情報収集と啓蒙活動

 

 昼食は食べ終わったし、明日はこの町を離れるから今のうちにやれることをやっておこう。


 まずは野営の道具だな。ドワーフのおっさんに聞いてみよう。


「この辺りで野営が出来る道具を売っている店ってあるか?」


「野営の道具? なんじゃ、この宿に泊まらずに野宿するのか?」


「そんなわけあるか。単に必要になっただけだ。だいたい、今日の宿泊費は食事込みで払っているだろうが」


 朝に小銀貨二枚払った。間違いない。


「そうじゃのう、そういうのは冒険者ギルドで売っておったぞ」


「冒険者ギルドか」


 ギルドで食事はしないと言ったが、道具を買わないとは言ってない。ならそこで買おうかな。


 でも、冒険者ギルドで売っているならソドゴラ村のギルドでも売っているのだろうか? いや、ディアだしな。売っていても知らなそうだ。


「ところで、なんでいまさら野営の道具なんじゃ? 泊りがけで坑道の奥に行くのか?」


「いや、ここでの対応は終わった。明日には帰る。野営の道具については別件だ」


「なんじゃと!? 売り上げが減るではないか!」


 ドワーフのおっさんが興奮気味に近づいてきた。小さいからあまり迫力はない。


 あと、近くで聞いていたユーリも近寄ってきた。


「坑道の探索は終わりですか? 一体何をしに来たのです? 次はどこに行かれるので?」


 どっちも面倒くさいな。


「まず、宿の売り上げに関しては知らん。永遠に住むわけじゃないんだから諦めろ」


「むう、その通りなんじゃが……」


 今度はユーリの方を向いて説明してやる。


「お前に理由を言う義理はない。知り合いよりも薄い関係なのに行先とかを言う訳ないだろ」


「まあ、そうですね」


「じゃあ、冒険者ギルドに行ってくる」


 そう言って、宿を出た。


 そしてギルドに行く途中に色々絡まれた。今日は絡まれないからいい日だと思ったんだが。


 まずは子供たち。「偽物のねーちゃんだ」と言われた。この憤りはルネにぶつける。イジメられていないか何度も聞かれた。むしろ子供たちが通せんぼしているのがイジメだと思う。


 子供たちを振り切ると、ゴスロリ集団に絡まれた。そして、ルネのカードができた、と言ってファンクラブのカードを渡された。一万とんで七十八番らしい。とくに話題にもならない番号だ。とりあえず、ルネに渡しておくと伝えた。


 他にも町の奴らには絡まれたが、どちらかと言えば友好的だった。ルネのおかげなんだろうな。褒めるべきか褒めざるべきか。気持ち的には褒めたくないが、そうもいかないか。今度会ったら褒めておこう。


 そんなこんなでギルドに到着した。


 建物に入るとギルドでたむろしている奴らがこっちを向いた。だが、私だと気づくとすぐに目を逸らした。前回、ちょっとだけ暴れたから恐れられているのかな。


「メノウちゃんのファンになったらしいぞ?」

「分かる、俺もファンクラブに入った」

「人形を使って子供達も勧誘してるらしい」

「お姉さまは渡さない」


 噂っていい加減なんだな。気を付けよう。


 ギルドのカウンターに近寄って受付のドワーフに話しかける。


「ここで野営用の道具が売っていると聞いたのだが」


「お、おう、アンタは魔族じゃな。そっちのカウンターで売っておるぞ」


 ドワーフが指した方を見るとすこし頑丈な造りのカウンターがあった。


 そちらのカウンターに移動して、受付のドワーフに話しかける。どう見ても同じドワーフに見える。


「お、おう、いらっしゃい。アンタは魔族じゃな?」


 反応が同じだし、怯えられている気がする。


「なんでドワーフってみんな同じ顔なんだ?」


「よく言われるが、儂らから見たら人族の方が同じ顔じゃがな。お主は魔族じゃから違いは分かるが」


 そういうものなのか。人族もエルフも別の顔に見えるけど、ドワーフだけが一緒なんだよな。しゃべり方も。


 もうすこし一緒にいれば違いが分かるかもしれないが、どうでもいいか。いざとなったら魔眼で名前を見る。


「野営用の道具を買いたい。見繕ってくれるか」


「場所によって違ったりするもんじゃが、どういう場所での野営じゃ? 坑道用か?」


「坑道ではない。山だ。たしか大霊峰とか言う場所だ」


 なんだろう? ギルド内から音が消えた。周囲を見ると皆が私を見ている。


 というか止まっているんだが。


「お、お主、大霊峰に行くのか?」


「その予定だが、何か問題があるか?」


「そ、そうか、お主は魔族じゃな。なら可能か」


 なにが可能なのだろう? このおっさんは大霊峰がどういう場所なのか知っているのかな? よし、聞いてみよう。


「行こうとは思っているのだが、どういう場所かは知らないんだ。知っているなら教えてくれないか?」


 こう聞いたのが間違いだったのかもしれない。おっさんに聞いたのにギルド内の奴らが大霊峰の知識を披露しだした。


 話をまとめると、こんな感じだった。


 人界中の竜が集まる場所で危険極まりない場所であるらしい。


 ドラゴニュートという竜のうろこを持つ人族っぽい奴らが住んでいて、コイツらも危険極まりない。


 いるかどうかは分からないが龍神という奴がいて竜とドラゴニュートを支配している、という噂。


 竜殺しの名声が欲しい、竜の素材が欲しい、という理由で山に登る冒険者がいるが、ほとんどが返り討ちに合う。なのでオリンからの登山に関しては基本的に許可制。冒険者ギルドからの許可が必要らしい。


 ルハラ帝国からの登山に関しては不明。


「境界の森から登山する場合はどうなんだ?」


「そんなルートがあるわけないじゃろ? 境界の森はエルフ達もおるし、危険な魔物も多い。森を北に抜ける前に死んじまうわい」


 そうなのか。でも、森で強い奴はジョゼフィーヌが配下に置いてる感じだから楽に抜けられそうだけどな。


「だいたい分かった」


 ここで情報を集められたのはありがたい。念のため村長にも聞いてみるけど、情報は多い方がいいからな。


 待てよ? 冒険者ギルドで情報を集める、これは冒険者っぽいな。


 確かこういう時は情報提供者にお酒を奢るのが通だ。知ってるぞ、本で読んだことがある。


 ということは、ここにいる全員に酒を奢るのか。お金足りないかも。そうだ、このギルドでは買い取りもしているのかな。


「ギルドでは買い取りをしているか?」


「そうじゃな。魔物の素材や鉱石、あと魔石なんかを買い取っておるぞ」


 売れそうなのは、金メッキと魔石かな。よし、一緒に売ってしまおう。


「これとこれを買い取ってくれ。野営用の道具を差し引いてもらえると助かるのだが、足りるか?」


 金メッキと魔石をカウンターに置く。


 さっきまで大霊峰の事で騒がしかったのに、また静かになった。何なのお前ら。


「こ、このバカでかい魔石はなんじゃ!」


 いきなりドワーフが大声を出した。小さいのに声は大きいな。


「大きな声を出すな。坑道で魔物を倒したときに出てきた魔石だ」


 震えているんだがどうしたのだろうか。そう言えば、チワワという犬が震えると可愛いと本に書いてあった気がする。おっさんは震えていても可愛くないな。


 それに金メッキだ。これだっていい物なのにドワーフの眼中に入ってないみたいだ。


「で、どうなんだ? 野営道具をそれで買えるのか?」


「お主、これの価値が分からんのか? 少なく見積もっても大金貨十枚は下るまい。うちの野営道具を全部買ってもおつりが来るわい」


「そうか。なら野営道具は二セットくれ。残りはお金に換えてくれればいい」


 かなりの儲けだ。これならギルドの奴らに奢ってやってもだいぶ残るだろう。食糧を買って魔界に送ってやらないとな。ルネにもっと持たせてから帰らせよう。


「いいのか? お金に換えるよりも使い道は多いんじゃぞ? それにギルドでの買取は基本的に底値じゃ。オークションとかに出せば、もっと値が付く可能性がある。ここで売るのはお勧めせんがの」


 オークションという仕組みは知っているが、魔族が参加できるとは思えないな。換金してもらおう。


「いや、いい換金してくれ。ちなみに金メッキもだぞ。コイツもいい物だ。多分」


「金メッキ? いや、メッキじゃないだろう? そのまんま金ではないか。よく分からんが何かの像か? 空洞だったようじゃが」


 メッキという技術じゃないのか? 天使の奴がこれに固められていたけど。周囲を金で固めたら金メッキじゃないのかな?


「ちょっと混ざりものがあるの。純金ではないから安くなるぞ? 全部で大金貨一枚と言ったところか」


 天使を金で固めた時にちょっとケチったのかな。でも、結構な値段じゃないか。


「分かった、それで換金してくれ」


「ちょっと待っておれ」


 ドワーフのおっさんが金庫に近づいて色々操作すると金庫が開いた。中には袋が入っている。この辺りは達成依頼票を渡したときと同じだな。


 金庫から取り出した袋と、野営用の道具をカウンターまで持ってきた。


「とりあえず、一セット持ってきた。必要ない物は外してくれ」


「いくらだ? よく分からんから全部買っておく」


「一セットで大銀貨五枚じゃ。端数はまけておる」


「二セットなら小金貨一枚でいいか?」


「いいぞ」


 となると、大金貨十一枚から小金貨一枚引くから大金貨十枚と小金貨九枚かな。じゃあ、こっちも端数は使ってしまおう。


「野営道具二セットと大金貨十枚を渡せ。小金貨九枚分はアイツらに酒を奢る。情報提供の礼だ」


 背中越しに右手の親指だけで冒険者たちを指してからそう言った。決まったな。


 ざわっとした。こういうのはちょっと気持ちいい。


 周囲からは「マジか」「魔族に奢ってもらえるなんて」「小金貨九枚ってどれくらい飲めるんだ?」とか聞こえてきた。これで魔族の評価も上がるだろう。友好的な関係になったも同然だな。


 そして野営道具とお金を亜空間にしまい、振り返ることなく建物を出る。完璧だ。


「魔族を改心させるなんてメノウちゃんはすげーな」

「メノウちゃんのファンで良かった。俺の目に狂いはない」

「メノウちゃん、万歳」

「お姉さま、素敵すぎる」


 建物を出たらそんな声が聞こえた。なんでメノウの評価が上がっているのだろうか。


 とりあえず、ギルドに戻ってメノウは関係ないことを説明してやった。ちょっと格好悪かった。

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