記憶

 

 ようやく宿に着いた。


「いらっしゃ……なんじゃお主か。今日は早いんじゃな。まだ昼じゃぞ?」


「思いのほか早く仕事が片付いたからな。食堂を使わせてもらうぞ。メノウの作った弁当をまだ食べてないんだ」


「おう、構わんぞ。どうせ客はいないんじゃ、好きに使うといい」


 別にいいけど、悲しくなることを良くすんなり言えるな。それとも自虐での笑いを取るつもりか? 答えに詰まる自虐は笑えないんだが。


 何か言うと絡まれそうなので、何も言わずに食堂に移動してテーブルに座った。


 今日のお昼はパンなのだが、普通のパンでなく揚げてある。これもフライというやつなんだろうか。どういう風に作っているのかさっぱりわからん。


 そしてパンを持ってみると意外に重い。どうやらパンの中に何かあると見た。


 一口食べてみる。辛い。食べた部分を見るとカレーが入っていた。カレーパンということか。


 カレーが多いな。三日目だ。カレーは二日目が美味しいと言っていたから、三日目はさらに美味しいのかもしれないが、さすがに飽きてくる。でも塩辛いシチューを食べるよりは格段にいい。


 この間のまずいシチューを思い出したら、カレーパンがものすごく美味くなった気がする。おお、これは使える。もっと思い出そう。……ちょっと気持ち悪くなった。馬鹿なことは止めよう。


 カレーパンを食べ終わってから気付いた。夕食の問題がある。料理人は見つかったのかな?


「料理人は見つかったのか?」


 食堂の方からカウンターの方に問いかけてみると、ドワーフのおっさんが食堂の方に来た。そしてテーブルに座る。


「おらんな」


 それだけ言うなら食堂に来てテーブルに座る必要は無いと思うんだが。……暇なんだろうな。


 なら何か話をするか。さっきドラゴンの牙について思いついたから、その辺のことを聞いてみるのがいいかな。


「話は変わるが、ドラゴンの牙を持っている。どこに行けば高く買い取ってくれるか知らないか?」


「お主、面白い冗談を言うのう? ドラゴンの牙なんてここ数年お目にかかったことも無いぞ。最後に倒されたドラゴンでも数十年前じゃ。その時の素材はすべて加工されたと聞いておる」


 最後に倒されたドラゴン? ああ、人界でのことか。魔界にはそれなりにいるから何のことかと思った。


「人界でのドラゴンに関しては良く知らないが、私が持っているのは魔界のドラゴンに生えていた牙だ。魔界で加工できなくもないんだが、あまり凝った物は作れないからな。処分してくれと渡された」


「待て待て待て。そ、それは本当の事なんじゃな?」


「嘘ついてどうする? 何のメリットもない」


「み、見せてみろ!」


 なんだか随分と興奮しているな。ちょっと早まったか。


 とりあえず、食堂のテーブルを少しどかしてスペースを作る。そして亜空間からドラゴンの牙を一本だけ出した。ちょっと床が軋んだけど気にしない。見せろって言ったのはおっさんだ。私は悪くない。


「お、おお……! まぎれもなくドラゴンの牙じゃ!」


「信じたか? なら最初の質問に答えてくれ。だれなら高く買ってくれる?」


「儂が買う!」


「宿がつぶれそうなのに何言ってんだ」


 相場を知らないが、少なくとも大金貨一枚ぐらいはするだろう。おっさんが払えるとは思えん。


「わかった! 宿と交換じゃ!」


「潰れそうな宿に価値があるか。魔族が経営している宿なんて誰が泊まるんだ。いい加減諦めて買えそうな奴を教えろ」


 人界にいる魔族が増えれば宿にも価値はあるのだろうが、今のところ価値はない。


「残念じゃ……! じゃが、ドラゴンの牙なんて個人で買える奴なんておらんぞ? これだけでも大金貨千枚ぐらいの価値があるからのう。多分この町の硬貨を全部集めても無理じゃ」


 驚いた。値段が高いとは思っていたが、そんなにするのか。だが、待て。


「おっさんはいくらで買うつもりだったんだ? それにこの宿もそんなに価値はないよな?」


 おっさんは露骨に目を逸らした。騙す気だったのか。油断も隙もない。


「言質さえ取ってしまえばなんとでも出来たのにのう……」


「おっさんは嘘を突き通せるほど器用じゃないんだから、そういうのは止めておけ。だいたい、大金貨千枚ぐらいの価値があると自分で言ってるぐらいだしな」


「うむ、そこが儂のいいところじゃな!」


 もうそれでいい。しかし、私の周りの奴らは変にポジティブだな。見習うところはあるのだろうが、私の勘が止めておけと言っている。


 だが、どうしたものか。ドワーフでも買ってくれないなら加工してもらうしかないかな。ソドゴラ村にいるドワーフのおっさんに頼むか。


「ドラゴンの牙じゃがな、領主様のような貴族なら買えるかもしれんぞ? ここはオリンの領地で貴族が治めているんじゃが、それなりに良い領主じゃときいておる。魔族でも話ぐらいは聞いてくれるんじゃないかのう」


 たしかここはクロウが治めているとか言っていたな。だが、買ってくれるか怪しいな。魔道具とかだったら買いそうだけど。


 そういえば、ソドゴラ村に来るとか言ってたけど、いつ頃くるのだろうか。その時に聞いてみるか。駄目だったら加工してもらおう。どういう風に使えるか分からないが、アンリの剣に使ってもらおうか。


「そうか、参考になった。今度会ったら聞いてみる」


「貴族なんぞには簡単に会えんと思うが、ドラゴンの牙なら可能性はあるから頑張るんじゃぞ。あ、アドバイス料は一割程度でいいからの!」


「そんなものはない。じゃあ、私は部屋に戻って休むことにする。夕食はパンだけでいいが、大量に寄越せ」


 蜂蜜とジャムを使って食べよう。甘いから太るかもしれない。だが、受けて立つ。脂肪は気合だ。気合で燃やす。


 ドワーフのおっさんは「分かった」と言ってカウンターの方に戻って行った。


 あ、ついでに金メッキの方も聞けばよかった。まあこれはいつでもいいか。


 さて、私も部屋に戻って本でも読もう。読みかけの本がクライマックスだからな。お土産として渡された箱。これを開けるべきか開けざるべきか、それが問題だ。私なら開ける。




 気付いたらお腹が減った。


 結構色々な本を読めたな。そして最初に読んだ本はバッドエンドだった。最近読む物語はそういう展開が多い。そもそも、あの物語は何が正解なんだろう? あのままずっといれば良かったのか? それとも箱を開けない? 亀を見捨てるという選択肢もあるのかもしれない。難しいな。


 まあいい、夕食を食べよう。


 部屋を出て食堂に移動すると、ディーンたちが座っていた。そこは私が使うテーブルなんだが。


 仕方がないので別のテーブルに座ると、三人がこっちのテーブルに座ってきた。なんなのお前ら。


「なんでこっちに来る。そっちのテーブルでいいんじゃないか?」


「まあ、いいじゃないですか。メノウさんたちがいないから寂しく感じますしね」


 そういうものだろうか。まあ、昨日は騒がしい奴が二人もいたからな。ちょっと寂しく感じるのは分からんでもないか。


 だが、寂しいなんかよりも食事が味気なくなる方が問題だ。まあ、二、三日の辛抱だから我慢できなくはないが。ここでの対応が終わったら早くソドゴラ村に帰ろう。


 ニアもそろそろ風邪が治ったろうからな。帰ったらニアの料理をたらふく食べる。誰も私を止めることはできん。


 なんだ? ディーンがこっちを見つめている感じだが。


「どうした? 私の顔に何かついているか?」


 リエルとかなら「惚れた?」とか言いそうだが、私はそんなことは言わない。常識があるからな。


「ああ、いえ、なんとなく不思議な感じがしまして。なんでしょうね? フェルさんには朝にちょっと会っただけなんですが、昼間にも会ったような気がしているのですが」


 もしかして記憶が残っているのか? 魔王様も完全には記憶を消せないとか言っていたし、なんとなく覚えているのかもしれないな。


 なら、会ってない事を強調しておこう。思い出されても困る。


「そんなことを言われてもな。私は昼間に会ってないぞ」


「そうですよね? 記憶にはないのですが、怒られたような気がしないでもないのですが」


 意外と覚えているもんだな。それならあの時話した内容も何となくだが覚えているのだろうか。慎重になれ、とか、ウルが怪しいとか。それがどういう結果になるかは分からないが、せめていい方向に進んでほしいとは思う。


「まあ、気のせいですね。二人ともフェルさんに会った記憶はあるかい?」


「ねぇな」


「ない」


 二人はまったく覚えてないのかな。人によって差があるのかも。記憶って難しいな。


「おう、夕食だぞ。しっかり食べてくれ」


 ドワーフのおっさんがパンの入った籠をテーブルに置いた。山盛りだ。


「おいおい、パンだけか? 他の料理はねぇのかよ?」


「儂が作る料理はまずいんじゃ。パンは近所から仕入れているから問題ないぞ。料理がない分大盛じゃから遠慮なく食ってくれ」


「マジかよ……」


 宿泊費に食事代が含まれているんだから遠慮するわけない。


 そしてロックだけじゃなく、ディーンもベルもちょっと嫌そうな顔をしている。でも、三人のうち誰かは料理ができるんじゃないだろうか?


「誰か料理できないのか? 冒険者で傭兵なんだろ?」


 返事がない。全員食べる専門か。まあ、私も似たようなものだが。だが親近感は湧いたな。


「仕方ない、とっておきの物を分けてやるから今日はそれでしのげ。明日からは自分たちでなんとかしろよ」


 亜空間から蜂蜜と三種類のジャムをテーブルの上に出した。


「つけすぎる奴には制裁を加える。適量をパンに付けろ」


「おお……!」


 ベルから感嘆の声が上がった。そんなにか。蜂蜜はともかくジャムはリンゴ並みのレアものだからな。


「あの、よろしいのですか?」


「私だけで食べてもいいが同じ宿に泊まっている仲だ。多少は援助してやる」


 まあ、記憶を消した償いというのもちょっとある。


「わるいのう」


「おっさんは宿の主人だろうが。なんで客と一緒のテーブルで食べようとしてるんだ」


「いまさらじゃろうが。仲間はずれにせずに一緒に食わせてくれ。そうじゃ、酒のつまみ用にチーズがある。それを出すから。な!」


「よし、一緒に食べることを許す。早く持ってこい」


 パンとチーズは合うと思う。最高の組み合わせはハンバーグとだが。


「それなら私たちは干し肉を出しましょう。保存食ですから堅いとは思いますが」


 ディーンがロックの方を見る。ロックは頷いてから、カバンから取り出した干し肉をテーブルに置いた。


 うん、わびしい気もするが豪勢になった気もする。


「おお、豪勢になったのう! これなら料理人は必要ないな!」


「今日は特別だ。宿泊費に食事代が入ってるくせに、客に食糧を出させるなら誰も泊まらんぞ?」


「それなら宿泊費から食事代を引いて食事を出さないようにするかの」


「料理人の当てがないならそうしとけ。厨房をお金で貸し出すとかでもいいと思うぞ」


「なるほどのう、やっぱりお主と一緒にいると商売がうまくいきそうな案が出る。これからもバンバン意見を出してくれ」


「言っておくが案を出しているんじゃなくて、誰でも思いつく常識的な事を言ってるんだぞ?」


 まあいい、ちょっとだけ豪勢になった食事をしてとっとと寝よう。

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