病気
アンリにみんなと食事をすると美味しくなると聞いた。そしてこのテーブルには宿にいる奴がすべて揃ってる。
だが、どう考えても食事が美味しくなりそうにない。むしろ不味くなりそう。
「お前ら別のテーブルで食べろ。なんでさも当然のようにこのテーブルに相席してるんだ。どのテーブルも空いているだろうが」
「ここは儂の宿じゃぞ。どこで食おうと儂の勝手じゃ」
いや、客じゃなくて主人なんだから部屋で食え。
「うちの傭兵団は出来るだけ多くの者と食事をするという習わしがありまして」
「え? そんなのない――むぐ」
「あ・る・だ・ろ? あとでイチゴを買ってやるから空気読め」
「そういえばあった」
馬鹿にしてんのか? 何も隠しきれていないだろうが。
「食後でいいので、聖女様の事を教えてください。何でもしますから!」
コイツは一体何なんだ? 食事を大盛にしてくれたから、ありがたいと言えばありがたいけど。
「フェルさん、お互いの事を良く知るためにも一緒に食事をしませんか。偶然にも同じ宿に泊まっているのですから」
いや、偶然じゃないだろ。お前が付いてきて勝手に泊まったんじゃないか。そもそも話をしたのが間違いだったな。
落ち着いて食事がしたい。それにこの料理が美味かったら笑顔になってしまうからな。それがバレるのは避けたい。
「部屋で食べる」
「なんじゃ、皆でお主の部屋に行けばいいのか?」
「わかった。ここで食べよう」
なんて奴だ。ディーン達とメノウの目的は何となく分かるが、このドワーフは何が目的で一緒に食事をするのだろう。
仕方がない。まずは笑顔対策をするか。
「なんでアンタはそんなマスクを着けたんだ?」
「魔族の風習だ」
嘘だが。
「食事中にか? しかもゾンビのマスクって。訳分かんねぇな、魔族は」
「お前だって食事中でも上半身裸だろうが。訳分からんぞ」
まあいい。大男の方は見ないようにしよう。
「じゃあ、いただきます。ちなみにこれは何という料理なんだ? シチューに似ているが色は茶色だし、この白い山は米という物だな?」
「そうですね。シチューみたいなものはカレーと言います。たくさんの香辛料を使ったものでちょっと辛いです。付け合わせには、プチトマトとブロッコリー、あと、福神漬けです」
トマト以外は初めて食べるものだ。米は一度ニアに見せてもらったが、仕入れが難しいとかで食べさせてはくれなかったし。
カレーは見た目が良くないが何となく食欲がわく匂いだな。ただ、辛いのか。ちょっとだけ苦手だ。
プチトマトはトマトの小さい奴だな。根性が足りないから大きくなれないとかアンリが言ってた気がする。いや、あれはピーマンのことか?
ブロッコリーは緑色の野菜で木の形に似ている。これはミトルたちの前で食べたら怒るだろうか。あとで聞いてみよう。
福神漬けってなんだろう。福の神を漬けたのか? でも、そんな神いたっけ? 幻の八柱目?
個別では分からなかったが、カレー全体を見て、ピンときた。
米は大地、カレーは海、プチトマトは太陽、そしてブロッコリーは木。そして福神漬けは神。
「なるほどな。これは人界を表しているんだな?」
「そんな壮大なテーマはありません。ただのカレーです」
違ったようだ。まあいい、食べてみよう。すでにほかの奴らは食べているみたいだし。
カレーをスプーンですくい、マスクをちょっと上にずらして口に入れる。
熱い。そして辛い。慌てて水を飲む。口の中が火傷するかと思った。
よくコイツら普通に食えるな。
いや、待て。コイツらは米とカレーを一緒に食べている。まさか一緒に食べるものなのか? よし、まずは米だけ食べてみよう。
そういう事か。米はほのかに甘い感じがする。一緒に食べて口の中を中和するのだろう。鉄板焼きの時と同じだ。私には情報が足りない。今度、本屋で料理の本とか買おう。正しい食べ方が載っているはずだ。
今度はカレーと米を一緒に食べる。
美味い。カレーだけの時とは違って口の中で辛さが暴れない。丁度いい辛さだ。
むむ? 引き続き食べようと思ったが、危ない所だった。私の魔眼はごまかせない。
米とカレーの比率が一対一ではない。米一に対してカレーが二といったところか? 同じ比率で食べていってはカレーが余るということだ。そうなれば最後に地獄が待っている。これは罠だ。
米の山を崩してスプーンに乗せる。そしてカレーを米の倍になるようスプーンに盛る。完璧な比率だ。
ちょっと辛さが増すけど美味いな。よし、これを皿が無くなるまで続ければいいのだ。見切った。
「米が無くなっちまったよ」
大男は配分を間違えたようだ。辛さにのたうち回るがいい。
「米だけおかわりくれ」
「あ、はい。よそってきますね」
カレーという海に、新たな大地が作られた。天地創造ということだな。しかし、そういう手があったのか。やはり情報がない私は不利だ。そんな手があるなら私もおかわりしたかった。ここから比率を変えるのもなんだし、次の機会にするか。
しかし、口の中が辛くなってきたな。ここは付け合わせで口の中を落ち着かせよう。そうだ、水も飲もう。
「フェルさん、そのコップは魔道具ですか?」
ディーンが私のコップを見ながらそんなことを言ってきた。
「やらんぞ。これは私のお気に入りだ」
「水が湧くコップなんて面白いですね。どこで手に入れたのですか?」
「これはヴァイアに作ってもらった。ヴァイアというのは、お前たちがエルフに謝罪していた時に、私の後ろにいた奴だ」
「ああ、あの時の。魔道具が作れるのですか。それはすごいですね」
ヴァイアのすごい所はそれだけじゃないけどな。特に術式に関してなら天才だと思う。ノストが絡むと途端にポンコツになるが。
そういえば術式を書き換えたりもしていたな。解読の速さも頭がおかしい感じだったけど。
あれ、待てよ? ヴァイアに頼めば戦略魔道具を無効化できるのか?
「戦略魔道具の件はどうなった?」
「ええと、ここで話すのですか?」
ディーンはドワーフとメノウの方を見た。二人ともポカンとしている。
二人にバレたところで問題はないと思うが後にするか。今は食事中だしな。
「いや、後でいい」
さあ、残りのカレーを食べよう。残りはあとわずかだが、ここで比率を間違うと大変なことになるからな。
美味かった。初めて食べたけどこれは美味いな。今度ニアに作って貰おう。でも、米を何とかしないと駄目か。今度見かけたら買っておこう。
それにしても、まだちょっと口の中が辛い感じだ。デザートにリンゴを食べよう。
辛さの後だからいつもより甘く感じる。リンゴはいつも美味いが、カレーの後ならさらに美味い。
「なんでリンゴを食べてるの?」
「デザートだ」
「私にも頂戴」
「断る」
なんで私がリンゴをやらねばならんのだ。これは私のだ。
「あの、フェルさん、リンゴを買わせてもらえないですか? 小金貨一枚でどうでしょう?」
ものすごい値段がついたな。だが、駄目だ。硬貨は食えない。リンゴより価値はない。
だが、メノウとドワーフの目が怖い。あれは獲物を狙う目だ。
「わかった。硬貨はいらん。これを何等分かに分けて来てくれ」
亜空間から四つほどリンゴを取り出しメノウに渡した。
「リ、リンゴって高級食材ですよ? 盗品ですか?」
「違う。エルフ達が欲しい物と交換したんだ。いいから早く切って来てくれ」
メノウはリンゴを抱えて厨房の方へ向かった。
「ご馳走になってしまって、なんだか悪いのう!」
「本当にな。ところでおっさんは私に何か用なのか? わざわざ同じテーブルで食事をしやがって」
「おう、お主と話していると、宿に関して面白い情報が出てくるんでな。なにか新しいアイディアが出てこないかと近くにいるだけじゃ」
迷惑極まりない。だいたい、面白い情報なんて出したか?
「今までよく宿が持ったな?」
「儂の娘がいた頃は問題なかったんじゃが、『冒険者になる!』と言って家を出て行ってしまったんじゃよ。そろそろ貯金も尽きそうだったんじゃが、今日だけでかなりの売り上げがあったからな。ありがたや」
「拝むな。私は何もしていないだろうが」
ディアも私にご利益があるとか言って拝んできたからな。そんなスキルとかは持ってない。
「で、お前たちは何だ? 一緒に飯を食う仲でもないだろうが?」
「少しずつ仲を深めたいと思いまして」
「私の中でお前らに対する友好度がどんどん下がっているんだが、それを見せられないのが残念だ」
そんな会話をしていたら、メノウが厨房から切ったリンゴを持ってやってきた。
「お、お待たせしました」
テーブルに皿を置く。綺麗に等分されているな。カレーの時も思ったが、結構料理スキルが高いと見た。
「で、お前は私に何の用だ?」
「そう! それです! 聖女様とお知り合いなんですか!?」
不本意ながら知り合いだ。だが、それが何なのだろう?
「知ってはいる」
「聖女様がご病気だと聞きましたが、どんなご容態ですか!? いつ頃治るか知っていますか!?」
リエルは脱走しているが、女神教はそれを隠しているんだったか? じゃあ、どれだけ経っても治らないな。
「不治の病でもう手遅れだ」
「そ、そんな……!」
メノウはなんでこんなに絶望した顔になっているんだろう? 面倒だけど聞いておくか。毒を食わらば皿までだ。
「女神教の信者なのか? リエルに何か用か?」
「いえ、信者ではありません。実は私の弟が治療困難な病気になりまして、治すには聖女様クラスの治癒魔法が必要と言われたのです」
「聞いたことがありますね。女神教に多額の寄付をすると、聖女が治癒魔法を行ってくれるとか」
「はい、聖女様はもう何人もの患者を治している方なんですが、一ヶ月ほど前にご病気になられたとかで、今は受け付けてくれないのです。一説には病気や怪我を聖女様が代わりに受けていて、心身ともにボロボロだとか……」
なんという都合のいい嘘。多分、アイツは今日も元気に教会で寝てるぞ。
「私の弟も限界に近いので、多額の寄付をすることでなんとかお願いしたかったのです。ですが、会う事すらできず、途方にくれていました」
「多額の寄付ですか。しかし、聖女に依頼するような寄付なら大金貨よりも上の硬貨が必要になるのでは?」
「一応、私はアイドル冒険者をやっていまして、お金は何とか用意できたのです。でも、ご病気ということで会えませんでした。所属しているギルドからは、寄付が足りないのかもしれない、と言われましたので、仕事を増やしたり、ファンを増やしたりとお金稼ぎをしています。……ギルドでの一件もファンを増やすための演出でした。申し訳ありません……」
土下座じゃないが丁寧に頭を下げられた。
「別に怒ってないから気にしなくていい」
メノウは目に涙を溜めた。そしてもう一度頭を下げた。
「フェルさんは聖女様とお知り合いなんですよね? その伝手で何とか聖女様に治癒魔法を使ってもらうことは出来ないでしょうか? 無理を言っているのは分かっているのですが、ワラにもすがりたいのです……」
なるほど。まあ、リエルを紹介するぐらいなら問題ないか。口止めすれば脱走の件は黙っていてくれるだろう。でも、どんな病気なんだろう? 本当にリエルの治癒魔法じゃないと治らないのかな?
「その弟やらの症状はどんな感じなんだ?」
「はい、緑色の血を吐いたり、皮膚がただれたり、首が百八十度回ったりするんです……。もう、見ていられません……」
「風邪か」
メノウに「風邪なわけないじゃないですか!」と怒られた。他の奴らからも視線が痛かった。解せぬ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます