再々戦

 

 私は何を考えていたのだろう。魔王様からの連絡なのだ。何をおいても優先しなくてはならない。たとえ訳の分からない状況だったとしてもクールに対応するべきだ。


「はい、大丈夫です。何の問題もありません」


『そう? 声からなんだか訳が分からない状況だって感じがするけど』


 流石は魔王様。私の状況をすぐに察知された。だが、たとえどんな状況であっても問題はない。


「いえ、些細な事です。いつ、どんな時も魔王様が優先です」


『嬉しいことを言ってくれるね。じゃあ、簡単に報告するよ。今日の夜、そこの宿に向かうよ。詳しいことはその時に話すけど、明日から大坑道に入るつもりだから、準備や用事があるなら今日中にしておいてね』


「畏まりました。基本的な準備は済ませていますが、念のため再確認して必要そうな物を揃えておきます」


『うん、よろしく頼むよ。じゃあ、また夜に』


「はい、お待ちしております」


 念話魔道具のボタンを押して終了だ。


 それにしても夜には魔王様がいらっしゃるのか。部屋の掃除をしておかないとな。ウェイトレスで習得した掃除スキルを使う時がきた。


 さっそく部屋に戻ろう。


「フェルさん、お待ちください。この状況でどこに行くのですか?」


「話をするのは連絡が来るまでとの約束だったはずだ。私は忙しいから部屋に戻る」


「待ってください。確か『魔王様』とおっしゃっていましたね? まさか魔王がここへ来るのですか?」


「そうだが、それがなんだ?」


 全員の顔が引きつった。不敬な奴らめ。


「何をしに来るのですか?」


「それをお前に教える理由はないだろう? 約束通り連絡が来るまでの間、話をしてやった。お前たちは知り合いではあるが、友人じゃないんだ。なんでもかんでも言うつもりは無い」


「それは……そうですが……。ああ、でも、この方はどうするんですか?」


 ディーンは正座をしているメノウについて言っているのだろう。別にどうもこうもない。


「そんな格好をしているが、お前はギルドにいたメノウだな?」


 ギルドで見たゴスロリではなく、普通の麻で出来た服だ。完璧な村娘。どう見ても縦ロールで「おほほ」笑いをした奴には見えない。


 ディーンも一瞬、私が何を言ったのか分からなかったようだ。何度か私とメノウを交互に見てから「あっ」と軽く驚いたようだ。


「すすす、すみません! そ、それと、こ、この、このことは内密に!」


 また土下座した。面倒だな。


「何を謝っているか知らないが、ギルドでの事なら怒っていない。それにその姿の事をばらすつもりもない。むしろ、どうでもいい話だ。よく分からないが、私を利用して人気を取ろうとしたんだな? そんなことは勝手にするがいい。私の邪魔さえしなければ問題ないから、土下座をやめろ」


 よし、これだけ言っておけば問題ないだろう。


 メノウを見るとぽかんとしていた。殺されるとでも思っていたのだろうか? まあ、いいや。部屋に戻ろう。


「まあ、待てよ。ちょっと話をしようぜ?」


 大男、森ではマッチョだった奴だ。もしかしてそのローブの下はほぼ半裸か? もしかして春になると出てくる危ない奴なのか?


 それはともかく、まだ私の邪魔をするのか。


「さっき言っていたことは聞いていなかったか? 私の邪魔をするんじゃない」


「魔王が来ると聞いて、邪魔しねぇわけにはいかねぇよ。何しに来るんだって、うちのボスが聞いてるだろうが?」


「質問に答える義理があるのか? ディーン、コイツに退く様に言え」


 一気に面倒くさい状況になった。色々準備しないといけないのに。


 ディーンは考え込むようにして何も言わない。何やってる。早くしろ。


「フェルさん。確かに質問に答えるほどの義理はありませんが、魔王がくるとなれば聞く必要があります。教えてもらえませんか?」


「そうか。死にたいようだな。いや、殺すつもりは無いが、しばらく生死の境をさまよってろ」


 最初からそうすればよかった。邪魔をしなければ問題ないが、邪魔をするなら排除する。人族と友好的な関係を結ぶ必要はあるが、聞き分けのない奴は殴ろう。


「フェルさん、舐めすぎではないですか? 一対一なら勝てませんが、三対一なら勝てますよ?」


 大男と、少女と、ディーンがそれぞれ構えた。そうか、本当にやる気なんだな。


「舐めすぎなのはお前らだ。三人程度で魔族を抑え込むつもりか?」


「なら私たちが勝ったら、戦争に協力してください」


 ディーンがそういった直後、大男が椅子を蹴っ飛ばしてきたので転移しながら躱す。


 まずは大男だ。ディーンを先に沈めると残りが逆上しそうだ。まずは大男と少女の二人を無効化して、ディーンを最後に沈める。


 大男の目の前に転移して、定番の左ボディ。


「ぐ、お」


 両手をクロスしてガードしたようだ。前回は吹っ飛んだが、今は建物の中だから後ろに飛んで衝撃を逃がすことはしないようだ。ならもう一発だ。腕の一本や二本、覚悟してもらおう。


 今度は右のボディブロー。ガードしたところに叩きこむ。


「ぬう! やれ! ベル!」


 攻撃した一瞬の隙に私の右腕を両手でつかんできた。動きを止めるつもりか。


 足元から殺気を感じたので一瞬だけ目をやると、男の影からナイフを持った腕だけが見えた。


 そこに向かって右拳を振り下ろす。右腕を大男に捕まえられているが、その程度で止められるわけがない。


「やべぇ! 引っ込め!」


 私の拳が届く前に、ナイフを持っていた腕は影に消えた。勢い余って床をぶち抜いてしまった。弁償はコイツ等にさせよう。


 ほっとしているところ悪いが、無防備すぎる。拳を床に叩きつけた状態から大男の顎にアッパー。顎をガードしたようなので威力は殺されたようだが後方に倒れ、派手な音を立ててテーブルを壊した。まず一人。


 気付くといつの間にか部屋に霧が充満していた。ディーンの仕業か?


 そう思った瞬間、後ろから殺気を感じた。慌てて身を躱すと、少女が両手にナイフを持って突き刺している。霧で見えなくても殺気が強すぎる。残念なナイフ使いだな。


「殺す!」


 魔王様の話を聞きたいんじゃないのか? なんだか目的が変わっているような?


 段々と霧が濃くなってきたな。ほとんど見えなくなってきた。だが、同じ条件のはずなんだが、少女のナイフは的確に私を狙ってる。まあいいか。霧を晴らせばいい。


 ナイフを躱した後に、少女に向かって魔法を使う。


「【送風】」


 一瞬で少女の周囲から霧が晴れた。すぐさま少女の背後に転移。そして、服の襟を掴む。


「寝てろ」


 襟を掴んだまま、床に叩きつける。ちょっと床がへこんだけど、弁償はコイツらがするからいいや。


 少女はむせながらも立ち上がろうとしたが、ちょっと無理なようだ。よし、最後はディーンだ。


 さらに霧が濃くなったな。どこにいる?


「二人をこんな短時間で仕留めるとは流石ですね」


「三人同時で来ると思ったが、二人は時間稼ぎか? この霧がお前の切り札か」


「ええ、時間は掛かりますが、これが展開された屋内なら無敵だと自負しています」


「無敵か。それは魔王様の特権だ。お前ではない」


 まずは霧を吹き飛ばしてみよう。


「【送風】」


 一瞬だけ霧が晴れるが、すぐに霧で覆われてしまった。


 どうしたものか考えていると、目の前に剣が飛び出してきた。慌ててスウェーして躱す。殺す気か。


 剣が飛び出したということはディーンがいるのだろうと思い、カウンターで殴ったが拳は空を切った。どういう魔法なんだろう。いや、ユニークスキルなのか?


「どうですか? このまま戦ってもいいですが、魔王に謁見させてくれるならこの霧を解いてもいいですよ? 私にはともかく、フェルさんには時間の無駄ですからね」


「要求が変わっているぞ。それは不敬だと言ったはずだ」


 仕方ない、魔眼で状況を確認しよう。頭痛がするかもしれない。あれは痛いから嫌なんだけど。


 ……ユニークスキル「復讐の霧」。魔力の続く限り肉体を霧に変えてしまうスキルか。さらに霧を吸っている奴は様々な弱体効果があると。


「この霧は色々と性質を変えることができましてね。例えば毒だったり、方向感覚を狂わせたりできるのです。眠らせることも可能ですよ。時間を無駄にするのが嫌なら、戦争に力を貸すなり、魔王に謁見させてくれるなりしてもらえませんか?」


「口だけの約束をして反故にする可能性はあるぞ?」


「貴方はそんなことをしない。約束は守る主義ですよね?」


 いや、そうでもないけど、言った言葉には責任を持とうとはしている。だが、今回は約束する必要もないな。


「もういい、時間がないのはお前も一緒だろう? そろそろ魔力が尽きるはずだ。そうなれば終わりだ」


「その前に貴方を眠らせて私たちの勝利としましょう。ではお休みください」


 霧を睡眠効果のある物に変えているのかな。よし、ならこっちは奥の手だ。


 亜空間からそれを取り出して被る。


「フェルさん? それは何ですか?」


「周囲の空気を遮断して新鮮な空気を作り出す魔道具だ。時間の無駄だが負けるわけにもいかん。お前の魔力が切れるまでこのまま待とう」


 勝ったな。

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