結婚式の出し物

 

 誰も演奏していないのに音楽が流れてきた。その音楽に合わせてヤトが歌いだした。意外といい声だ。歌詞は恋愛系の内容だろうか。なんとなくストーカーというか、暗殺の極意のような歌詞にも聞こえるが。


 なんだろう? ヤトの声がかなり大きく聞こえる。というか、声が別の場所から聞こえる。


 昨日使っていた音を別の場所で聞くことができる魔道具を使っているのか? ステージの横に音を出している魔道具があるし、ヤトが何かを握りながら歌ってる。


 多分、ヴァイアが全部用意したんだろうな。音楽が流れているのも、ヴァイアが作った魔道具だと思う。しかし、娯楽のために魔道具を作るのか。その考えはなかった。


 ヤトの後ろではディアとアンリが同じポーズで踊っている。バックダンサーというやつだろう。アンリはキレッキレだ。舞踏スキルとかは持っていないと思うのだが、うまく踊っている気がする。そしてシンクロ率が半端ない。これを練習してたのか。


 人を楽しませるために練習するのは悪い事ではない。だが、私がリエルを連れてきたり、魔物達をしばいたりしていた時に、コイツ等はこんなことを練習していたのか。ちょっともやっとするな。


「歌もうまいし、ダンスも上手だね。これは見ごたえがあるよ」


「でも、歌ってる奴は魔王軍の元強襲部隊隊長ですよ。あと、後ろの奴は異端審問官です」


「過去の肩書なんてどうでも良い事だよ。環境に合った生き方をするのが一番さ」


 魔王様は心が広すぎる。私もヤトのあれが駄目だとは思わないが、もっとこう、何かあるんじゃないか、と思わなくはない。考えが固いのかな。


「ところで、アイドル冒険者ってなんだい?」


「私もよく分かりませんが、歌ったり、踊ったり、ファンと交流する冒険者らしいです」


「いつの時代もそういうのはあるんだね」


 はて? 魔王様は、いつの時代も、とおっしゃったのか? 魔王様は見た目、二十代後半だ。私と十年程度しか変わらないと思うのだが、別の時代を知っているのだろうか。よく考えると、結婚の思い出についてもおかしい。魔族には結婚という行為はない。なんの思い出があるのだろう? あれ? そもそも魔王様は、魔王になる前に何をされて――。


「そろそろ終わりそうだよ?」


 魔王様にそう言われて、ステージを見ると音楽がちょうど終わったところだった。


 ステージの三人がそれぞれポーズをとってキメ顔だ。そしてステージ上空に花火が上がった。あれは幻視魔法を用いたものだな。多分、あれもヴァイアの魔道具がやってる気がする。そういえば、領主のクロウが似たようなことをしていた。あの時のヴァイアはグロッキーだったけどちゃんと見てたのかな。


 その花火で終わりだったのだろう。歓声が上がった。大盛り上がりだ。最初にやるには場を暖め過ぎではないだろうか。次の出し物がやりづらいと思う。


「いやあ、楽しかったね」


「はい、なかなか面白い出し物でした。色々と突っ込みどころが多かったですが」


 魔王様が喜んでくれるなら何の問題もない。だが、ヤトとはちょっとお話が必要だな。あと、ディアも。


 あれ? なにか考えていた気がするんだけど、何だっけ? うーん?


「次の出し物まで時間があるみたいだね。食事をしてきたらどうだい? こっちは気にしなくていいから」


 そういう訳にもいかないのだが、気を使ってくださっているのだろう。なら固辞するわけにもいかないか。


「では、申し訳ありません。すこし食事をしてきます」


「うん、ゆっくりでいいからね」


 魔王様に一礼してから料理のあるテーブルに近づいた。色々な料理が置かれている。とりあえず、全種類制覇しないと。目指せコンプリート。


「フェルちゃん、どうだった私達の踊りは!」


 エビっぽい料理を食べようとしたら、さっきまでステージにいた三人が近寄ってきた。どうやらいままで村の奴らに取り囲まれていたらしい。すでにファンがいるのか。


「色々言いたいことはあるが、概ね楽しめた。歌も良かったし、ダンスも良かったぞ」


 三人が「いえーい」とハイタッチした。アンリは跳躍もすごいな。


「ヤト。その、なんだ。アイドル冒険者をやるのか?」


「決めましたニャ。獣人の地位を向上させるために体を張るニャ」


 アイドル冒険者をやって、獣人の地位が向上するのだろうか? 根本的なところを問い詰めたい。


「そうだ。魔王様も見ごたえがあると言っていたぞ」


 ヤトが不思議そうな顔をした。意味が分からないという感じだ。確かに魔王様が見ていたとか、普通ありえないからな。


「どういう意味ですかニャ? 魔王様のお言葉という事かニャ?」


「そういうことだ。今後も頑張れよ」


 そう言うと、ヤトは一礼して「頑張りますニャ」と返してくれた。


 アイドル冒険者として頑張るという事は、ディアの協力が必要なんだろう。ディアの方を見ると笑顔で頷いてきた。


「安心してフェルちゃん。私がヤトちゃんを立派なアイドルに育てるよ! プロデューサーとしてね!」


 不安しかない。むしろ、どこに安心する要素があるのだろう。


「フェル姉ちゃん、アンリの踊りはどうだった?」


「良かったぞ。ディアの動きとピッタリだった」


「たくさん練習した。でも、全体では七十点。ディア姉ちゃんの動きが硬い」


「頑張ったんだけどね……」


 ディアがアンリに駄目出し食らってるのか。言われてみると、そんな感じもするが、そこまで踊りに対して詳しくないから分からないな。アンリにしか分からない何かがあるのだろう。


「盛り上がっていたから十分だと思うぞ? それに今回はヤトが主役だろう? ダンスが目立ちすぎると駄目じゃないのか」


「そうだった。メインはヤト姉ちゃん。主役を食うところだった。ディア姉ちゃんのおかげで事なきを得た」


「例えダンスが完璧でも、私は食われたりしないニャ」


 なんだかヤトとアンリの雲行きが怪しい。にらみ合っているわけではないが、どちらも闘志をむき出しだ。


「フェルちゃん! ニャントリオンが解散の危機だよ! 何とかして!」


「メンバー兼プロデューサーだろ? ディアが何とかするべきだ」


 面倒だから放っておいて、食事に戻ろう。


 エビっぽい料理は以前食べたフライという食べ物に似ているな。噛みごたえが無くなっているのは殻を取ってしまったからか。そのままでも良かったのだが、もしかしてこれが本来の食べ方なのかな?


 こっちの料理はハンバーグをパンで挟んだものかな。トマトとかレタスも挟まれているようだ。他も見てみると、微妙に具材が違っていて、色々と種類があるようだ。全部食べるわけにはいかない。慎重に選ばないと。


 見つけた。私が食べるべきもの。あれには目玉焼きが挟まれている。それを取ろうとしたら、誰かが手に取ってしまった。死にたいらしいな。


「フェル! フェル! あのシスターの子、誰だよ! 紹介してくれ!」


 ミトルだった。なんだいきなり。興奮しすぎだ。だが、そんなことはどうでもいい。今、重要なのはお前が手に持っているものだ。


「その料理をよこせ、それは私に食べられるべき料理だ。もし食べる気なら命を賭けろ」


「わかった。あのシスターの子を紹介してくれたら、これを渡す。駄目なら渡さねー」


 人質を取られた。だが、もともとリエルをミトルに紹介するつもりだったから何の問題もない。


「紹介してやる。だからそれをよこせ」


「おっし! 絶対だぞ! 嘘ついたら千年恨むぞ!」


「それは私のセリフだ」


 なんとかミトルから料理を奪った。早速食べてみる。口を大きく開けて食べるのがワイルドな感じだ。食べてるって気がする。うん、目玉焼きとレタスとハンバーグが口の中で合わさって、味と食感が素晴らしい。これを作るの大変なのかな。また、ニアに作って貰おう。ハンバーグの二段重ねとか提案してみよう。


 次は飲み物かな。魔王様も飲むかもしれないから、何か持っていこう。


 とはいっても、テーブルには酒かリンゴジュースか水しかない。ふとテーブルの近くを見るとドワーフのおっさんがいた。


「おう、フェルか。いや、楽しいのう! 美味い酒に美味いつまみ。これが全部タダとはな!」


「楽しいならなによりだ。ところで工房のほうはどうだ?」


「それなんだが、畑に出来たダンジョンの中に作ることになってのう。今、アビスとやらが工房を作ってくれているようじゃな」


 なんだそれ? いつの間にそんなことに。


「なんでもダンジョンをいい物にするため、儂の鍛冶が必要なんじゃと。場所を提供するからそこで作ってくれと頼まれたんじゃ」


「ちなみに誰に頼まれたんだ?」


「アビスじゃな。ダンジョンを見せてもらった時に声が聞こえたんじゃ。悪い奴じゃないんじゃろ?」


 ダンジョンコア本人か。なら大丈夫かな。


「大丈夫だ。何か問題があれば、そうだな、アンリに言ってくれ。アイツがダンジョンのマスターだから」


「あの嬢ちゃんは色々と面白いのう」


 面白いで済まされるレベルじゃなさそうだけどな。


「そうだ、話は変わるが、大坑道の事を教えてくれないか?」


「良く知っとるの? それは構わんが後にしてくれるか? 今、飲み比べの最中じゃ。ドワーフの儂に飲み比べを挑むなど、無謀であることを教えてやらねばならん」


 そういうとドワーフのおっさんは酒を樽ごと抱えてステージの前の方に行ってしまった。まあ、頑張ってくれ。


 とりあえず、リンゴジュースを二つ持って魔王様のところに向かおう。


「もういいのかい? まだ、料理は沢山あるようだよ?」


「はい、大丈夫です。それよりも魔王様を御一人にする方が問題ですから。あ、こちらリンゴジュースです。どうぞ」


「ありがとう。でも、それはフェルが飲んでくれていいよ。喉は渇いていないからね」


 私がリンゴ好きなのを知ってのお言葉か。さらなる忠誠を誓おう。


「どうやら次の出し物が始まるようだね」


 ステージの方を見ると、閉じていた垂れ幕が開いた。そこには村長が何かの楽器を持って立っていた。サックスとかいう楽器だったろうか。


 それはいい。事前に聞いていたし、驚くことでは無い。


 だが、なんでスライムちゃん達が周囲にいるのだろうか。今日は心臓に悪いことが多すぎる。

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