大坑道

 

 ドワーフのおっさんが正座をしている。アビスにも正座をさせたい。


「おっさんは自分の趣味を優先するな。こっちは依頼者なんだから、依頼通りにしてくれ」


「すまんかった。儂の魔力に問題があることが分かったので早速武具を作りたいと思ったんじゃ。それにアビスが唆すから……」


『自分はグラヴェ様がより効率的に鍛冶を行えるようにアドバイスをしただけです。唆したなど心外です。そもそもグラヴェ様の武具に対する熱意が高すぎるのです』


 なすり合いが始まった。私からしたらどっちもアウトなんだが。


「二人の気持ちは何となくわかるが、依頼者のお願いを優先しろ。今度変な真似をしたら、ミスリルは回収するぞ?」


「なっ! そんな殺生な!」


「あと、アンリに、アビスは優先順位を守れない駄目な奴だ、と言う」


『……わずかな時間ですが無限ループしてしまいました。コアを吐いたら恥ずかしいじゃないですか。プログラムの自分に精神的なダメージを与えるような真似はしないでください』


 アビスが何を言っているか分からないが、ダメージを与えられたようだ。これだけ脅しておけばいいかな。あとはアンリと口裏を合わせてコイツ等に剣はあとでいいと言わせよう。私の言うことは聞かないけど、アンリの言葉なら少なくともアビスは聞くだろう。……ちょっと情けないが。


「とりあえず、鍛冶の件はそれで進めてくれ。それで、だ。そもそもおっさんに大坑道の事を聞きたかった。教えてくれ」


 おっさんは正座をやめて椅子に座った。ドワーフ用の小さい椅子だ。私はギリギリ座れるかな。


 よく見ると工房の中にベッドとかテーブルとかそれなりに生活できる家具が揃っている。ここに住むのかな。


「そういえば、大坑道の事を聞きたいとか言っておったの。知ってる範囲でなら教えられるが何を聞きたいんじゃ?」


「そもそも大坑道ってなんだ?」


「なんじゃい。名前しか知らんのか。そうじゃな、ドワーフの村にある鉱山に作られた坑道を大坑道と言っているんじゃ。かなり広くてな、数年前に知り合いのドワーフから聞いた話では、いまだに地図が完成していないと言っておったぞ」


 ドワーフの村か。リーンの町からさらに東にあるとか言っていたかな。


 そこにある鉱山。もしかしてオリハルコンとかアダマンタイトとか取れるのかな。でも、それだけじゃないよな? 魔王様が私を呼ぶほどなのだから他にも何かあるはずだ。


「それだけじゃないだろ? 何かあるんじゃないか?」


「んん? いや、何もないぞ。奥に行けば行くほど硬度高い金属が取れるとは聞くが、それ以外はなにもないぞ? 儂が知らん、という可能性はあるがの」


 なんだ。その程度なら聞くまでもなかったな。


 いや、待てよ? もしかしたらアビスならなにか知っているのか?


「アビス、大坑道の事について何か知っているか?」


『それを教えたらアンリ様の剣を先に作ってもいいですか?』


 まだ蒸し返すか。あと、おっさん。テーブルに体を乗り出すな。


「ダンジョンは危ないからアンリを来させるな、と村長に言うぞ?」


『大坑道でしたね。早速調べます。ライブラリに確認中……』


 効果は絶大だ。アビスの使い方が分かった。アンリに言うと脅せばいいのだ。ちょっと卑怯だが、これは策略だ。


『大坑道について確認が終わりました』


 仕事が早いな。これからもアンリの名前を出してこき使おう。


「大坑道には何がある?」


『大坑道とはドワーフ達の呼称であり、正確には塔と呼ばれる施設の通路です。最下層に疑似永久機関があります』


「おお、そういえば、ドワーフの古い文献にそんな名前が載っていた気がするのう! 地下にあるのになんで塔と呼ばれているのか不思議じゃったわい」


 そういう情報が欲しかったんだけど。でも、無理か。私にとって重要な情報かどうかは、おっさんには分からないよな。


 まあいい。ありがたいことにアビスが色々知ってそうだ。魔王様のお役に立つためにも色々確認しておこう。


「えーと、最下層に疑似永久機関があるとのことだが、ダンジョンコアの事だよな? ということはアビスのような奴がいるのか?」


『いえ、いません。思考プログラムは構築されていないので延々と作業を行っているだけです』


「作業ってなんだ?」


『維持管理です』


「もう少し詳しく教えてくれ。何の維持管理だ?」


『この惑星の維持管理を行っています』


 ワクセイ? どっかで聞いたな? どこでだ? そもそもワクセイってなんだ?


「ワクセイってなんじゃ?」


 私が聞こうと思ったが、おっさんが聞いてしまった。色々と難しい言葉があるのだが、おっさんも理解しているのだろうか?


『この星のことを指します』


「この星ってなんだ? 星って夜に輝いているあれじゃないのか」


『一度、現在の知識水準を確認します。しばらくお待ちください』


 なんだかアビスが考え込んでしまった。もっとわかりやすく教えてくれるのかな。


 暇そうにしていたらおっさんがお茶を持ってきてくれた。


「おっさんはここに住むのか?」


「そうじゃのう。ベッドもあるし、風呂もトイレもある。至れり尽くせりだから、ここに住む予定じゃ」


「そうか、まあ、好きにしてくれ。だが、いる限りずっと魔力を吸われるぞ。魔界にあるダンジョンと同じだから問題はないがな」


「儂は魔力がない方がいいらしいからな。ありがたいことじゃないか」


 どうだろう? 一定以上は吸わないから、おっさんの希望通りにはならんと思う。


 そうだ、魔力を抑える装備を見たことがある。


「魔力を抑える腕輪みたいのを装備したことがある。私には微々たるものだったが、おっさんがつければ魔力をしっかり押さえられるんじゃないのか?」


「そういえば、そんなものがあったの。この工房を使う分には問題ないと思うが、一応用意してみようかのう」


『知識水準の情報を更新しました』


 どうやらアビスの準備が整ったようだ。


『惑星、星というのはこの場合、人界の事を指します。つまり、人界の維持管理をしているダンジョンコアが大坑道の奥にあります』


 人界の維持管理? よくわからんがそういうのが必要なのだろうか? ほっといても問題ないというか、なにか手を出せることがあるのか?


「えーと? 維持管理ってどんなことをしているんだ?」


『生命体が生存可能な状態になるように維持しています』


「その説明だと、維持しなくなったら人界には生命体が生存できないという意味じゃないか?」


『はい、その通りです』


 なんだと?


『この人界に人族や獣人、エルフやドワーフなどが住めるのは、そのダンジョンコアが人界を維持しているからです』


「嘘じゃなくて?」


『嘘を言う必要がありません』


 これはどう捉えたらいいのだろうか。確かにアビスが嘘をつく必要は無い。言えない事なら権限がないとかで言わないだけでいいはずだ。でも、それが本当だったとしても荒唐無稽すぎる。


 いや、でも、魔王様が向かうならその可能性はあるのか?


 よし、魔王様に聞こう。どうせそのうちに向かうことになるからな。その時に聞けばいいんだ。私が余計なことをすると色々こじれる。これ以上は変な知識を付ける必要は無い。


「なんとなくだが分かった。これからそこに行く可能性があるからちょっと知りたかっただけだしな。もう十分だ。ありがとう」


『……そうですか。行く予定があるのですか』


 なんだろう? 含みがあるというか、言いたいことがある、という感じだ。


「なにかあるのか?」


『現在、塔とダンジョンコアの防衛システムが稼働中です。エネミーが大量発生している可能性があります』


 魔王様の仕業じゃないと思いたい。

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