魔物暴走
ダンジョンから出て広場に戻ってきた。なにか忘れている気がするけどまあいいや。忘れるってことはたいしたことじゃない。
広場を見ると、どうやらステージの解体作業はほとんど終わったようだ。意外と早いな。一日は掛かると思ってた。そうか、ヴァイアの空間魔法が使える魔道具か。持ち運びが楽なんだな。
「フェルちゃん! ちょっとギルドまで来て!」
ディアが慌てたようにやって来て、ギルドの方に移動させようと袖を引っ張る。伸びるからやめろ。
「何かあったのか?」
「うん、とにかく来て」
ここで話すような事じゃないのか。仕方ない、行ってやろう。
ギルドの建物に入りカウンターの椅子に座る。中を見渡すといくつかのマネキンに服が掛けられていた。ここ、冒険者ギルドだよな?
ディアがカウンターの内側に入ってから一枚の紙を取り出した。それをカウンターに置く。
「聞いて驚いて! なんと仕事があるよ!」
「寝言は寝て言え」
「本当に仕事があるの! これが依頼票!」
カウンターに置かれた紙を見る。確かに「依頼票」と書かれているな。
「えーと、なになに? ドワーフの村にある大坑道にて魔物暴走が発生。近隣の冒険者に討伐を求む。……へー」
なんてタイムリー。魔王様が言っていた、大坑道の事が冒険者に公開されるって、これの事だろうか? となると魔王様の仕業である可能性が高いな。
「魔物暴走って魔物が大量に発生するアレだよ! そういえば、魔族は魔物暴走を意図的に起こせたとか……はっ!」
なんで私をみて驚いた顔をするのだろうか?
「私じゃないぞ。二、三日前からずっとこの村にいるだろうが」
「もちろん冗談だよ。ただ、そういうことができるなら自作自演で報奨金ががっぽがっぽと思って……できる? 参考! あくまでも参考までにちょっと教えて? 言わない! 誰にも言わないから!」
誰にも言わないなんてことを信じる奴はいない。というか、そういう面でディアに全く信用がないことに気づいてもらいたい。だが、隠すことでもないから教えてやるか。
「似たようなことは出来るが、魔物を暴走させることはできない」
私の持っているスキルはそういう物じゃない。暴走なんかさせるのは三流だ。
「なんだ。残念」
「お前は身体検査を受けろ。とくに頭をよく見てもらえ」
「年に一度の健康診断はいつもバッチリだよ!」
チェックが甘いんだ。
「まあ、それはどうでもいい。よく考えたら手遅れだ。で、この依頼というのはここだけじゃなくて周辺のギルド支部に展開されている依頼なのか?」
「手遅れってどういうことかな? まあ、そうだね。多分、大陸の東側だけに出されている依頼票だね。魔物暴走の時は発生した場所に一番近いギルドから、周囲のギルド支部に展開されるんだよ。ドワーフの村にもギルド支部があるから、そこから展開されたんだろうね。というわけで、フェルちゃん、この依頼受けよう!」
「嫌だ」
「もっとよく考えて! フェルちゃんなら、ちょちょいのちょいでしょ! フェルちゃんにとっては簡単なお仕事で依頼料が貰えるんだよ!」
ディアが欲しいのはギルドへの手数料だ。私には分かる。
しかし、どう考えてもこれは魔王様の案件だ。大坑道には行く必要があるだろう。念のために魔王様に確認してから、受けるかどうか決めよう。もし、関係なかったら依頼を受けても意味がないからな。
「フェルちゃん……今、こうしている間にもドワーフさんたちは苦しい思いをしているんだよ? 冒険者として助けてあげるべきじゃないかな? ……痛い! いたたた! ちょ、フェルちゃん、こめかみを押されると痛いから! 指を曲げた部分で押さないで!」
首を傾げながら覗き込むようなディアにイラッとした。でも、ちょっと気が晴れた。
「ちょっと確認したいことがあるからこのまま待ってろ。すぐ戻る」
ギルドを出て宿に向かおう。まずは魔王様に確認だ。
部屋に入って魔王様の部屋をノックする。
すぐさま念話用の魔道具に念話が届いた。
『やあ、フェル。何か用かな?』
「お忙しいところ申し訳ありません。魔王様にお聞きしたいことがありまして」
『うん、なんだい?』
「大坑道で魔物暴走が発生したと聞きました。これは魔王様が手を出されている案件でしょうか?」
『そうだね』
軽い。いや、まあ、魔王様のすることだから特に問題はないけど。
『ドワーフたちには申し訳ないんだけど、しばらくは坑道を封鎖してもらう形だね。フェルは冒険者として依頼を受けてからドワーフの村まで来てもらえるかな。もう少し準備に時間が掛かるけど、早めに来てもらえると助かるからね』
「冒険者ギルドの依頼を受ける必要があるのでしょうか?」
『うん。坑道を封鎖する形だからね。冒険者以外は入れないんだよ』
魔王様は冒険者ギルドに所属していないが、大丈夫なのだろうか? もしかして、私だけで……?
「あの、魔王様。今回、私だけで対応したりするのでしょうか?」
『いやいや、坑道を入ってすぐの場所なら、フェルの位置座標に転移出来るからね。そこからは一緒に行くよ。今、大坑道は防衛システムが稼働していてね、入り口付近はともかく、坑道の奥には直接転移をすることができないんだよ』
ちょっと安心した。魔王様はたまに無茶ぶりをするからな。
「では、今日は村に魔族を迎え入れる必要がありますので、明日、ドワーフの村に向かいます」
『魔族の誰かが村に来るのかい?』
そっちに食いつかれた。確かに魔王様も気になるか。
「はい。実は村の住人が病気になりまして、慌てて魔界の宝物庫から治癒用のアイテムを持ってくるように依頼したのです」
『重い病気なのかい?』
「風邪と聞いたのですが、どうやら魔界と人界では症状が違うようで、人界では寝てれば治るようですね。急いでアイテムを持ってくる必要はなくなったのですが、指示を変更する必要もないのでそのままにしています」
『ああ、なるほどね』
「二、三日滞在させた後に、食糧を持たせて魔界に返すつもりですが、問題ないでしょうか」
『その辺りの事はフェルを信頼して任せているからね。好きにやってくれて構わないよ』
さりげなく信頼しているとのお言葉。忠誠度ってなんで上限があるのだろう?
「はい、ではこのまま進めたいと思います」
『うん、じゃあ、フェルがドワーフの村に着いたら気付くと思うから、村に着いたら宿を取って少し待ってもらえるかい』
「承りました」
『じゃあ、よろしく』
魔王様がそういうと、念話が切れた。
急に忙しくなった。とりあえず、依頼を受けて、明日、ドワーフの村に向かうか。どのあたりにあるか分からないが、リーンの町で聞けばいいかな。カブトムシも手配しておこう。
よし、さっそくギルドに戻って依頼を受けよう。ディアに儲けが出るのが微妙に嫌だが。
ギルドの建物に入ると、ディアが裁縫をしていた。ここは冒険者ギルドだ。間違っていないはずだ。
「あ、フェルちゃん、お帰り。やる気になってくれた?」
「ああ、依頼を受ける。明日にでも向かうつもりだ」
「え! そんなに早く行くの? 魔物暴走って結構長い期間続くよ? 結婚式も終わったばかりだし、もう少しゆっくりしたら?」
「さっき、ドワーフたちが苦しんでいるとか言ってただろうが」
「ああ、あれは嘘。坑道のなかは魔物がいっぱいだけど、入り口は結界を張っているから出てこれないんだって。鉱石を掘れないのは痛手だけど、生活が苦しいってほどじゃないみたい――痛い! 私の耳は取れないから! 引っ張らないで! 伸びちゃう!」
「耳が伸びると金運が上がるらしいぞ? 手伝ってやる」
「ちょ、やめ――」
ディアの耳が赤くなっただけで伸びなかった。残念だったな。
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