失態

 

 ジョゼフィーヌは、ニアがさらわれたと言ったのか?


 なんで? しかも二日前? 訳が分からない。


「本当の事なんだな? 詳しく話せ」


『はい。二日前、ソドゴラ村に三百人程度の人族が押し寄せました。ルハラに所属する傭兵です』


 ルハラに所属する傭兵? なんでニアを連れ去ったんだろう?


『目的はニア様の身柄でした。以前からルハラの貴族がニア様を探していたようです』


 ニアはルハラの貴族から逃げて来たとか言っていた気がする。もしかするとその関係か。


『傭兵達は、ニア様を渡せば村には手を出さないと言いました。ニア様はそれを受け入れて傭兵たちと一緒に――』


「ニアは何を考えてる!」


 念話中とは言え、大きな声を出してしまった。周りの奴らも驚いている。いかん、冷静になるんだ。


 しかし、連れ去られたというよりは自分からついて行ったのか? ……そうか、村に迷惑をかけないためか。ニアならやりそうだ。


「すまない。それで村は大丈夫なんだな?」


『はい、ニア様は連れ去られましたが、約束通り村は無事です。ただ……』


「ただ、なんだ?」


『ヴァイア様、ロン様だけは傭兵達に戦いを挑み、返り討ちにあいました。命に別状はありませんが重体です』


「なんだと!」


 いや、怒っては駄目だ。冷静になろう。ヴァイアもロンもニアの家族だ。ニア本人が行くと言っても承服するわけがない。


 だが、ヴァイアが傭兵に負ける? その辺の奴らに負けるとは思えないんだが。


「傭兵達はどんな奴らなんだ?」


『傭兵団の名前は暁。傭兵団のトップは冒険者ギルドのアダマンタイトとのことです。その者が指揮していました』


 アダマンタイト? まさか私のせいか? ソドゴラ村に私が滞在している情報がアダマンタイトに伝わっていた?


 いや、目的はニアだったと言っていたな。なら偶然か?


「なんですぐに連絡しなかった?」


『フェル様には二日前から連絡していたのですが、応答がありませんでした。リエル様やルネ様のチャンネルは分かりませんので、そちらにも連絡が取れずにこのような時間に』


「ああ、そうだったな。私は一週間ほど気を失っていた。今日、目を覚ましたばかりだ。すまん、これは私の失態だ」


 くそ、私が迂闊だったからこんなことに。魔眼も呪病ももっと慎重に行動していれば、一週間も寝ていなかったはずだ。寝ていなければ、すでにソドゴラ村に着いていてもおかしくない。うぬぼれるわけじゃないが私がいればまた違った結果になっただろうに。


 だが、気になる。例え私がいなくても従魔達なら何とかなったんじゃないか?


「最後に聞かせろ。お前たちは何をしていた? 相手がどれだけ強くても人族だ。お前たちが負けるとは思えん」


『……村長やアンリ様、そしてニア様に手を出さないで欲しいと頼まれました』


「理由が分からないが、どうしてだ?」


『勝てるかも知れないが、我々魔物に犠牲が出るかもしれない、と』


「ヴァイアやロンですら抵抗したのに、お前達は頼まれて見ていただけか?」


『……はい。不甲斐なく思います』


 例え命令されたとしても従ってはいけないことがある。それは教えたはずなんだが。


 言いたいことは色々あるが、今回は迂闊な行動をとった私にも責任がある。ジョゼフィーヌ達を叱咤するわけにもいかないな。


「状況は分かった。すぐにソドゴラ村に帰る。カブトムシを送ってくれ。こちらもすぐに出発するからリーンの町辺りで落ち合うように言ってくれ。それなら少しは帰りが早くなるだろう」


『畏まりました。……他に指示はございませんか?』


 指示、か。多分、言って欲しい言葉があるんだろう。だが、それを言ってもいいだろうか。


 それを言えば、私は魔王様の方針に背く愚か者になるということだ。魔界に強制送還されるぐらいならまだマシで、死をもって償わなくてはいけないかもしれない。


 ……何を迷う必要がある。ニアもロンもヴァイアも魔族の私や魔物達に良くしてくれた奴らじゃないか。


 例え魔王様に愚か者と思われても、世話になった奴を見捨てるような真似はしたくない。


 ニアを取り戻し、ヴァイアとロンの借りを返す。それが私のやるべきことだ。


「戦いの準備をしろ。その貴族と傭兵団を相手に戦を仕掛ける。ニアを取り戻すぞ」


『御心のままに』


 ジョゼフィーヌとの念話が切れた。


 よし、すぐにでも出発しないと駄目だな。いや、その前に説明か。


「おいおい、なんか物騒なことを言ってたけど、どうしたんだよ?」


「二日前にソドゴラ村が襲われたらしい。そしてニアがさらわれて、ヴァイアとロンが大怪我をした」


「マジかよ! 大丈夫なのか?」


「命に別状はないらしいが重傷らしい。だからすぐにでもソドゴラ村に帰るつもりだ。リエルも一緒に来てくれ。どんな怪我でもお前がいれば大丈夫だろ?」


「おう、任せろ」


 さて、移動手段だが、この町からだと何があるんだろう?


「ステア、話を聞いていたか? 今すぐ町を出る。この町からリーンまでの移動手段は何がある?」


「なにか重大な事件が起きたのですね。もっと町にいてほしかったのですが致し方ありません。これから馬車を用意――」


「急いで行きたいなら私が乗せてあげようか?」


 スザンナがそんなことを言い出した。


「乗せるってなんだ?」


「水でワイバーンを作れるよ。空を飛べるから速いし」


 そうか、その手があったか。でも、リエルやルネは駄目じゃないか? ゴンドラもないし地面が見えていたらもっと怖がるかもしれない。


「早く行けるならそれで行こうぜ。ルネも平気だろ?」


「問題ないです。村が大変なら空を飛ぶぐらい余裕ですよ!」


 リエルもルネも怖いのを我慢してくれるのか。よし、ならすぐにでも行こう。


「フェルさん!」


「メノウか。慌ただしくてすまんな。事情があってすぐに戻る必要ができた」


「はい、残念ですが仕方ありません。今度カラオと一緒に改めて礼をしに村まで行きますので!」


 その時に私が村にいる保証はないけどな。だが、そんなことを言う必要はないか。


「分かった。楽しみにしている」


 今度はステアが近寄って来た。しかも何故か後ろにはメイド達が控えている。いつ呼んだんだ?


「フェル様。この度は町をお救い下さってありがとうございます」


「またか。もうやめろ。実際に患者を助けたのはリエルだし、料理を作ったのはお前達だろ? 今日の買い物でかなり安くしてもらったし、もう十分にお礼はしてもらっている」


 ステアはまた困ったような笑ったような複雑な顔になった。


「分かりました。では、何かありましたらメイドギルドへご連絡ください。必ず力になると誓います」


「わかった。何かあったらその時は頼む」


 今度は単純に笑顔だ。希少なものなんだろうな。


「フェルちゃん、準備できたよ」


 スザンナは天候操作の魔法で小規模の雨を降らし、ワイバーンを作ったようだ。


 座りやすいようにワイバーンの背中には椅子というか背もたれがある。


「よほどの衝撃がない限りは壊れたりしないから安心して」


「ああ、カブトムシの体当たりでも壊れなかったからな。その辺は信用してる」


 スザンナが眩しいぐらいの笑顔になった。なにがそんなに嬉しいのだろうか。


 ワイバーンの背中に乗り込み椅子に体を固定させる。準備は万端だ。


「メノウ、ステア、世話になった。縁があったらまた会おう」


 そう言うと、ワイバーンが浮き上がった。


「行ってらっしゃいませ、ご主人様!」


 ステアがそう言うと、他のメイド達も同じことを言った。そして全員で頭を下げる。近所迷惑だからやめろ。


 メノウはずっと手を振ってくれている。泣かなくたっていいと思うんだが。涙もろい奴なんだろうな。


 まあいいか。悪い気分ではないし。


 水のワイバーンが町の上空で旋回すると、リーンの方角へ頭を向けた。そして高速で移動し始めた。


 よし、頭を切り替えよう。ニアを取り戻す計画を立てないとな。

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