武器庫

 

 午後の予定が空いてしまった。


 特にすることは無いから宿で本でも読んでいようかな。魔族の私が町をウロウロするのは良くない気がする。昨日、ルネが歩き回ったからあまり意味をなさないけど。


 よく考えたら、ルネは町の奴らには絡まれなかったのだろうか。どちらかというとドワーフが多いのだが、血の気の多い人族の冒険者は結構いる。魔族ということで絡んでくる奴が多いと思うんだが。


「あ! 魔族のねーちゃんだ! 人形劇の続きをやってくれよ! 未来からきたゴーレムが無双するやつ! 俺は未来を変えられないと思うけど!」


 人気のない道に入ったら五人の子供に絡まれた。コイツらは何を言っているのだろう?


「おねーちゃん、今日は普通の服だね。背も縮んだ?」


 人形劇、普通の服、背が縮んだ? もしかしてルネのことか? アイツは何をやったんだ?


「すまんが、昨日の奴と私は違う魔族だ。人形劇は出来ん」


 そう言うと、「えー」「残念」「つかえねー」と言われた。最後の奴、ちょっと来い。


「じゃあ、勇者ごっこしようぜ。ねーちゃんはゴブリンな!」


「それだと私がやられる役だろうが」


 アンリといい、コイツらといい、なんで私にゴブリン役を押し付けようとするのだろうか。ゴブリンに似ているとかじゃないよな?


 お腹が減ってきたし、面倒だからちょっと脅しておこう。


「私は魔族だ。人族には嫌われている。あまり近づかない方がいいぞ?」


「なんだ、ねーちゃんはイジメられてんのか? 弱いなら守ってやるぞ!」


 イジメられているわけじゃない。それに弱くもない。脅しに屈しないのは評価高いけど、分かってないんだろうな。だが、心意気は買いたい。


「そうか、じゃあ、誰かにイジメられたときは守ってくれ」


「わかった! 一回守る度に大銅貨一枚な!」


 金取んのか。


「……まあ、その時は頼む。それじゃ私は行く。昼食を食べてないからな」


 それにちょっと危険な感じがする。私から離れた方がいい。


「そうか。じゃあな、ねーちゃん。イジメられたら言うんだぞ! 大銅貨二枚な!」


 増えてるだろうが、と突っ込もうと思ったが止めておこう。早く離れた方がいいからな。


 子共たちは手を振りながらこの場から離れて行った。これで安心かな。


「待たせたか?」


 気配のする方を見ずに声をかけた。さっきから気配を隠そうともしないから私に用事があるんだろう。


「気づいていましたか」


 男の声だ。声のした方をゆっくりと見る。にこやかな顔をした三十代ぐらいの男が立っていた。膝まである黒いコートを羽織り、ツバの広い帽子を被っている。全体的に黒いな。暑そう。


 それにコイツは強い。いままで見た人族の中なら抜群の強さだ。


「私に何か用か?」


 男はさらに笑顔になった。閉じているわけではなさそうだが目が細い。いまいち感情が読めないな。


「フェルさんで間違いないですか?」


「ああ、魔族のフェルだ」


「私は冒険者のユーリと言います。初めまして」


 物腰は柔らかい感じだが、何の用だろうか。多分、ろくでもない事だと思うけど。


「私は武器を集めるのが趣味なのですが、魔族の使う武器に興味がありましてね。今は何も持っていないようですが、もしお持ちなら見せてもらえないかと思いまして」


 武器を集める? もしかして武器庫とか言われている奴なのだろうか? 確かに強さだけならかなりのものだ。


「もしかして『武器庫』と呼ばれている奴か?」


「ご存知でしたか。魔族の方に覚えてもらえるなんて嬉しいですね」


 嬉しい、ね。顔は笑っているが嬉しそうには見えないな。


 まあいい、用件は武器か。だが、私は持っていない。私の武器は修理中で魔界にある。


「悪いが素手で戦うタイプなんでな。武器は持っていない」


「貴方が使う物でなくても構いません。何かお持ちでないですか?」


 それならある。もしかしてこいつになら売れるか?


 亜空間から聖剣を取り出した。とても気持ち悪い。昼食前なのに吐きそうだ。剣を地面に刺して少し離れる。多少は気持ち悪いのが収まった。


「これでいいか?」


 地面に刺さった剣を見たユーリは目を見開いた。ちょっと震えている感じだ。


「お、おお! それは聖剣ですね! おそらく聖剣『活殺自在』。大昔に失われたと聞いたことがありますが、まさか貴方が持っているとは……」


 名前なんか知らん。特に魔眼で見ようとも思わなかった。そんなことしたら目が潰れそうだし。


 そんなことより、この剣に興味がありそうだ。買い取ってくれないかな。


「欲しければ売ってやる。いくら出す?」


 国宝級とか聞いたからな。大金貨十枚以上なら即決だ。


「いや、貴方は面白い。国家予算を使ったって買えるものじゃありませんよ。それにこの剣を持っていたら女神教に徴収されますからね。金を払うだけ無駄です」


 相変わらず使えない剣だ。捨てるのはどうかと思うし、女神教に渡すというのはありなのかな。女神教とは言っても、リエルとか女神教の爺さんに渡すだけだが。でも、教会で奉ったりしたら嫌だな。村の中が聖なる波動で覆われたらおちおち寝ていられない。食事も不味くなりそう。


 最悪、アビスの中に置いておこう。正直なところ私の亜空間にも入れておきたくないからな。


「いや、いいものを見せて頂きました。他にもなにかお持ちではないのですか?」


 とりあえず聖剣は亜空間にしまう。他に何か持っていただろうか?


 亜空間を探してみたら、武器じゃないけどドラゴンの牙があった。


 ……そういえばヴァイアがドラゴンの牙をドワーフが買ってくれるかも、と言っていた気がする。ちょうど、ドワーフがいるんだから売れるのではないだろうか? 念のためお金を補充しておきたいからな。


 いや、待てよ? ソドゴラ村に来たドワーフのおっさんに渡すという手もある。色々作ってくれそう。どうしようかな?


「なにかお考えですか? 人族には言えないような物があるとか?」


「そうじゃない。武器ではないがドラゴンの牙があるのを思い出した。ドワーフに売ろうかと考えていただけだ」


「ドラゴンの牙! それはいい武器の素材ですね。よろしければ見せてもらえませんか?」


 武器じゃないけどいいのだろうか。とりあえず一本だけ見せてやろう。


 亜空間から取り出して、ドラゴンの牙を地面に置く。結構デカいから邪魔だな。


「中々に大きいですね。相当大きなドラゴンでしたので?」


「そう聞いている。かなり昔の事なので私は知らん。もういいか? 昼食前なので腹が減った。宿に戻って食事を取りたい」


「それは失礼しました。いいものを見せて頂きまして感謝しています。お礼にギルドで食事を奢りますよ?」


 それはありがたいが私はギルドで食事をしないと言ってしまった。メノウの話ではあれは芝居だったようだが、たとえそうでも一度言った言葉を覆すのは良くない。ここは断腸の思いで断ろう。


「気持ちだけでいい。武器を見せただけだからな。もう用はないな? それじゃ帰らせてもらう」


「残念ですが仕方ないですね。では、何か武器を手に入れたら見せてください。約束ですよ?」


 そう言ってユーリは去って行った。


 今日初めて会った奴に約束されても困る。だが、意外と普通の対応だったな。最初、襲ってくるような雰囲気だったが気のせいだったか。


 宿に向かおうとしたら、さっきの子供たちが家と家の間から出てきた。隠れていたのか?


「なんだよ、イジメられるかと思って待ってたのに。大銅貨一枚損したぜ」


「一つ教えてやる。助ける時は待ってないで助けろ。手遅れになったらどうするんだ?」


「昨日のねーちゃんは、タイミングよく助けに入った方が格好いいって言ってたぞ?」


 ルネは子供に何を教えているんだ。あとで説教しよう。

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