魔石

 

 昼食を食べるために宿に戻ってきた。


「フェルちゃんは酷いよね。異端審問官だった頃だって、あんなことをされたことはないよ」


 そして、ディアがうるさい。


「嘘をつくのが悪い。しかも悪質だ。あの程度で済んで良かったと思うがいい。耳が無くなる可能性だってあったぞ」


「怖い事言わないで。まあ、リエルちゃんなら治せると思うけど」


「なら、本気でやればよかった」


「体は治っても心は治らないんだよ!」


 トラウマってやつか。まあ、冗談だからそこまでする気は全くないが、ディアも懲りないんだよな。お金のために変なことをしようとしないで、普通に服を作って売ればいいのに。


「ディア、仕立ての腕はいいんだから、普通に服を売ってお金を稼いだらどうだ?」


「先立つものがないんだよ。布だってなんだってお金が掛かるんだから。ギルドマスターで美人受付嬢でも給金は最低ランクだしね。かといって、異端審問官に戻りたくはないし。だれかパトロンになってくれないかなー」


 チラチラとこちらを見ているのは私に金を出せと言っているのだろうか?


 残念ながら持っている金は生活費だし、魔界に食糧を送るための物だ。くれてやるわけにはいかん。ここは誰かを生贄を捧げよう。


「リエルはどうだ? 今は硬貨を持っていないが、かなり預金しているみたいだぞ?」


「はー、リエルちゃんには言わなかったけど、もうお金は受け取れないんじゃないかな? 多分、預金は凍結されているし、戻ったらカードを使えないように対策されて終わりだよ。総合的にみて私よりお金を持ってないね」


「らしいぞ、リエル」


 ディアの後ろに立っていたリエルに声をかけた。


「うわ、リエルちゃん、いたの!?」


 リエルは大きくため息をついてから席に座った。そしてテーブルに置いてあるリンゴジュースを一気に飲む。私のだぞ。


「何となくそんな気がしてたけどよぉ。俺が稼いだ金なのに女神教に取られちまうのかぁ。最低だな、女神教は」


「お前は私のリンゴジュースを飲んだんだぞ。最低なのはお前だろうが」


 仕方がないので、給仕をしているシルキーにもう一杯頼む。……今気づいたが、何で猫耳を付けているのだろうか?


「仕方ねぇ。爺さんも今は女神教からの給金を受けてないみたいでな。そっちにも頼れねぇから働くしかねぇな」


 おお、リエルがまともなことを言っている。どうした? 人界の風邪か?


「そんなリエルちゃんに朗報です。いま冒険者ギルドに加盟すると、もれなく専属冒険者になって特典がいっぱいだよ!」


 専属冒険者ってそんなに特典はないよな? 無料でお茶が飲めたっけ?


 リエルはディアの方を見てから、思いっきりため息をついた。


「おめぇんとこのギルドは仕事がねぇだろ。ウェイトレスをやってもいいが、ギルドを通す必要がねぇ」


 いきなりシルキーが「私の仕事が無くなるのでやめてください」とリエルに言ってきた。


 どうやらシルキーはタダの手伝いではなく、普通に働いているらしい。仕事を取られるかもしれないと抗議したようだ。


 あれ? 私はリストラされたんだけど? 経営が持ち直したのかな?


「さすがに魔物枠のシルキーちゃんをギルド登録することはできなかったよ……」


 魔族を冒険者にしたくせに魔物は駄目なのか。不思議だな。


「だれか致命傷とか負わねぇかな? 治す代わりに治療費を請求するのになぁ……なんでディアは耳を塞いでんだ?」


「取らないから安心しろ。……聞こえないのか。と・ら・な・い」


 ディアは安心したように耳から手を放した。耳を取るなんて冗談なんだから本気にしないでほしい。


「そういえば、フェルって魔族だろ? だれか気にいらない貴族とかぶっとばさねぇ? そこに俺がふらっと現れて治療費を踏んだくるってのを考えたんだけど……ちょ、フェル、なんで耳を引っ張んだよ、いてぇだろうが! 俺の耳は伸びねぇんだよ!」


 この二人を相手するのは疲れる。




 ヤトの作ったスパゲティを食べてまったりした。うん、やっぱり問題ないな。いつか魔界の奴らに教えられるぐらい上手くなってもらいたい。


「これヤトちゃんが作ったんだ? すごいね、ヤトちゃんが来てからそんなに経ってないでしょ? 明らかに私が作るよりも美味しいよ! これは……売れるね!」


 ディアはそんなことを言って、おもむろに紙を取り出し大きく文字を書いた。


 紙には『ヤトちゃんの手作り料理始めました』と書かれている。しかもヤトのデフォルメ顔も一緒だ。ウィンクしてるのがちょっとイラッとする。


 そしてディアは外に出て行って、すぐに戻ってきた。


「何をしたんだ?」


「さっきの紙を入り口に張って来たんだ。これでお客さんがいっぱいくるよ! 昼は難しいけど、夜は混むんじゃないかな? 夜はヴァイアちゃんと一緒に来ようっと」


「そういや、ヴァイアはどうしたんだよ?」


「ヴァイアちゃんはね、ノストさんとランチだよ。ヴァイアちゃんが言うには、『今日は私が料理を作りますから、一緒にどうですか?』って誘われたらしいよ。普通に言ってくれれば問題なかったけど、ニヤニヤして言われたから殺意が沸いたよ」


 なんとなくわかる。それにしてもノストのモノマネが上手いな。


「女の友情なんてそんなもんだよなぁ。急に付き合いが悪くなるんだよ。そして男の影響を受けだす。服装とか変わりだしたら、付き合う寸前だな。俺にも経験があるぜ」


 なにを遠い目をして言っているのだろうか。だいたい、リエルは影響を受けてソレなのか?


 そんな話をしていたら、エルフ達が疲れ切った顔で宿に入ってきた。そうか、忘れていたのはこれだ。


「ミトル、大丈夫か? なにか疲れているようだが?」


「フェル! あんな危ない事させんな! もう、駄目かとおもったじゃねーか!」


 何があったのだろうか? アビスの話では危険はないはずだったのだが。


「ゴブリンやコボルトに襲われるし、最後の部屋ではオーガが出てくるし、何だよあれ!」


「そうか、お前たちの能力に合わせた魔物を作り出すとか言ってたけど、危なかったのか?」


「ギリギリ勝てたけどよー。あーいうものなら先に言ってくれよ。装備とか色々準備して臨めば、もっと楽しめたのに」


 なるほど。最初から分かっていればそれなりに面白いのか。


「わかった。アビスに言っておく。お前たちの尊い犠牲でもっと楽しめるようになると思うぞ」


「犠牲なのかよ。まあ、いーか。ところでこれなんだけどよ」


 ミトルは服のポケットから黒い石を取り出してテーブルに置いた。確か魔力の結晶だったか?


「これ魔石だろ? 魔物を倒したら出てきたんだけど?」


「魔石ってなんだ? それは魔力の結晶だとしか聞いていないが?」


「魔力の結晶で違いないが、人界では魔石っていうんだよ。純粋な魔力の塊だから結構な値段で取引されてるんだ。貰っちまっていいのか?」


 アンリにもあげていたし、戦利品だから問題ないだろう。


「戦利品として受け取ってくれ。正当な報酬だ。ちなみにどれくらいで売れるんだ?」


「そうだなー、相場によって変わるけど、この大きさなら大銀貨一枚ぐらいかな? 大きければ大きいほど価値は跳ね上がるぜ。大金貨よりも上の硬貨で取引されたって話もあるしな」


「それは凄いな。……二人とも、一応聞くが、どこに行くんだ?」


 ディアとリエルが席を立ってどこかに行くようなので聞いてみた。まあ、聞かなくても分かるけど。


「止めないでフェルちゃん。ダンジョンには夢と希望が詰まってるんだよ?」


「いいかフェル。昔の奴は言った。なぜダンジョンに行くのか? そこにダンジョンがあるからだ! ってな!」


「そうか。まあ、気を付けてくれ」


 放っておこう。止めても私にメリットはない。アビスも魔力を吸収できるからうれしいだろう。


「いーのか? 魔物は結構強かったぞ?」


「アイツ等は一度、いや、何度か痛い目にあった方がいい」


 さて、午後はドワーフの村に行くための準備をしないとな。

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