口コミ

 

 ギルドでは啓蒙活動ではなく、直接的な活動になってしまった。でも、小金貨九枚も使ってメノウの人気を上げる気はない。


 魔族は友好的な関係を結びたいと事をきちんと説明してやった。かなり露骨に。


 アイツら酒を飲んで聞いてたけど、理解したよな? 不安だ。


 気を取り直して、次はお土産というか食糧を買おう。魔界に送る分と私が食べる分だ。割合は八対二、いや七対三……キリのいいところで五、五かな。


 そんなわけで、宿に戻るまでに適当な店で色々と買いこむ。


 まずメノウが作ってくれたカレーの材料を買いこんだ。匂いだけで食欲が湧く。これは罠にも使えるな。


 米も買った。カレーとおにぎりしか料理を知らないけど、ニアならもっと色々作れるだろう。こう、卵とコラボさせた料理を作ってほしい。


 あと、ワインがあった。エルフが飲みたいとか言っていたお酒だ。とりあえず、お土産として買った。最初の一本だけお土産で残りはリンゴに替えてもらおう。


 買い物以外にもぶらぶらと歩いてみた。鍛冶ギルドとかはあったけど、ドラゴンの牙は買えないっておっさんが言っていたし、特に用もないからスルー。武具店も特に買うものがないからスルー。本屋とかを探したけど無かった。残念。


 他には別段興味を引く物もなく宿に着いた。辺りはもう薄暗い。夕食の時間だな。


 宿に入ると食堂にはディーンたちがいた。ドワーフのおっさんはカウンターにいるが、ユーリはどこにもいないな。別の宿に移ったのかな。


「フェルさん、明日、お帰りになるのですか? 次はどこへ行かれるのです?」


 ディーン、お前もか。


「あのな、私とお前は友達じゃないんだから、行先を説明する義理はないだろう?」


「そうですね。では、この町を離れるのは本当なのですか? これぐらいなら聞いても構わないでしょう?」


「まあ、そうだな。明日にこの町を去る」


 明日には分かることだからこれぐらいは答えてやろう。


「実は私達も別の場所にお金を稼ぎに行こうとしているのです」


 魔物暴走が落ち着いてきたから、稼ぎが悪くなってきたのかな。魔物も今後は増えないし、引き際としては最高だとは思う。そういう嗅覚はあるんだな。


「そうか、頑張れよ」


「なんじゃと! お主らも帰るのか! 儂を殺す気か!」


 カウンターの方からおっさんが駆け寄ってきた。そしてディーンに詰め寄る。


「そう言われましてもね。坑道での稼ぎが少なくなってきましたので効率が悪いのですよ」


「お主らが泊まらなかったら、誰が泊まるんじゃ!」


 そこは営業努力でなんとかしろ。


 しばらくディーンに向かって騒いでいたおっさんは急にこっちを見た。


「なんとかしてくれ」


 無茶ぶりされた。魔王様の無茶ぶりならともかく、おっさんの無茶ぶりなんて聞くつもりはない。


「なんで私がなんとかするんだ。今までの案を試せばいいじゃないか」


「そんなにすぐに客が増えるわけなかろう? それまでに潰れてしまうぞ!」


 もう、潰れた方がいいような気がするけど。


『フェルか? リエルだけど今いいか?』


 ナイスタイミング。リエルからの念話だ。部屋に戻ろう。


「念話が入った。部屋に戻る」


 ディーンとおっさんがうるさかったが部屋に逃げ込む。そして結界を張る。


「待たせたな。今なら大丈夫だぞ」


『おう、単刀直入に言うぞ。手が空いたらこっちの町に来てくれ』


「私がか? 何のために?」


 話を聞いてみると、どうやら病気が治せないらしい。正確には一時的に治せるのだが、次の日にはまた発病してしまうそうだ。


 ルネから私なら分かるかもしれないと言われたので、直接弟とやらを見に来てほしいとの依頼だった。


 私なら分かるかもしれないってどういう意味かな? 魔界にいた頃は私も魔眼の事なんて知らなかったから、ルネも知らないはずなんだけど。まあ、いいか。


「私が見てやっても原因は分からんかもしれんぞ?」


 私には医学の知識がほとんどない。何かしらの情報を魔眼で得たとしても、説明が出来ない可能性がある。


『それならそれで仕方ねぇよ。だが、可能性があるなら何でもやっておきてぇんだ』


「……もしかして弟とやらはイケメンなのか?」


『……イケメンなんだけど幼馴染がいた。幼馴染と付き合うって都市伝説だよな? 俺にもチャンスがあるよな?』


「……知らん」


 都市伝説ってなんだ?


 しかし、どうする? 魔王様にはソドゴラ村で待機するように言われているしな。うーん?


『メノウが代わってくれって言ってるから変わるぞ』


『フェルさん、メノウです』


 いきなり泣きそうな声だ。


「弟が完治しないようだな?」


『はい、リエル様のおかげで一時的に治せますから随分調子は良くなっています。ですが……』


 涙声でそういうことを言われても同情はしない。しないが、メノウの料理は美味かった。美味い料理を食わせてくれる奴の頼みは断れない。


「わかった。ちょうどこちらの仕事は終わったんでな。明日、そちらに向かう。ただ、あまり期待するなよ? あくまでも行ってやるだけだ」


 明日の朝、魔王様に報告しよう。少しぐらいソドゴラ村に帰るのが遅れても問題はないだろう。それにこれも魔族のイメージアップにつながるからな。


『は、はい! ありがとうございます! フェルさんのためなら何でもしますから!』


 ふと、メノウはアイドル冒険者だという事を思い出した。


「メノウ、別件なんだが、お前は有名なんだよな?」


『え? ええ、恥ずかしいのですがアイドルをやっています』


「泊まっていた不死鳥亭って宿を覚えているだろ? どうやら、私ともう一組のやつらが明日にはこの宿を出てしまうんだ。お前の口コミとかで何とか客を呼べないか?」


 口コミがあったとしても影響が出るのは数週間後ぐらいだろう。それまで宿がもてばいいけど。


『そ、そうなんですか。分かりました。ファンクラブの会報を発行しますので。ちょっとお待ちください』


 ファンクラブのカイホウってなんだ?


 しばらく待つと、預かっていたルネのファンクラブカードから音が鳴り始めた。よく見るとカードに文字が浮かび上がる。なんだこれ?


『ドワーフ村の不死鳥亭はメノウ様御用達の宿。ファンなら泊まるべき。もしかしたらメノウ様の手料理が食べられるチャンスがあるかも!?』


 本当になんだこれ?


『今、ファンクラブの会員宛に情報を発信しました。これで多少は泊まりに来る客が増えるかもしれません』


「ああそう。なんかルネのファンクラブカードに文字が浮かび上がってきたんだけど、これのことか?」


『そうです、それです。というか、ルネさん、私のファンクラブに入ったんですか? ――え? ゴスロリは正義? メイクと服を魔界で普及する? は、はあ。その、頑張ってください』


 アイツは何をしているのだろうか。


「じゃあ、何時ぐらいになるか分からんがそっちに向かう。スムーズに町に入れるように手配しておいてくれ」


『あ、それは大丈夫です。ルネさんが人気者なので。お年寄りの方はともかく町の皆さんは魔族を歓迎してますよ』


 私は小金貨九枚使っても大した成果は無かったんだけど。お金じゃ信頼は買えないんだな。一つ利口になった。でもイラッとする。


「そうか、じゃあ、また明日な」


『はい、お待ちしてます』


 念話が切れた。


 明日、その町とやらに向かおう。カブトムシなら一度行っているから迷うことも無いだろう。


 念話でジョゼフィーヌに連絡してカブトムシの予約をした。


 どうやら朝には着くようだ。今日の深夜からこっちに向かうので、深夜料金を取られるらしい。まけてくれなかった。


 色々疲れたので食堂に戻ろう。食事をして英気を養わないと。また、チーズとか干し肉とかもらえないかな。


 部屋を出ると何やら騒がしかった。


 食堂へ行くと、ゴスロリの集団や冒険者たちがいた。嫌な予感がする。


「ファンではないと言っておきながら、既にメノウ様御用達の宿に宿泊しているとは……負けませんわよ!」


 私の不戦敗でいいぞ。

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