体質
ゾンビのマスクをつけているから、まったく眠くならない。霧を完全にシャットアウト。魔道具だから使い過ぎると壊れる可能性はあるが、しばらくは問題ないだろう。
「どうする? お前の魔力が切れるまで待ってやってもいいが、私の邪魔をしたという結果だけが残るぞ。今後の依頼に関して可能性が全くなくなるということだ」
そもそも戦争に加担する可能性は皆無だが、早くこの霧を晴らすための交渉してみる。
「……わかりました。私たちの負けです」
霧が一点に吸い込まれるように集まっていく。ディーンが足元から体を再構築するように現れた。
それにしても面白いユニークスキルだな。このマスクが無かったらやばかった。ヴァイアに感謝しよう。
「じゃあ、もういいな」
大男は仰向けに倒れているし、少女はまだむせていて立てない。ディーンは悔しそうにしている。だから、舐めすぎだと言ったのに。
「お前ら何やっとんじゃ!」
ドワーフのおっさんがやってきた。後ろには隠れるようにメノウもいる。
「この嬢ちゃんに聞いてやってきたら食堂が壊されておるじゃないか! 弁償しろ! ……ってギャア! ゾンビ!」
「あわわわわ……」
失礼な奴らだ。マスクだってわかるだろうが。マスクを外して亜空間に入れた。
「言っておくが暴れたのはそこの奴らで私は被害者だ」
今日は被害者になることが多いな。
「私は部屋に戻るから、弁償ならソイツらに頼め」
さあ、部屋に戻って準備の再確認だ。
部屋に入り扉に鍵をかける。それに結界も張っておこう。さらに防音。これ以上、邪魔されたら困る。
亜空間から色々取り出して、一つ一つ入念にチェックだ。
気付いたら結構時間が経っていた。もう夕方か。
チェックと掃除が終わったら亜空間から出した本を読みだしてしまった。術式理論の本と冒険活劇の本は面白かった。私の作った亜空間なのに誘惑がいっぱいだ。
とりあえず、準備は問題なさそうだし、部屋の掃除もした。魔王様を迎え入れる準備は整ったということだろう。
……今気づいたが、この部屋に迎えなくとも新しい部屋を頼めばいいのか? 私が使った部屋などを改めて使ってもらう必要は無いはずだ。もう一部屋借りておくか。
それにお腹が減った。お昼はリンゴだけだったからな。魔王様にここの食事を食べさせるわけにもいかないし、どこかで食べ物を調達しよう。
結界を解き、部屋を出る。なんだか食堂の方が騒がしいな。
「ここを押さえておくから、この場所に釘を打ってくれ。……振りかぶるなって。最初は軽くでいいんだよ!」
「私はナイフしか使えない。鈍器スキルは持っていないのに」
「金槌を使うのに、そんなスキルは必要ねぇよ」
よく分からないが、食堂の壊れた部分を直しているのだろうか。
食堂を素通りしようとしたら、大男がこちらに気付いた。
「あ! テメェ、俺らに弁償を擦り付けやがって! これ、お前がやったんだろ――あぶねぇ! 俺の指を打つんじゃねぇよ!」
「ロックが動くのが悪い」
「そもそも釘の位置を狙ってねえんだよ!」
コントかな? 特に面白くはないけど。
「擦り付けたとか言ったが、食堂が酷いことになっているのは、お前らが私を邪魔した上に弱いからだろう。どう考えても私のせいじゃない」
大男は悔しそうにしている。勝手に絡んで来て悔しそうにするなら絡むな。
「ディーンはどうした? 一緒じゃないのか?」
「うちのボスは魔力を使い過ぎたから部屋で寝てるよ。まったく、テメェに関わるとロクなことがねぇよ」
お前らから見たらそうかもしれんが、私から見たらお前らこそロクなことをしてないんだが。
大男は「フン」と言って修復作業に戻った。少女はさっきと違って普通にこっちを見ている。なんだか戦闘中と随分印象が違うな。
そんなことはどうでも良いか。なんというかコイツらとは相性が悪い。出来るだけ関わらないようにしよう。
宿を出て食糧の買い出しに行こうと思ったが、なにかいい匂いがする。私には分かる。これは美味い料理の匂いだ。
だが、カウンターにはドワーフが座っている。もしかして料理人を雇ったのかな?
「このいい匂いはなんだ?」
ドワーフのおっさんに聞いてみた。もしかしたら買い出しに行く必要が無くなるかもしれない。
「食堂をあれだけ破壊しておいて、よく平気な顔で儂に話しかけられるのう?」
「悪いのはアイツらであって私ではない。この件では被害者だったと胸を張って言える」
「被害者は胸を張るもんじゃない上に、加害者の方がボコボコではないか」
「過剰防衛したつもりは無い。アイツらが弱いからそういう結果になったに過ぎない」
そう言うと、食堂の方から「うるせぇ!」と聞こえてきた。結構元気じゃないか。
「まあ、済んだ事だからもういいわい。でも、今度問題を起こしたら宿から出て行ってもらうぞ。宿泊費は返さんからな」
「それはアイツらに言え。そうそう、もう一人宿泊することになる。この宿で一番いい部屋とかはあるか?」
おっさんは考え込むように両手を組み、首を傾げた。考えるような事なのだろうか。
「儂の部屋じゃな」
「そういうボケはいらん。客室で一番いい部屋だ」
天然なのか、分かっていてボケているのか。どっちにしてもイラッとする。
「ないない。全部一緒じゃ。しかし、面白い事を言ったの。いい部屋、か。部屋のグレードやサービスがいい部屋と言う意味じゃな? いい部屋を用意したら高い金をとっても問題ないかもしれんのう」
普通、宿ってそういう事を考える物じゃないのか? 何かしらの特色を持った宿にすれば、コアな客が付くかもしれないのに。まあいいか、私が考えることじゃない。
「全部同じなら、私が借りた部屋の隣をもう一部屋借りる」
大銀貨一枚をカウンターに置いた。結構散財しているな。お金は慎重に使わないと。
「一人で五日分だ。頼むぞ」
「お主が来てから稼ぎがいいのう。お主は招き猫じゃな」
「絶対に違う。それに私は犬派だ」
そこは大事。掛け持ちとかありえない。
「ところで最初の質問に戻るが、このいい匂いはなんだ? 料理人を雇ったのか?」
「おう、短期じゃが雇ったぞ。客として来たんじゃが、食事の用意をするから宿泊費を無料にしてくれと言われての。ほれ、メノウとか言った――いかん、名前は言わないでくれと言われておった。内緒じゃぞ?」
アイツも謎だ。一体何をしているのだろうか。だが、匂いは美味しそう。
「今日の夕食はメノウが作るんだな?」
「そうじゃ。うちで昼飯は出さないが、昼に試しで作らせてみたらかなり美味かったのでな。その間に料理人を探すつもりじゃよ」
「なら食糧を買い出しに行く必要はないか」
「なんじゃ、食事に行く予定だったのか? もうそろそろできると思うから少し食べてから判断したらどうじゃ?」
「分かった、そうさせてもらおう」
被害の少ない場所にあるテーブルに座り、待つことにした。
昨日の夜はシチューだった。今日の朝はギルドで色々。昼はリンゴだ。夜は何がいいだろう? なんでも食べるけど普段と違う物が食べたい。変わった食材の料理がでないかな。
「アンタ、今は忙しくないのか?」
大男と少女が近寄って来て、そんなことを言い出した。また、戦争に手を貸せとか、魔王様に謁見させろとか言うのだろうか? 懲りない奴らだ。
「待て待て、そんな目で見んな。もう、手を貸せとか言わねぇよ。ボスからやめろと言われているからな」
弁えてくれたのか。頼まれてもやる気はないからそうしてくれるなら助かる。
「なら、なんの用だ? 夕食に何が出るのかを考えているので忙しい」
「そんなもん、考えていたって仕方ねぇだろ? アンタ面白いな」
「ロック、馬鹿にされているって気づいて」
「なんだと!?」
馬鹿にしてないし、真面目に夕食の事を考えていたのに。はやくどっかに行ってくれないかな。出来れば関わりたくない。
「まあいい、聞きたいことがあるんだよ。アンタはなんでそんなに強いんだ?」
何言ってんだコイツ。私が魔族だからに決まっているだろうが。そもそも身体のスペックが違う。
「私から見たら人族が弱いんだ。単なる種族の差だ。それに生まれ育った環境も違う。魔界は強くなければ生き残れない」
「なるほどな。……俺は強くなりてぇんだ。戦争に直接手を貸してくれなくても俺を鍛えてもらうことは可能か?」
そう来たか。だが、なんでコイツら単刀直入に言うのだろう? 言えば私が手を貸すとでも思っているのだろうか?
「ディーンにも言った気がするが、私にメリットがないだろう? 私が無償で手を貸す理由があるのか? それとも私が欲しい物を何か持っているのか?」
そもそもほしい物なんてない。強いて言えばリンゴか? だが、それはいっぱいある。
「いやぁ、それは持ってねぇけどよ。そもそもアンタがどういう奴か知らねぇし」
「そんな相手に教えを請おうとするな」
何も考えていないだけか。思ったことを口にしているだけと見た。
「教えてほしいことがあるんだけど」
今度は少女が話しかけてきた。というか、なんでお前ら普通に相席をしてるのだろうか。もしかして夕食をこのテーブルで食うのか?
「死角から攻撃しているのに何で当たらないの?」
「教える必要があるとは思えないが、面倒だから教えてやる。お前は殺気が強すぎる。攻撃する前から攻撃しますと宣言しているようなものだ」
「でも、あなた以外なら当たる」
「あれだけの殺気を当てられたら、普通の奴は呑まれて動けなくなる。だから当たる。でも強者には効かない」
なんだか分かっていない顔をしている。せっかく教えてやったのに。
「仕方ないから分からせてやる」
一度、深呼吸。そして少女に殺気を放つ。
少女は体を硬直させたようなので、殺気を緩めた。
「ハァ、ハァ……!」
「大丈夫か? 今のが殺気という奴だ。相手を殺そうとする気配だな。生物が本能的に持っているものだ」
テーブルについても水が出てこないので、ヴァイアに作って貰った水の出るコップに魔力を注ぐ。水が湧いてきた。美味しい。
「戦闘中、お前はその殺気が強すぎる。攻撃するならその殺気をひっこめろ。私の部下にいる獣人は殺気を全く出さずに相手を刺せるぞ」
私の姿をしたドッペルゲンガーを何のためらいもなく刺すぐらいだ。とてもモヤっとする。
「良く分かった。何も考えずに人を刺せるように努力する」
「分かってない。それはサイコパスと言うんだ。殺気を出さずに戦えるようになれ、と言ってる」
殺し屋になりたいとかじゃないよな。
「ベルにはアドバイスしてるじゃねぇか。俺にも何かアドバイスをくれよ。それぐらいならいいだろ?」
「分かったアドバイスしてやる。お前は服を着ろ。なんでハーネスとレザーパンツだけなんだ。防御力が低すぎる。そして生理的に嫌だ」
なぜか、少女もウンウン頷いてる。
「筋肉こそが最強の防御力だろ? こりゃ、プライドの問題だ。絶対に服は着ねぇ」
「下らんプライドなどオークに食わせろ。そんな事言ってるから私の攻撃に耐えられないんだ」
「全身フルアーマーだって、アンタの攻撃に耐えられねぇよ」
「じゃあ、攻撃を受けるんじゃなくて躱せ」
「おお、そういうのだよ。そうか、躱すのか」
え、そこから? そういえば、ミノタウロスも筋肉を見せるパフォーマンスを結婚式の出し物でやっていた気がする。もしかして筋肉を見せつけるために攻撃を受けていたのか?
なんか、どうでも良くなってきたな。
「アドバイスはしてやった。散れ。これから食事だ」
「フェルさん、団員たちと仲良くなったのですか?」
ディーンが来た。魔力が回復したのだろうか。そして、何も言わずに相席する。人族って遠慮という言葉がないのか?
そして仲良くなったという言葉。目が悪いを通り越してる。
「お前の目は節穴か。どこをどう見たら仲がいいんだ。今度、聖女を紹介してやるから目を治してもらえ」
「聖女? 女神教の? 知り合いなんですか?」
しまった、余計なことを言ってしまった。全部、リエルが悪い。
なんと言おうか迷っていたら、厨房らしきところからメノウが飛び出してきた。
「せ、聖女様を知っているんですか! お、お願いです! 聖女様の事を教えてください! 何でもしますから!」
「じゃあ、私の胸ぐらから手を離して、食事を持ってこい」
メノウはかなりの速さで厨房に戻って行った。
私は面倒事を呼び込む体質なんだろうか。
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