自慢大会とアドバイス
なぜか食堂でゴスロリの集団と同じテーブルについている。周囲にはメノウのファンと思わしき冒険者たちもいた。どうしてこうなった?
「そういう訳で、ここはメノウ様御用達の宿。ここを拠点としてメノウ様の素晴らしさを人界中に広めますわ」
どういう訳か分からないが、そういう訳らしい。まあ、頑張ってくれ。
「では、このまま第四千九百三十二回目の会議を始めます」
「もう、帰っていいかな?」
食事はしてないけど、パンを貰って部屋に帰りたい。
「何を言っているんですの? むしろ、これからが大事なところではないですか。貴方はファンではないという事らしいのですが、メノウ様の素晴らしさを会議に参加させてまで教えてあげようという私たちの気遣いですわ」
のしをつけて返したい。
「まず、ワタクシから。ワタクシはメノウ様と握手しましたわ」
周囲からざわめきが起きる。それは自慢なのか?
そうすると「手を振って貰った」「サインをもらった」「お茶を飲むところを眺めた」というような言葉が聞こえてきた。ただの自慢大会じゃないか。どこにメノウを素晴らしく感じる要素があるんだ?
「貴方はなにかありまして?」
なんか見下す様に言われた。得意顔だ。張り合う必要は無いんだが、なんとなくイラッとしたので発言してやる。
「メノウの手料理を食べた」
ざわめきどころか周囲は沈黙した。あれ? 駄目だったのだろうか?
そして胸倉を掴まれた。
「う、嘘はご法度ですわよ! メ、メノウ様のお料理を食べたですって!? 会員番号シングルナンバーの私でさえそんな事をしたことはありませんわよ!」
「数日前までメノウがこの宿に泊まっていたんだ。その関係でメノウの料理を食べた。嘘じゃない。店の主人やほかの宿泊客に聞け」
そう言うと、周囲の奴らがドワーフのおっさんとディーンたちに詰め寄っていた。すまんが戦力を分散してくれ。すでに周囲を囲まれていて籠城中だ。
「ち、ちなみに何を食べたのですか?」
「カレーライスだ。あと、おにぎりとカレーうどんとカレーパン」
ごくりと唾をのむ音が聞こえた。
「……なんでワタクシはそれを食べていないのですか?」
「この宿に泊まっていなかったから?」
慟哭が聞こえた。周囲の奴らも涙を流している。そんなにか。
「ま、まあいいですわ。この宿に泊まればそのチャンスがあるという事。今回は縁がなかったとあきらめましょう。ですが、これで勝ったと思わないで欲しいですわ!」
扇子でこっちを指すな。勝ちとか負けとか、そもそも試合にエントリーしてないのだが。
「でも、いい情報が聞けましたわね。先ほどのラインナップ。メノウ様はカレーがお好きなのかしら? メノウ様のデータベースを更新しませんと」
「データベースってなんだ?」
「メノウ様の情報ですわ。ご本人には恐れ多くて聞けないのですが、これまでの言動やら何やらを集めてファンが作ったメノウ様の情報ですのよ。流石に個人情報まではありませんが、好きな食べ物とか、趣味程度なら知りたいので皆で調査しているのです。ちなみに閲覧権限があるので貴方には教えられませんわ!」
べつにいい。特に知りたいとは思わない。だが、気持ちは分かるな。私も魔王様の事は知りたい。
「念のため聞きますが、メノウ様の趣味とかご存知だったりしますの?」
お前ら近い。テーブルに身を乗り出すな。ゴスロリの集団に囲まれると何となく怖いからやめろ。
「知らん。だが、料理の腕前はかなりのものだった。全部の料理が美味かったからな。料理が趣味とかはあるんじゃないか?」
「そうやって遠回しに自慢する。侮れませんわね……!」
情報を教えてやったのに、なんで敵視されているのだろうか。
「あと、メイクが得意だったな。ゴスロリを着た魔族が居ただろ? 知り合いの魔族なんだが、アイツのメイクをしたのはメノウだ。ゴスロリ服をメノウから借りて化粧までしてもらったらしいぞ」
周囲の動きが止まった。どうした?
そして再度胸倉を掴まれた。なんでこの細い腕にこんな腕力があるのだろう? 不思議だ。
「メ、メ、メ、メノウ様の服を着たですって! 聖衣と名高い、メノウ様の服を!」
周囲では立ちくらみのように倒れている奴らがいる。大げさだな。
「着たのは私じゃなくて、知り合いの魔族だ。ほら、このカードの奴、ファンクラブのカードを作ったんだから知ってるだろ?」
周囲にカードを見せてやった。カードに穴が開くぐらい見ている。怖いんだが。
「分かりました。これから裁判を行いますので、部外者の方は離れてください」
なんとなく、後でルネに謝らないといけない気がするけど、まあいいや。
メノウのファンたちから離れてディーンたちの座っているテーブルに座った。
「すまんが相席させてもらうぞ。アイツら怖いし」
「はい。身を守る時は協力しましょう」
こっちも怖い目に遭ったんだな。正直すまなかった。
「ところでアイツらは何なんじゃ? いきなり来たと思ったら『ここがメノウ様御用達の宿ですわね』とか言い出して泊まりだしたんじゃが」
ルネのメノウファンクラブカードをテーブルに置く。皆がそれを覗き込んだ。
「そこに書いてあることを読め」
ディーンたちは苦笑いをしているが、ドワーフのおっさんは微妙な顔をしている。
「なんで儂の宿がメノウ御用達の宿になっとるんじゃ?」
「さっきメノウたちから念話が届いたからな、この宿が口コミで広まる様にメノウにお願いしたんだ。そうしたらこうなった」
「なるほどのう……? 全部、お主のせいではないか!」
のり突っ込みかな? だが、これは私のせいではない。自信をもって言える。
「こんなことになるなんて想像できないだろ? それにこの文を考えたのは私じゃない。メノウだ。文句を言うならメノウに言ってくれ。それに何とかしてくれと言ったのはおっさんの方だろう? 客が増えたんだからいいじゃないか」
ドワーフのおっさんは不思議そうに顔を横に傾けた。おっさんだと可愛くないな。そういう仕草はワンコにやってもらいたい。
「アヤツらは客か!」
何だと思ったんだ。どう見ても客だろうが。
「もしかしたらメノウの料理が食べられるかもしれないという下心いっぱいの客だ。あとはメノウが使った調理器具や部屋なんかを割り増して貸してやれ。多分、いくらでも払うから」
ドワーフのおっさんは私の手を両手で握ってきた。
「魔族なのにいい奴じゃったんじゃな。見直した」
「見直す前はどう思ってた? 怒らないから言ってみろ」
怒らないけど殴るかもしれん。でも、それは不可抗力だ。
それはともかく魔王様御用達の宿とするよりは、メノウ御用達の方が人族に受けがいいだろう。なんかこう、コアな客層だけど。
「これは食事をしている場合じゃないな! 部屋の準備を急ぐぞ!」
そういうとおっさんは客室の方に向かった。食事はともかく掃除は得意そうだから、そう悪い結果にはならないだろう。一人でやれるかどうかは知らんが。
これで問題は解決するだろう。魔族が泊まれる宿って少ないだろうから、細々としても続けては欲しい。
さあ、食事だ。腹ペコだからな。バスケットに入っているパンをつかみ取る。最初は蜂蜜で攻めるか。
「フェルさんは周りの人を助けてますよね」
「なんだいきなり? 褒めても何も出ないぞ?」
「いえ、なんで私の事は助けてくれないのかな、と」
「まだ言ってんのか。お前を助けないのは、その手段が問題なんだ。人族を殺すような可能性があることは助けられん。それは魔王様に禁忌とされているからな。だから魔族や魔物に手伝いをさせることもしない。諦めろ」
「なら、それ以外で助けてもらうことは可能ですか? 例えば修行してくれるとか」
修行って、そんな時間があるのか? だいたい、戦争をするのに個人の力を強化してどうするんだろう?
仕方ないな。特に恩はないが、もしかしたらルハラの皇帝になるかもしれん。魔族に敵対しないようにさせることが出来れば結構な範囲で人族と友好的になれる可能性がある。それに戦略魔道具も何とかしてもらいたい。
「特別に手助けしてやる」
色々とグレーな部分も多いが、多少手伝うぐらいはいいだろう。
「本当ですか!」
「本当だ。だが、条件がある。もし皇帝になったら魔族と敵対しないと誓え」
「もちろんです。そもそもどの国とも戦争はしたくないですからね」
それは甘い考えだと思うがな。戦争する理由とかちゃんと理解してるのかな? まあいいか。それはディーンがこれから考えることだろうからな。
「ソドゴラ村というのを知っているか? 境界の森にある人族の村なんだが」
「ええ、知ってます。その村に行ったことはありませんが」
コイツらってどうやって境界の森を抜けているのだろう? 抜け道でもあるのかな? 後で聞いてみるか。
「その村には『アビス』というダンジョンがある。そこで私の紹介だと言って修行しろ。お前たちが今から身体能力を上げても意味はないから魔力の増強を図れ」
「魔力の増強? そんなことが出来るのですか?」
「どれぐらい時間に余裕があるか知らないが、毎日、魔力が無くなるまで使い続けろ。それが手っ取り早い」
「そんなことで? それは魔族の中では常識なんですか?」
「そうだな。子供の頃にそう教わる。理論的に説明はできないが、今まで蓄積された情報と言う事だな」
魔界では弱ければ死ぬ。そうならないためにも強くなることに貪欲だ。その賜物だろう。というか人族はそういうのを知らないんだな。もしかして人族は違うのかな?
「あとお前らにアドバイスしてやる。ちゃんと聞けよ」
頭が痛くならない程度に、コイツらを確認。スキルの有効的な使い方を教えてやろう。
「ディーンは霧を使う時、相手の弱体効果だけしか使っていないな?」
「え? ええ。と言いますか、それしかないのでは?」
「霧は味方への強化にも使える。ほかにも治癒の霧とかが出来るはずだ。出来るようになっておけ。あと体全体を霧にする必要はない。腕だけとかでも可能のはずだ。部分的な変化も覚えろ。そうすれば物理攻撃でお前を殺すのは不可能になる」
ディーンが驚いているが、早く食事にしたい。次だ、次。
「ロックは土の精霊に好かれている。土系の魔法を使った戦い方を覚えろ。戦闘スタイルから考えて土鎧とか身に纏う感じの魔法がいいだろう。攻撃にも防御にも使えるはずだ」
「お、おお? マジか。ちょっと練習してみるぜ」
「ベルは影移動の練習だ。ソドゴラ村にヤトという獣人がいる。私からの紹介だと言って教えてもらえ。獣人に教わりたくないと言うのなら知らん。勝手にしろ」
「獣人に対して差別するつもりは無い。強くなれるなら誰にでも教わる」
「そうか。なら頑張れ」
とりあえず、こんなものかな。そうだ、もう一つ助けてやろう。
「明日、町を出る時に武具の素材になりそうなものをやる。それを使って何か作って貰うといい。ソドゴラ村にもドワーフはいるからソイツに頼め」
「えっと、どんな素材ですか? その、我々もそれなりの装備を持っていますので多少のものでは――」
「ドラゴンの牙だ。デカいから三人分は作れる――どうした? 瞬きくらいしろ、目が痛くなるぞ?」
「嘘か冗談ですよね?」
「嘘だと思うならドワーフのおっさんに聞け。あのおっさんには見せたことがあるからな。明日の朝渡すから持ってけ」
今度は瞬きが多くなった。まあいいか。さあ、食事にしよう。
「ルネさんの裁判が終わりましたわ!」
ゴスロリのボスが近づいてきた。食事にしたいんだけどな。
「有罪ですわ。他のファンを出し抜いてメノウ様の服を着るなど、言語道断。よって罰を与えます」
どんな罰だろうか。酷い様なら止めよう。あんな奴でも大事な部下だ。
「反省文二百枚とメノウ様と交渉して服を頂くことですわ。手に入った暁にはファンクラブの宝として未来永劫崇めますわ」
「私が伝えてやろう。反省文は二百枚でいいのか? 増やすか?」
反省文というのはいいな。私も個人的にルネに書かせたい。
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