第四世代

 

 ようやく坑道の中に入れた。


 今日は朝から大変だった。ベルにジャムを売ってくれとしつこく言われるし、子供たちに絡まれるし、ゴスロリ集団に服を買えと言われるし、すでに私の体力は半減している。


 なんというか、ここの奴らは魔族の事を怖がっている感じがしない。若い奴らしかいないんだろうな。ドワーフのおっさんもこの町は比較的新しい町だとか言っていたし。


 しかもルネのせいで積極的に関わってくる奴らが多い。友好的な関係かどうかは分からないが、悪い傾向ではないと思う。でも、なんだろう? 私が色々頑張っているのに、ルネはわずかな時間で友好的な関係を結んだ。かなりモヤっとする。


 もしかして私はそういうのに向いていないのだろうか? 人族と友好的な関係になるならルネの方が適任なのかな? そういうのはルネに任せて私は魔王様と共にいる方がいいのかもしれない。今度、魔王様に提案してみよう。


「やあ、フェル、待たせたかな?」


 背後から魔王様の声が聞こえた。気配を感じないが結構慣れたな。念話みたいなものだ。


「おはようございます、魔王様。まったく待っていませんのでお気になさらずに」


「なら早速行こうか。今日で防衛システムを解除するつもりだからね」


「はい。お供します」


 魔王様が歩き出したので、私も後についていく。ここ数日、同じことの繰り返しだが、たったこれだけの事でもうれしいものだ。


 坑道の入り口から歩いていつもの穴を下り、魔物を倒しながら奥に進む。相変わらず魔王様の歩みには迷いがない。


 この坑道は広すぎていまだに地図が完成していないと聞いたが、魔王様にはすべての道が分かっているのだろうか。覚えてきたとか言っていたし可能性はあるな。流石だ。


「さて、昨日の続きだけど聞くかい?」


 昨日の続き、というと第四世代の話かな。もちろん聞かないなんて選択肢はない。しっかり教えてもらおう。


「はい、ぜひ、お願いします」


「なんだか先生になった気分だね。じゃあ、教えようか」


 魔王様が先生だったら私は良い生徒にならねば。委員長になってもいい。


「第四世代は現在の事を指すんだけど、それまでの世代とは条件が変わったんだよ。楽園計画の目的は新たな人類の再生と繁栄だけど、これまでの計画通りに進めると問題が発生することは三回の失敗で分かっている。だから計画の一部を変更した」


 計画の一部を変えた? 目的は変えずに計画だけ変えたということかな。


「魔界が汚染される前の文明まで戻すのではなく、そこそこの文明で人族が繁栄すればいい、と判断したようだね。ある程度の文明を作ることが出来て、人族同士で戦争をせず、堕落しない。そういう状況を目指しているわけだね」


「それが現在、ということでしょうか」


「うん。今は問題が起きてるけど、二千年ぐらいは上手くいっていたようだよ。世代としては最長かな」


 二千年? 魔族の歴史もだいたい二千年だ。第四世代と同じぐらいなのか。


「だけど、色々な犠牲の上に成り立つ世代でもあるね」


「犠牲ですか?」


「そう。例えばだけど、獣人が虐げられているのは、人族に優越感を植え付けるためだ。ただ、それだけの理由で獣人は作られたんだよね」


 優越感? しかし獣人は人族よりも強い。人族が優越感に浸れるものじゃないと思う。


「獣人が人族に劣っているとは思えません。優越感よりも劣等感のほうが大きいと思いますが」


「身体的な能力に関してはそうだね。だが、人族は多い。以前言ったと思うけど、人族というのは個人ではなく集団で強い。獣人達はどちらかというと本能的にしか戦えない。策略などを駆使する人族には種族としては負けてしまうんだよね」


 集団で強い、か。あまり想像は出来ないが、そういうものなのだろう。


「自分達より劣る者たちがいる。そういう優越感を得ることで人族にプライドを持たせた、という事かな。第三世代で管理者が積極的に介入したために、人族は自分たちを劣等種だと思っていたらしいね。そうならないように獣人というシステムを作ったという事かな」


 よく分からないが、そういうものなのか。でも、最近私の周りでは猫耳が流行っている。獣人に対して優越感はないように見えるけど。猫耳がないのが逆に劣等感になりそうだが。


「他にも人族のために色々なシステムが作られた。そうやって人族を管理することで、都合のいいように繁栄させようとしているんだね。だが、用意したシステムが徐々に破たんしてきている。それが今、人界を危ない状況にしているということかな」


「破たんですか」


「原因は色々あるんだけどね。その一つは……」


 なんだろう? 魔王様が立ち止まってこちらを見ている。とても照れるのですが。


「どうやら着いたようだね。フェル、悪いけど、またお願いできるかな」


 壁にガラスが埋め込まれているのが見えた。部屋に着いていたのか。


 早速ガラスに手を当てて壁を開いた。そして魔王様と一緒に通路を歩き、部屋に入る。


 これまでと似たような部屋だ。


「ここは最後の部屋だ。結構時間が掛かるからよろしくね。それと注意点があるんだけど、防衛システムが解除されると、僕に対する監視や盗聴が回復してしまうから、しばらくは日記に書かれているようなことは答えられない。悪いけどフェルもそのつもりで」


「畏まりました」


 魔王様は金属の壁から何かしら紐を取り出して左手の小手につけると、動かなくなってしまった。おそらく情報の書き換えとやらをやっているのだろう。


 ここで防衛システムとやらが解除されたら魔物暴走も終わるのだろうか。魔王様が魔物を倒されていたので暴走が起きていた気がしないな。


 おっと、周囲を警戒しておかないとな。魔王様は無防備だ。しっかりとお守りせねば。


 念のため探索魔法で確認してみたが近くには誰もいなかった。今日は大丈夫だろう。すこし部屋の様子を見てみようかな。


 薄く光っているガラスがたくさんある部屋だ。部屋自体は広いし金属で出来ているからどうも寒い感じがする。でも、こんな広さの部屋があるっておかしくないだろうか。なんというか通ってきた坑道と部屋が重なっている気がする。


 世界樹の時と同じように、部屋自体は別の場所にあって空間を繋いでいるだけなのかもしれないな。部屋に入る時に手をかざしているが、あれが空間を繋いでいる可能性がある。でも空間をまたぐときに眩暈はなかった。わからん。あとで魔王様に聞いてみよう。


「おや、また会いましたね」


 声のした方を見た。部屋の入り口付近に武器庫とか言われている奴がいた。相変わらず目を細いので感情がよくわからない。


 だが、何故だ? 私の探索魔法には引っかからなかった。印はつけていなかったが、分からないはずはないんだが。


「あれ? お忘れですか? ユーリです。……ああ、『武器庫』と言った方が分かりやすいですか?」


「お前のことは覚えている。私の探索魔法に反応がなかったから驚いただけだ」


「そういうことですか。私はある程度までの魔法を無効化できる装備をしているのです。探索とか精神系の魔法に対する防御ですね」


 簡単にバラしたな。でも、それなら反応がないのは当然か。


 しかし、なんでここに来た。ここに来るまでにかなり複雑な道を通ってきたはずだ。近くに他の冒険者はいないし、理由もなくここに来ることはないと思う。最初からつけられていたのか? 不覚だ。


「それにしてもここは凄いですね。第三世代の遺跡ですか? こんなものがここにあったとは。冒険者として心が踊りますね」


「下らん話は止めろ。それだけ殺気を出していて世間話をしに来たわけではないだろ? 私に何の用だ?」


「これは失礼。ちょっと試しただけです」


 ユーリがそういうと、殺気はなくなった。しかし、コイツはベルじゃないんだ。殺気を消すことぐらいなら余裕だろう。殺気がないと動きが読めない場合があるから気を付けないとな。


「実は冒険者ギルドから貴方を調査しろと言われましてね。冒険者は大変ですよ。グランドマスターの専属ですし、断れないですからね」


 グランドマスター? そういえばディアが雑談中に聞いた気がするな。ギルドのトップがグランドマスターって奴だとか。つまり、ギルドの一番偉い奴からの依頼か。


「なんで私を調査する?」


 ユーリが一度ポカンとしてから笑い出した。面白いことは言ってないはずだが、何が面白いのだろう?


「貴方は魔族ですよ? その魔族が冒険者ギルドに所属したのですから調べるのは当然じゃないですか? 貴方が冒険者登録したギルドは森の中にあってどの国にも所属していない場所ですからね。すでに魔族に支配されているんじゃないかと皆さん怯えてますよ」


 やっぱり冒険者ギルドに登録するのは軽率だったかな。でもお金が必要だったし。まあいいか。悪いことはしていない。堂々としていよう。


「安心しろ、魔族は人族と友好的な関係を結ぼうとしている。人族を襲ったり、支配するような真似はしない。何だったらソドゴラ村にいくといい。私はものすごく貢献しているぞ?」


「そうでしたか。それは別の者が対応していますので、そちらに任せています。私は別件の調査がありましてね」


「別件?」


 おお? 一瞬で間合いを詰められた。いつの間にか右手に剣を持っていて、首元に剣先が突き付けられてる。驚いた。ウルよりも速い。流石はアダマンタイトということか。


「貴方の強さを調べてほしいと言われているんですよ。でも、この程度なら大したことはないですね」


 ちょっとムカッときた。でも、別にいいか。どうせ記憶を消すんだし、どう思われても構わない。そうだ、逆に情報を引き出そう。


「期待に応えられなくてすまんな。ところでお前はアダマンタイトだよな? 他のアダマンタイトで知っている奴はいるか? 知っているなら教えてくれ」


「そんなことを聞いてどうするんです?」


 理由はなんでもいいか。どうせ覚えていられないだろうからな。


「お前みたいに強い奴がどれぐらいいるのか知っておきたいだけだ。知り合いのオリハルコンの奴は、お前達アダマンタイトはおかしいと言っていたからな」


「はは、間違ってはいませんね。アダマンタイトの奴らは確かにおかしい。でも、残念ながら私も詳しくは知りませんよ。会ったことはありますが、お互いの手の内は見せませんし、強さを比べるつもりもないですから戦ったこともありません」


 そういうものなのだろうか。魔界の強い奴は腕比べとかするけどな。


「ですが、アダマンタイトの冒険者にある依頼が出されましてね。これで優劣が決まると喜んでいますよ」


「どんな依頼だ?」


「依頼の内容は魔族を殺せ、ですね。達成できればアダマンタイトの上、ヒヒイロカネというランクを作って、それになれるという内容ですよ」


 余計な事しやがって。

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