が無くてね。ようやく、意識が戻ってきたようだったから、完全に目が覚める前にアクセスした感じかな」


 無駄に寝てしまった。起きたらまず美味しい物を食べよう。


「そうそう、フェルが倒れた後の話だけど、あの遺跡のシステムに関しては全部封印しておいたから。トリガーアイテムを持っていようが、ウィルスのプログラムは起動しないからね」


「そうでしたか。それなら町の奴らも喜ぶと思います」


「それと今回の騒動で亡くなった子はいないからね。ちょっと怪我をした子達はいたけど、あの聖女の子が全部治していたよ。他にも色々あったと思うから、それらは起きたら皆に聞いてみるといいよ」


 おお、リエルもやることはやってんだな。


「さて、そろそろ目が覚める頃だね。僕はすでに霊峰のところで色々準備しているんだ。準備が整ったらまた呼ぶからそれまではゆっくりしてくれて構わないよ」


「はい、ありがとうございます」


「何かあったら念話の魔道具で連絡して。じゃあ、また」


「畏まりました。魔王様もお気をつけください」


 周囲の景色が急に遠くに感じた。意識を失う時の感覚に似ているな……。




 ……ここはベッドの上だろうか? 肌触りのいい布が掛けられているようだ。それになんだかスースーする。よく見たら下着姿だ。一体何があった。でも、これは現実っぽいな。どうやら目が覚めたようだ。


 さっきの魔王様は夢だったのかな。曖昧な感じもするけど、明確に覚えている感じもする。魔王様が言っていたことを確認すれば分かるかもしれない。


 上半身を起こすと、近くにメイドが一人いた。掃除をしていたのだろう。私の方に気付いて驚いている。


「おはよう、ここは何処だ?」


 そう聞いたのにメイドは扉を開けて外に出て行ってしまった。どういうことだろう?


『メ、メイド長! フェル様がお目覚めになりました!』


 部屋の外から声が聞こえてきた。もしかして報告しに行ってくれたのか。でも、メイド長ってなんだ?


 仕方ない。このまま待ってみよう。多分、誰か来るだろ。それまではゆっくりしているか。


 周囲を見渡すと随分と豪華な部屋だった。ベッドは天蓋付きだし、布は絹か? 部屋も広いし、調度品も高価そう。贅沢だな。


 そういえば、倒れる前にメイドギルドの王宮という場所に連れて行くとか言っていた気がする。


 ここは王宮を模倣しているのかな。メイドなら王宮に勤める可能性もあるし、練習をするような場所なんだろう。


 風が入ってきたので窓の方を見ると、結構明るかった。朝とか夕方じゃないな。何時でもいいけど食事をしたい。お腹がペコペコだ。


 亜空間からリンゴを取り出そうとしたら、扉からノックの音が聞こえた。


 私の部屋じゃないけど、招き入れていいのだろうか。まあいいか。


「どうぞ」


 扉が開くとステアが入ってきた。そしてその後ろから何人ものメイドが入ってくる。そして部屋の壁に沿ってメイドたちが並んだ。怖い。


「フェル様がお目覚めと聞いて、急いで参りました。お体の具合は大丈夫でしょうか?」


「ああ、大丈夫だが、ここはどこだ? あと、リエルやメノウたちはどこにいる?」


「ここはメイドギルドの最上階、『王宮』です。聖女様たちはメノウの家で休まれています。使いの者を送りましたのですぐにいらっしゃいます」


「そうか。ちなみに私はどれくらい寝ていた?」


 夢の中で見た魔王様は一週間寝ていたとおっしゃったけど。


「はい、今日で一週間です。皆、心配しておりました」


 やっぱり魔王様を見た夢は妄想とかじゃなくて本当にあったことなのか。どんな魔法なのだろう?


「もしかして一週間、ここで世話をしてくれたのか?」


「はい、聖女様は病気を治されたのですが、一向に目覚める気配がありませんでしたので、こちらでお世話をさせていただきました」


 私が下着姿のままというのもそういう理由なのかな? 今はかけてある布しかない。防御力が低いから嫌なんだが。


「それは助かった。ありがとう。それはいいとして服を着たい。私の服はどこだ?」


 ステアは一瞬驚いた感じになったが、すぐに無表情になった。


「フェル様はまだ起きたばかりです。今しばらくは安静にして頂く必要があります」


 自分を魔眼で見た限りは何の病気もしていない。一週間も寝たんだし体調はばっちりだ。それにこういう場所は落ち着かない。もっと狭い部屋の方がいいな。


「しっかり休んだし病気もしていない。ここで寝ている方が精神的にキツイから服を持ってきてくれ」


「なら、せめて聖女様たちがいらっしゃるまでお待ちください」


 そしてステアが一人のメイドを見て「フェル様のお召し物をここへ」と言った。


 メイドの一人が歩み出て、亜空間から私の服を取り出した。しっかり洗濯してあるようだ。ほのかにいい香りがする。香りづけでもしてくれたのかな。


 服を出してくれたのだが、誰も部屋の外に出て行ってくれない。邪魔なんだけど。


「服を着たいから外に出てくれないか?」


 同じ女性でも服を着るところを見られたくない。


「いえ、お手伝いいたします。貴方たち、フェル様にお召し物を」


 勘弁してくれ。確かに偉い奴らはそういう事をするとは本で見たことがある。だが、私はそんなことをされたくない。服くらい自分で着れる。


 メイド達がじりじりと間合いを詰めている。やる気かコラ。


「戦闘メイドの力をフェル様に見て頂きなさい。まずは取り押さえるのです」


 なんで戦闘? このままではいいように服を着せられてしまう。何とかしないと。


 そんなことを考えていたらうるさい足音が部屋の外から聞こえてきた。


 そして扉が勢いよく開けられる。


「フェル! 目を覚ましたんだって! ……下着姿で何やってんだ?」


 リエルが先頭で、その後ろにメノウやルネ、スザンナがいる。そしてベッドの上でメイドたちと対峙している姿をみられた。下着姿なのに。


「今です!」


 ステアがそういうと、メイドが三人がかりで私をベッドの上に抑えつけた。安静にしろとか言ってただろうが。


 くそう、一週間も寝ていたし体が上手く動かない。お腹もすいたし力がでないから、思うように振りほどけん。


「何やってんだ?」


「フェル様がお召し物を着たいと言う事でしたので、手伝おうとしたのですが拒否されました。従いまして強制的に手伝おうかと思いまして」


 私は主人ではないけど、メイドって言う事を聞くもんじゃないのか。


「なんだよ、フェル。やって貰えよ」


「ニヤニヤしながら言うな。いいから助けろ」


 味方はいないのだろうか。メノウやスザンナ、ルネの方を見た。助けてくれ。


「そうですか! 私にやってほしいんですね! 任せてください!」


「メノウちゃんがやるなら私もやる」


「魔界で言いふらしていいですか?」


 ここには敵しかいないようだ。服を着て食事をしたら覚えてろよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る