結婚式の終わり

 

 これはあれだ。私が魔王様の手を取れば、周囲から「ドッキリ大成功」と書かれた看板が飛び出してくるあれ。


 周囲には誰も見当たらない。探索魔法を使ってもそれらしき生体反応は無かった。だが、油断はできない。


 どうするべきだろうか。魔王様の手を取らなければ事態は展開しないのだろう。ならば、あえて罠にはまってみるのも一興か。罠ごと食い破ればいいのだ。周囲から誰か飛び出して来たら、速攻でぶちのめす。そして何食わぬ顔で魔王様に踊ってもらうのだ。ドッキリだという演出が無ければ魔王様も踊り続けるしかあるまい。それぐらいの役得があってもいいはずだ。いや、あるべき。


 周囲を警戒しつつ、魔王様の手に自分の手を乗せる。


「よろこんで」


 さあ、来い。飛び出したところを返り討ちだ。瞬殺する。……来ないな。このまま踊りが始まってしまうのだが。


 なるほど、そういうことか。魔王様が私を踊りながら動けないようにして、その後にドッキリをするわけだな。敵も考えている。だが、私は転移が出来る。例え踊っていても魔王様から抜け出せるぞ。浅はかな考えを後悔するがいい。


「フェルは踊れるのかな?」


 魔王様に問いかけられた。踊れるわけがない。だが、基本だけは知っている。


「足を踏んではいけない、という事は知っています」


「踊れないのは分かったよ。じゃあ、こちらに技術がないと駄目かな。ちょっと待って、スキルをインストールするから」


 魔王様が何か変なことをおっしゃった気がするが、それどころではない。周囲を警戒しないと。


 いきなり魔王様の手が私の背中に添えられた。そして抱き寄せられる。


 近い。魔王様が近い。やばい、どうする? 転移して逃げるか? いや、駄目だ。魔王様に近すぎて視界が遮られてる。転移できない。ここは能力の制限を解除して振りほどくか? いや、まず落ち着こう。例えドッキリでも魔王様に不敬は許されない。


「もう少し力を抜いて。それじゃ行くよ」


 お? おお? 勝手に体が動いている。もしかして踊っているのだろうか? 客観的に自分を見れないからよくわからない。だが、魔王様と踊っている感じはする。もう、ドッキリでもいい。墓までこの記憶を持っていけるように記憶に焼き付けよう。


 魔王様は踊りも上手いのか。私は何もせずに魔王様に体を預けているだけだ。それなのに足を踏んだりしない。魔王様が微妙な力加減で私をコントロールしているのだろう。合気道という技術だろうか。


 いつドッキリであってもいいように周囲を警戒していたが、音楽が終わってしまった。ダンスも終了ということだ。


 魔王様の手が背中から離れると少し距離を取ってお辞儀をされた。慌てて私もお辞儀をする。


 他の人たちもダンスが終わったのだろう。今日、何度目かになる拍手が沸き起こった。


 それはいいのだが、いつまでたってもドッキリの看板が出ない。


「魔王様、いつ頃、ドッキリと分かるのですか?」


「ドッキリってなんだい?」


 もしかして、これは罠ではなかった? 真面目に魔王様が私をダンスに誘ってくれたのだろうか? ……なんという事を。途中、ドッキリでもいいと思ってダンスをしていたが、周囲を警戒していたから純粋には楽しめなかった。不覚すぎる。


 そんな後悔をしていたら、視界の端に村長がステージの上にあがるのが見えた。


「では、披露宴も終わりにする。森の妖精亭で二次会があるから、時間がある者は参加するように。片付けは明日。片付けは全員参加じゃぞ」


 村長がそういうと、また歓声が上がった。これで結婚式自体は終わりなのかな。


「フェル、今日はありがとう」


「え? あ、いえ、無理にお呼びして申し訳なかったのですが」


 結婚式のことで寂しい思いをさせてしまったのは痛恨の極み。


「結婚式に新しい思い出ができたからね。楽しかったよ」


「そういう事でしたら良かったです。魔王様は二次会の方に出られますか?」


「いや、さすがにそこまでは無理かな。また、大坑道の方に行かないとね」


 それは残念。久々なのでもっと話をしたかったのだが。とくにダンスの事を詳しく聞いておきたかった。


「じゃあ、そろそろ行くよ。時期が来たら呼ぶことになると思うからその時はよろしく頼むよ」


「承りました。いつでもお呼びください」


 魔王様は頷くと、背景に溶けるようにいなくなってしまった。また、転移されたのだろう。私も視線の先以外に転移出来るならもっとついていけるのだが。ヴァイアに術式を考えてもらおうかな。


 さて、二次会か。どうやらそこでも料理は出るらしい。ここではコンプリートしたから、二次会もコンプリートしなくては。だが、ちょっと休もう。魔王様と踊ったと言う事実に頭と体がついてきていない。なにかふわふわする感じだ。


「フェルちゃん、どこ行ってたの? ダンスの時、どこにもいなかったよね?」


 ディアが近づいて来た。どこにもいなかった? まあ、あの踊りの輪には近づかずにここで魔王様と踊っていたからな。


「ヴァイアちゃんはノストさんと踊ってるし、リエルちゃんは司祭様が誰も近づけさせなかったから、私はだれとも踊れなかったよ……。フェルちゃんも踊ってないと思ったから、一緒に寂しさを分かち合おうと思ったんだけど」


「一緒にするな。聞いて驚け。私は魔王様と踊った」


 ドッキリだと思っていたがな。


「魔王様? この結婚式に魔王さんが来てたの? しかも一緒に踊った?」


「村の入り口のところだったが、ずっといらっしゃっただろうが」


「そうなんだ? 全然気づかなかったよ。フェルちゃんがこの辺りにいたのは知ってたけど、ステージの準備とか忙しかったからこっちには来れなかったしね」


「裏方をやっていたのか。それはご苦労様。それなりに盛り上がったから、裏方冥利に尽きるんじゃないのか?」


「そうだね。それに今回は魔物のみんなが盛り上げてくれてたよね! 一番良かったのはフェルちゃんの突っ込みだよ! ステージに転移してからの突っ込みにみんな笑ってたよ!」


 アイツ等が変な事ばかりするからだ。


「それはともかく、フェルちゃんも二次会出るでしょ? 行こうよ」


 ここで休んでいるよりもいつものテーブルで休んだ方がいいか。


「よし、行くか。まだ料理は出るんだろ? 第二ラウンドだ」


 魔王様の手前、ちょっと遠慮していたのだが、こっからは本気出す。




 今日は満員御礼だな。だが、いつものテーブルだけは空いていた。常連の力だ。


「ヴァイアやリエルは来ないのか?」


「着替えたりしてるんじゃないかな? 来るとは言ってたよ。でも、ヴァイアちゃんはノストさんと一緒に過ごしたりするのかな?」


「そういえば、ヴァイアをノストから誘っていたな? 昨日、私がやらかしたから、ヴァイアから誘わないと駄目かと思っていたんだが」


「そうなんだよね、ノストさんの中で何かあったのかな?」


 考えても仕方ないのだが、ノストに聞くのもなんだしな。


「フェル! ちょっと聞いていいか! あ、ディアちゃんだっけ? 猫耳、可愛かったよ!」


「えーと、ミトルさんだっけ? ありがとう。でも、猫耳だけなのかな?」


「ヴァイアちゃんと踊っていた奴、誰だよ!?」


「ミトルさん? 質問に答えて?」


 ディアが不憫だ。見た目はいいんだが、何が駄目なんだろう? まあそれはいい。今はミトルの質問に答えるか。三角関係に発展するならそれもまた良し。


「ヴァイアと踊っていたのはノストという隣町の兵士だ」


「ノスト? いい奴なのか? 女好きとか、借金があるとかじゃねーんだよな?」


 女好きはお前だ。


「ノストはいい奴だぞ。以前、ヴァイアを庇って大怪我したし、色々と紳士な奴だ」


 私は納得いかなかったが、下着姿を見て責任取ろうとしてたからな。


「おー! そうか! いや、ヴァイアちゃんが笑顔で踊っていたからピンときたんだよ? ヴァイアちゃんはノストって奴にホの字だな?」


 表現が古いな。だが、正解だ。


「勘が鋭いな。言いふらしたりするなよ? でもいいのか? ヴァイアを狙うライバルってことだぞ?」


「言いふらしたりしねーよ。それにライバル? 何言ってんだ、二人ともお似合いじゃねーか。俺の出る幕はねーよ」


「意外だ。邪魔するかと思ってた」


「駄目な奴ならヴァイアちゃんを任せるような事はしねーけどな!」


 相手が幸せなら、恋人が自分でなくてもいい、という考えなのか? エルフの事、いや、ミトルの事はよく分からんな。


 私も魔王様が幸せならつがいに誰を選ぼうとも構わないとは思ってる。だが、思ってはいても感情的な部分では今は無理。リエルに首飾りを渡してほしい、と言われただけでかなり動揺した。


 そう考えると、ミトルは大人なのだろうか。それともヴァイアの事をいい加減に考えていたか……。まあ、邪魔する気はなさそうだし、どうでもいいかな。もっとこう、三角関係でドロドロな感じになってほしかった気もするけど。


「そうか、ヴァイアを諦めるならそれでもいい。シスターは紹介してやるから、もうちょっと待ってろ」


「おー、それだよそれ。いつ紹介してくれるんだ?」


「ここに来ることになってるから、その時に紹介する」


「そうか! いやー、合コンってやってみたかったんだよ!」


「念話中にも聞いたが、そのゴウコンてなんだ?」


「俺も詳しくはしらねーけど、男女が複数人で親睦会をするんだろ? エルフを三人とか言われたから、そっちも複数紹介してくれるんじゃねーのか?」


「いや? 紹介するのはシスターのリエルだけだ。アイツ、エルフを三人は紹介しろってうるさいから」


 耳にスキュラができる、という奴だ。もしくはクラーケン。


「え? あの子が紹介しろって言ったのか?」


「ああ」


「言葉遣いはともかく、あの見た目が清純そうな子が?」


「そうだな」


「なんで?」


「男好きだから?」


 ミトルの顔が面白いことになってる。笑わすな。


「大丈夫だろ、ミトルも女好きだ。気が合うかもしれん」


「お、おお、そうだな? 気が合うかもしれないな?」


 なんで疑問形なんだ。まあいい。どうなろうと知ったことではない。私は約束を守ればいいのだ。


 ミトルはフラフラとテーブルを離れて行った。なにかショックを受けたのだろうか。


「ディア、リエルはいつ頃ここに……何で猫耳ヘアバンドを付けたんだ?」


「猫耳がないと私には価値がない気がして……」


「落ち着け、お前にもいいところはある。……すぐには思いつかないが」


 明日までの宿題にされた。

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