結婚式のダンス
村長とスライムちゃん達を見て、村の奴らは何かを察したのか静かになった。
村長の後ろにスライムちゃん達が並んでいたら、何事だ、と思うよな。
周囲が静まったところで、村長がサックスを吹く、でいいのかな? 表現はわからんが音楽を演奏し始めた。
おおう、ムーディ。ゆったりとしたテンポでなかなかいいな。だが、スライムちゃん達は何もしていない。タダの背景だがいいのだろうか。
そのまま一曲終わってしまった。周囲から拍手が沸き起こった。魔王様も私も拍手だ。曲名は知らないがいい曲だった。
だが、村長はまだステージを下りない。村長が後ろを向いて少し頷くと、スライムちゃん達も頷いた。
スライムちゃん達が体内から楽器を取り出した。トランペットとか言ったかな。え? 吹くのか?
村長がまた演奏を始めた。スライムちゃん達もトランペットを吹いているようだ。そんなことができるのか。
今度はアップテンポな曲だ。正直、村長が倒れないか心配になるレベル。そしてスライムちゃん達もトランペットを右に左に上に下に、たまには一回転しながら音楽を奏でている。しかもダンスの時と同じようにシンクロ率が高い。同調思考スキルとか使っているのかな。
そんな演奏を聞いた村の奴らは、かなり盛り上がっている。
「村長もそうだけど、最近のスライムはすごいね」
「いや、多分、アイツ等だけです。あんな特技があるとは知りませんでした」
「あれ? フェルの従魔だよね?」
怖くてスキルを見ていないからな。私の手に負えないぐらいの強さだったらどうしよう?
その後、三曲演奏して終わった。スライムちゃんはともかく村長は凄いな。結構な体力を使うと思うのだが。まあ、それはいい。まずは拍手だ。
「村長さんは結構な歳に見えるけど、すごいものだね」
「そうですね。肺活量とかすごそうです。途中、倒れるんじゃないかと心配してしまいました」
倒れてもリエルがいるから大丈夫だと思うけど。
「それにしても出し物のレベルが高いね。やる人は大変だ」
「ハードルが上がっていますね。途中よりも最後が大変そうですが」
締めが駄目だと何となく微妙になるからな。誰がやるか知らないけど責任重大だ。
「連続ではやらないようだね。また、休憩が入るみたいだ。食事に行ってきたらどうだい? まだ、食べてない料理があるだろう?」
魔王様はすべてお見通しという事か。せっかくの料理だから全種類食べたいという私の願いに気付いているのだろう。
「では、お言葉に甘えまして、ちょっと食べてきます」
「慌てて食べる必要はないからね」
よし、どれから食べるか。人気のありそうなものを先に食べないと食べられなくなる可能性が高い。現時点で減っている料理をターゲットにしよう。
とりあえず、アップルパイは必須だ。美味さに気づかれる前に確保しなくては。
「おや、フェルさん。お楽しみ頂けてますかな」
村長だ。さっきまで演奏していたのに疲れている様子がない。結構タフだな。
「ああ、さっきの演奏は良かった。だが、なんでスライムちゃん達と一緒に演奏してるんだ?」
「このために練習していたら、ジョゼフィーヌさんが一緒にやらせてほしいと言ってきましてね。私としても一人でやるよりは一緒に演奏したかったのでお願いしたのですよ」
「そうか。アイツ等が役に立ったのならそれでいい」
「はい、では次の準備もありますので、これで失礼します」
村長は軽く頭を下げてステージの方に行ってしまった。次は誰がやるのだろう。楽しみのような怖いような。いや、それよりも料理だ。急がないと無くなるからな。
とりあえず、鳥肉を揚げたものが減っているので確保。酒飲みの奴らが大量に持っていきやがった。あいつら味わって食べてるのか? どうも酒の味を良くするために食べているだけのような気がする。
あとはスープ。どうやらエビとかカニの甲羅を使って出汁をとっている料理だ。甲羅ごと食べればいいと思うが、本来はこういう食べ方なんだろう。飲んでおかないとな。
そうだ、野菜も食べないと。だが、なぜか棒状になっている野菜しかない。女性達に人気だ。これも無くなる前に確保。
麺類はまだあるから保留。次の機会にしよう。
「よう、フェル。俺の進行はどうだったよ? 完璧だったろ?」
いつもの修道服を着たリエルと、女神教の爺さんが一緒に来た。
「あの顔でいつもの口調だから違和感しかなかった。爺さん、本当にコイツは聖女なのか? 今でも疑ってるんだが」
「何を言っとる。確かに口調はアレだが、見た目や、光の精霊を呼び出せるほどの強運、どう見ても聖女様じゃろう」
そんなんでいいのか。というか聖女になったいきさつもアレだし、運が良ければだれでもいいような気がする。女神教には不信感しかないが、よく考えたらどうでもいか。
「そうか。女神教がいいなら、言う事はない。なんとなく納得いかないだけだから。そういえば、リエルとか爺さんは出し物をするのか?」
「誰かを大怪我させて、瞬時に回復させるという俺の魔法を見せてやろうかと思ったんだが、さすがにそれは駄目だろうと思って大人しくしてる」
「初めてリエルが賢いと思ったぞ。さすが四賢の一人だ」
めでたい日にスプラッタ的な物は見たくない。
「そうだ、終わったらエルフ達を紹介してやるから大人しくしてろよ。エルフの男性三人だ」
「はい、大人しくしています。任せてください」
「その微笑みと口調は合っているが、気持ち悪いからやめろ」
食事をして忘れよう。いや、魔王様と話をして忘れよう。
リエルたちと別れて魔王様の傍に移動した。
「彼女が聖女なんだよね?」
いきなり魔王様にリエルの事を聞かれた。魔王様はリエルに興味があるのだろうか。何だろう、リエルに対して怒りが沸いて来た。
「そうですね。とても信じられませんが」
魔王様は顎に手をやって、何かをお考えのようだ。
「アイツが魔王様に粗相をしましたか? 殴りますか?」
「いやいや、そういう事じゃないよ」
そういうと魔王様は亜空間から何かを取り出した。なんだろう? 首飾りか?
「これをあの聖女に渡しておいてくれないかい?」
一瞬か、それとも長い時間か分からないが、意識を失っていたと思う。
落ち着け、落ち着こう、落ち着くしかない。クールだ、深呼吸だ。もしかしたら白昼夢かもしれない。もしくは急に耳が悪くなった可能性もある。
「ま、ま、ま、待ってください。え? あれ? そ、それは一体、どういう事? でしょうか?」
魔王様がリエルへのプレゼントとか言ったら、リエルをやってしまうかもしれない。いや、言わなくても半分はやってしまおうと思ってる。
「フェル、落ち着いて。持ってるコップからリンゴジュースがこぼれているから」
手の震えが止まらない。それに立っていられないぐらい足が震えてきた。落ち着け、落ち着くのだ。魔王様が近くにいらっしゃる。メテオストライクは駄目だ。
「これはお守りだよ」
「お守り? 大丈夫です。すぐにあの聖女を亡き者にしますから。守る必要ありません」
「うん、フェル、ちょっと落ち着こう」
「落ち着いています。大丈夫です。バレないように埋めますので。完全犯罪です。迷惑はかけません。目撃者すら消して見せます」
いつの間にか頭に魔王様の手が乗せられていた。一瞬、何だろうと思った瞬間、雑に撫でられた。うお、髪がボサボサに。
「いいかい? あの聖女は女神に狙われている。これはそれを阻止するためのネックレスなんだ。これを身につけておけば完全ではないけど、ある程度防ぐことができるからね。面倒だとは思うけど、ずっと付けているように伝えてほしい」
「え? あ? えっと、魔王様がリエルに懸想しているとか、そういう事ではないのですか?」
「違うよ。女神に対する嫌がらせ、かな」
「そ、そうでしたか。申し訳ありません。お見苦しい所を見せてしまいました」
なんという失態。今日は色々と駄目だ。
「いや、先に説明するべきだったね。女神に対する妨害以外に他意はないよ」
少し落ち着いた。よく分からないが、リエルが女神に狙われているらしい。それの妨害をするのがこのネックレスのようだ。これをリエルが身につけていればいいのか。
「はい、そういう事でしたら、リエルに渡して装備してもらいます」
「うん、よろしく頼むよ。特に聖都に行くことがあるなら絶対に着けておくように伝えて」
「承りました」
良く分からないが、魔王様の言う事は絶対だ。リエルに年中着けてもらおう。
「次の出し物が始まるようだよ」
はっきり言うと、先ほどの衝撃でどうでも良くなってきた。思った以上に慌ててしまった。いつか魔王様もつがいを選ぶときが来るのだろうか。その時、冷静でいられるか分からん。脳内シミュレートして耐性を付けておこう。暴走したら大変だ。
ステージを見ると、村の女性たちが普段着ないような綺麗な服を着ている。あれは何をしているのだろう?
「どうやらファッションショーをしているようだね。男性からの声援がすごいよ。でも、あのアラクネはなんでステージにかぶりつきで見てるのかな?」
「服を作りたいらしいです。研究しているのでしょう」
「ああ、アラクネの上半身は人型だからね。自分で着る服を作るのかな?」
「自分の服以外も作るようですね。将来は店を出したいそうです。面接でそんなことを言ってました」
「魔物が人界で店を出すのかい? 難しいとは思うけど、頑張ってもらいたいね」
ディアもいるし、もしかしたらあっさりやれるかもしれないな。それにこの村なら問題なく出店できそうだ。
そんな事よりもちょっと精神的に疲れた。こちらの勘違いとはいえ、さっきの衝撃がまだ抜けん。
けだるい感じにステージを見ていると、色々と出し物が始まっては終わっていった。
バンシーがシャウト系の歌を歌って皆が耳を塞いだ。その歌を聞いたマンドラゴラが対抗意識を燃やした。アイツ等が叫ぶと被害が大きいからやめるように注意した。
狼たちが火の輪くぐりをした。ステージが燃えるからほどほどにしろと注意した。
ドッペルゲンガーがモノマネをした。モノマネどころか相手そのものになれるだろうが、と注意した。
ミノタウロスがボディビルを見せつけた。女性に人気だったが、男性に不評だったので注意した。
オークが大食いを披露した。食べ物はよく噛んで食えと注意した。
盛り上がっていたからいいんだけど、なんか疲れた。
飛び入りでエルフ達が楽器を演奏していた。ハープとかフルートとかいう楽器だろうか。ミトルがまともに演奏していたのでちょっと見直した。
最後はヴァイアが魔道具を使って幻想的な映像を見せていた。火や水の演出が多かったが、幻視魔法を利用しての映像なので熱くも冷たくもない。大量の水が鳥の形になって羽ばたいていく感じの映像を見せられた時は身構えてしまった。結構面白いな。
最後の最後まで盛り上がったようだ。成功だと言えるだろう。
「いや、面白かったね。フェルもお疲れさま」
「なんだか注意していただけでした。ちょっと無粋だったかもしれません」
「危ない物もあったから仕方ないよ。ところでこれで終わりなのかな?」
「最後にみんなでダンスをするらしいです」
ステージに主役の二人が上がっていた。男の服装は最初から変わらないが、女の服はゴスロリに変わっていた。そういえば、出し物中にも何度か着替えていたな。食事中はジャージだった気がする。
二人がこちらに向かって頭を下げる。その後に音楽が流れると二人が踊り出した。よくは知らないがワルツというダンスだろうか。
一曲終わると、二人がまたこちらに向かって頭を下げた。拍手が沸き起こる。一応流れに乗って拍手しておこう。
先程の音楽と違って軽快な音楽が流れてきた。今度は皆が踊りだした。
しまった。ヴァイアにノストを誘うように言わなかった。二人はどこだ?
周囲を見渡すと、広場の端っこの方にいるヴァイアを見つけた。ついでにノストも。すぐ近くにいる。
ノストが少しだけ腰を曲げて片手を出した。ヴァイアが笑顔で一度頷きノストの手の上に自分の手を乗せる。ノストに手を引かれて踊っている皆の輪に入って行った。
これはあれか。上手くいったと言う事か。昨日、余計なことを言ったから、ノストからは近づかないと思っていたが、そんなことなかった。なんというか、私は余計な事しかしていないのだろうか。これからは行動に気を付けよう。
「フェル」
いかん。魔王様をほったらかしだ。今日は失態が多いな。後で反省せねば。
「失礼しました。考え事をしておりました。何の御用でしょうか?」
慌てて魔王様の方を見ると、すこし腰を曲げて左手を背中側に、右手の掌を上にしてこちらに出していた。
「踊っていただけますか?」
よし、落ち着こう。これは罠だな?
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