ブーケ・サバイバル
そういえば、アンリの言っていたサバイバルをしていない気がする。
「ディア、花束を投げるのはいつなんだ?」
「良く知ってるね? 二次会の最中だよ。今、準備中かな。今日の花束は……荒れるね!」
意味がわからん。何言ってんだ、コイツは。
「これは男性の前ではやれないからね。一旦、家や宿で休憩してから、未婚女性だけ広場に集まるんだ。条件はみんな一緒にしないといけないし、戦闘準備に時間が掛かるからね!」
「男は見ないのか? 良いところを見せるチャンスだろ?」
「そうなんだけど、花束を奪い合う姿はまさに修羅だからね。そういう姿は男性に見られたくないという乙女心だよ」
修羅と乙女心は相反するものだと思うが。なんだか怖いな。まあ、参加する気はないからどうでもいいけど。
その後、おつまみ程度の簡単な料理を食べていたら、なぜかアンリが来た。そして何も言わずに、私の膝に座る。椅子は空いているのだが。
「アンリ、二次会に参加するのか?」
「今日は夜更かしの許可がでた。大人の領域に足を踏み入れる」
「私の膝に座るのは大人じゃないと思うぞ」
そう言っても、どいてくれなかった。まあいい。いつもの事だ。
次はヴァイアが来た。笑顔がまぶしい。
「すべてのものが輝いて見えるよ。みんなにもこの幸せを分け与えたいな」
開幕うざい。輝いているのはヴァイアの顔だ。
「ちょっとだけ見えたんだが、ノストと踊っていたのか?」
「えー? どうしようかな? 言っちゃおうかな?」
ディアっぽいこと言いやがった。うざさが上がった。いい奴だったのに。それだけ浮かれているという事なのか。仕方ない。乗ってやる。
「秘密にしないで教えてくれ。昨日、やらかした身としては気になる」
「最後のダンスでノストさんと踊ったよ! ……えへへ」
微笑ましい、を通り越して殺意が湧きそうだ。だが、踊っただけでこんなになるものだろうか?
「他にも何かあったのか? すこし浮かれ過ぎだろう?」
「うん、これはフェルちゃんのおかげかな? ノストさんが踊ってる最中にね、『ヴァイアさんのこと、もっとよく知りたいので教えてくれませんか』だって! ひゃー! 言っちゃった!」
別にいいけど「ひゃー」か。しかも頬に両手をあててクネクネ動いてる。ヴァイアがものすごい壊れている。直るかなコレ。
「ヴァイアちゃん、それなら二次会はノストさんと一緒にいた方がいいんじゃないの?」
「そうなんだけど、ノストさんも付き合いというものがあるからね。同僚の人たちと飲んでるんじゃないかな?」
理解のある女、というポジションなんだろうか。しかもその余裕、すでに彼女面な気がする。
「恋は女を駄目にする」
「アンリ、五歳の言葉じゃないぞ」
次はリエルが来た。うっすらと微笑みを浮かべている。気持ち悪い。
「時は満ちました。迷える子羊達を私に紹介しやがれ……ください」
少し素に戻ってる。そろそろ限界のようだな。
「分かった。連れていくから一緒に来い。アンリはちょっとどいてくれ。それと私のジャガイモ揚げを食うなよ?」
そうだ。魔王様に首飾りを渡す様に言われていた。イラッとするが仕方ない。
「リエル、これは魔王様がお前に渡す様に言われた物だ。どんな時でも身につけていろ」
「お? なんだよこれ……いえ、何でしょうか?」
「よくは知らんが、お前は女神に狙われているらしいぞ。それをすこし防いでくれるらしい」
「女神教のことか? ……でしょうか? 確かに脱走していますからね。連れ戻すために、狙われる可能性はあるでしょう。分かりました。身につけましょう。着けてくれ……もらえませんか」
仕方ない。渡しても着けていなかったら困るから私がやってやる。
リエルの背後にまわり、首の後ろでネックレスのチェーンをくっつける。これで大丈夫だろう。
「しかし、魔王さんからの贈り物ですか。魔王さんも私のとりこということに――く、苦しいです、フェルさん、手が首に、嘘、嘘だから! 聖女ジョークだから!」
女神に狙われていても放っておけばいい気がする。しかし、魔王様の指示なので逆らう訳にはいかん。
「女神の邪魔をするだけだ。魔王様に他意はない。勘違いするなよ?」
涙目で何度も頷いていたから大丈夫だろう。
リエルを連れてエルフの男たちがいるテーブルに近づいた。
「ミトル。今いいか? こいつがシスターのリエルだ。リエル、コイツがエルフのミトル。左右の二人は私も知らないのでお互い自己紹介でもしてくれ」
「みなさん、初めまして。女神教でシスターをやっているリエルと申します。少しお話をしましょう、さあ、早く」
「お、おう、俺はミトル。こっちは――」
紹介はした。私のやることは終わったという事だろう。テーブルに戻ろう。後は野となれ山となれ、だ。
テーブルに戻るとヤトがいた。珍しくウェイトレスの仕事をしていないようだ。
「ヤト、今日はもうウェイトレスの仕事をしないのか?」
「一時休憩ニャ。今は代わりにシルキーがウェイトレスの仕事をしているニャ」
よく見ると、シルキーが給仕をしていた。給仕は家事ではないと思うが、楽しそうにやっているから問題ないのだろう。
「それにサバイバルに参加するニャ。体力を温存するニャ」
「結婚願望があるのか?」
「とくには無いニャ。でも面白そうニャ」
「ヤト姉ちゃんが出るなら、私も出ざるを得ない」
そういえば、このテーブルにニャントリオンが揃ってる。というか、解散の危機は免れたのかな?
「えーと? 仲直りしたのか?」
「センターをかけて勝負中。次はアンリがセンターを奪う」
「返り討ちニャ」
負けられない戦いがあるのか。まあ、頑張ってくれ。
「ディアはセンター争奪戦に参戦しないのか」
「フェルちゃんは私に死ねと言ってるのかな?」
「歌とか踊りの勝負なんだよな?」
アイドルって大変だな。
今、私は広場にいる。なんで私はここにいるのだろう? まあ、ディア達に連れてこられただけなのだが。
夕方も近いと言うのに周囲は熱気に包まれている。そんなにあの花束が欲しいのだろうか? 次に結婚できる可能性があるだけだろう。いや、結婚成功率アップのスキルが付いてるのか?
「はい、ではこれから花束を投げます。制限時間は十分。最後に持っていた人に栄光が与えられます。なお、広場から出ると失格。空間魔法で亜空間にしまったりするのはルール違反ですから注意してください。その他、反則っぽいことがあったら一時中断します」
結婚女がここを仕切るようだ。色々ルールが書かれた看板がステージに置かれている。遊びじゃなくてスポーツみたいなものかな?
それはいいとして、この面子はどうなんだろう? エルフの女性が二人もいるし、バンシーやシルキーといった従魔達もいる。それにスライムちゃん達もいるが、アイツ等に性別って無いよな? それにリエルはなんでいるんだ? エルフの男たちと話してたよな?
まあいいや。巻き込まれないように端っこにいよう。
「聖女の力を見せてやる」
「聖女は結婚しちゃ駄目でしょ?」
「あ、あれは私のだから! わ、私がノストさんと!」
「あれもセンターも私の物ニャ」
「ヤト姉ちゃん。寝言は寝て言うべき」
みんなやる気だな。
ぼーっと眺めていたら、一度だけ笛が鳴り、結婚女がステージの上から後ろ向きで花束を投げた。
最初に取ったのはアラクネ。背が高い上にジャンプも高い。種族性能を活かした見事なキャッチだ。着地した時にディアが巻き込まれていたけど大丈夫だろうか。
アラクネがキャッチしたのはいいが、ヤトが着地した瞬間を狙って陽炎スキルを使った。スキルを使っていいのか。みんなが眺めている間に花束を奪ったヤトが、そのまま影移動スキルで自分の影に入ろうとした。だが一瞬早く笛が鳴る。
「ヤト選手。それは駄目です。いなくなったりするのはルール違反です」
ルールで言っていなかったが、影に潜るのは駄目な行為らしい。ヤトが改めて放り投げるところから再スタートとなった。
ヤトが投げた花束は、スライムちゃんが粘液を伸ばして奪った。体内に取り込むのはルール違反になるので、持ったまま逃げてアンリに渡した。ズルい。さらにスライムちゃん達はアンリの周囲をガードした。チームプレイか。このままアンリの勝ちかな。
そう思ったら、ヴァイアが花束だけ引き寄せるような魔道具を使った。アンリの手から花束が離れてヴァイアの手に渡る。さらに結界を張った。かなり強力な物を。あれはルール違反じゃないのか?
その結界をアンリが紫電一閃で切った。マジか。だが、アンリは魔力を限界まで使ったようで、継続が難しくなったようだ。アンリはスライムちゃん達に抱えられて広場から外に出た。戦線離脱だな。
結界が無くなったのでヴァイアのもとに参加者が殺到した。正直、私が見ても引く。確かにこれは男には見せられない。
参加者たちが団子状態のなか、笛が一回鳴る。これで終わりなのかな?
最終的に花束を持っていたのは……リエルだった。
「よっしゃー! 次の花嫁は俺だー!」
ほとんどが地面に座り込んで息を切らしている中、リエルだけが立って花束を掲げていた。
「どうでもいいが、お疲れ」
リエルに近づいてねぎらいの言葉をかけてやった。一応勝者だからな。
「ぜぇぜぇ、どうよ! 聖女の力を見せてやったぜ! ぜぇぜぇ」
リエルも結構疲れているようだ。肩で息をしている。治癒魔法は使えても、息切れは治せないからな。
「わりぃ、ちょっと花束を持っててくれ」
リエルは、私に花束を渡してから地面に座りこんでしまった。
そして笛が三回鳴った。何の笛だ?
「ロスタイム終了です! 現時点で花束を持っている人に栄光が与えられます!」
私とリエルの目が合う。そして私の手には花束がある。
あれ?
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