責任
くそう、騙された。爆炎地獄の魔法が付与されていると思ったら、幻覚を見せるだけ魔道具だった。さらにバッドエンド。救いようがない。
そういう物語も悪くはないのだが、二つ続けて爽快感がない本は精神的に厳しい。もう一冊読もうかと思ったが、夕食の時間だ。仕方ない、今日はここまでにしよう。
部屋を出て食堂に顔を出すと、ずいぶんと繁盛していた。
いつもの席に座ると、ヤトが水を持ってきてくれた。
「今日は随分と客が多いな?」
「明日は結婚式なので、今日は前祝いらしいですニャ。こうやって独身最後の夜を祝うらしいですニャ」
前祝いか。結婚男が男達に背中をバシバシ叩かれているが、あれは祝っているのだろうか? むしろ怒りが込められているような気がする。結婚男は嬉しそうだからいいのかな。
「よく分からんが、私も背中を叩いてやったほうがいいのか?」
「手加減に失敗すると、明日の結婚式が延期になるからやめた方がいいですニャ」
確かに。ならやめておこう。どうやら男同士で盛り上がってるみたいだし、無理にやる必要はないな。
ちょっと離れたテーブルには、結婚女と村の女性たちが座っていた。普段は食堂で見ない女性達もいる。こっちも盛り上がっているみたいだ。
「今日は忙しくなりそうだな?」
「大丈夫ですニャ。今日は助っ人がいるニャ」
助っ人? だれかがウェイトレスをしているのだろうか?
「あ、フェルさん。いらっしゃいませ」
「ノスト、エプロンを付けて何をしているんだ?」
「えっと、その、ウェイターをしてます」
助っ人ってノストなのか? 結構、様になっているような気はするが。
「オリエさんのテーブルに関しては、男に給仕させて、と要望があったようです……ロンさん以外で」
「それでお前がやってるのか?」
「はい、今日だけ、という事でやっています。あ、ヤトさん、向こうのテーブルですが、注文を取りに来てほしいそうです」
「ノストに注文すればいいのに、わざわざ私に注文かニャ。仕方ないから行ってくるニャ」
仕方ないとは言いつつも尻尾が嬉しそうなんだが。
はて? ノストがずっと近くにいる。なにか用なのだろうか?
「どうかしたか?」
「あ、ええ、その、ヴァイアさんの事なんですが……」
おう、リエルの話だと、ここでヴァイアのいいところや、好意があることを伝えるべきなんだろうな。
「ヴァイアがどうかしたのか? アイツはいい奴だぞ」
「はい、それは知ってます。そうではなくて、昨日の顛末はご存知ですか?」
ヴァイアがアラクネにひん剥かれた件か。不幸な事故だと思うが、リエル的には作戦成功らしい。こういう風にノストがヴァイアを気にしているならあながち間違いではないのだろう。納得はいかないが。
「知ってる。というか、朝、ここでそんな話をしていただろう?」
「そうでしたか、すみません。気づきませんでした」
目の前にいたんだが、まったく気づかなかったのか。というか、挨拶されたんだけど。
「それでですね。あの、ヴァイアさんには、その、お付き合いしている男性とかいらっしゃるのでしょうか?」
何でこんなことになっているのだろう? もう、何もしなくてもうまくいきそうな気がする。
「いや、聞いたことがないな。いないはずだ」
「そ、そうですか。いえ、情報提供ありがとうございます」
情報提供って。うーん、こっちからも色々聞いてみるか。
「ヴァイアが気になるのか?」
「え、あ、はい、そうですね。気になります。その、偶然とは言え、ヴァイアさんの下着姿を見てしまいまして、男として責任を取らないといけない、と思っています」
責任、か。
「ノスト、これは私の意見だが聞いてくれ」
「は? はい、何でしょう?」
「下らない理由でヴァイアに近づくなよ? 下着姿を見たから責任を取る? そんな理由でアイツと付き合うぐらいなら、私がぶち壊すぞ?」
「え? あ……」
「ヴァイアはちょっと暴走することもあるが、魔族の私や魔物にも優しくするようないい奴だ。私の従魔達からもかなり慕われている。それに術式を変えられるほど優秀なのに、それを鼻にかけるようなこともしない。私は付き合いが短いから知らないだけで、もっといいところはあるだろう」
「……はい」
「ノストは下着姿を見てしまった女なら誰でも良かったのか? それはそれで真面目な奴だとは思うが、そんな理由で付き合おうとする男にヴァイアを任せる気はない」
「……そうですね。ヴァイアさんに対して、とても失礼な行為ですね。フェルさんの意見を聞いて目が覚めました」
あ、しまった。ディアからノストが責任をどうとかと聞いたときは何とも思わなかったが、ノスト本人から責任とか聞いたらイラッとしてしまった。これはまずい。
「あー、いや、あくまでも私の意見だから――」
「ヴァイアさんが積極的だったので、私も浮かれていたのでしょう。反省しています」
「いや、反省する必要は――」
「色々と考え直してみます。その、ありがとうございました」
「え、いや、その、どう致しまして」
ノストは一礼して厨房の方に行ってしまった。
どうしよう? やらかしてしまった気がする。こういう時はどうすればいいのだろうか? 魔王様にお聞きするか?
「よー、フェル、夕食を奢ってくれ。そうそう、これを見てくれよ、ヴァイアから貰った――どうした慌てた顔して?」
恋愛の達人が来た。コイツに聞いてみよう。藁にもすがりたいというのはこういう気持ちなんだろう。
今あったことを一言一句、リエルに説明した。
「……なるほどな」
「どうすればいいと思う?」
「ヴァイアが怒っても、死んでなければ治してやっから。下手に抵抗せず潔くやられろ。真摯な態度ってやつだ」
「そうならないように対策を聞いているんだろうが」
なんでやられる前提なんだ。死にはしないと思うが、かなり痛そうな気がする。
「いや、どうしようもねぇよ。ノストに、さっきのなし、と言っても、一度考えちまったら頭から離れるわけがねぇ」
「駄目か」
ここは潔くヴァイアに説明するしかないな。気が重い。
「どうすれば許してくれると思う?」
「無理じゃね? 俺なら五回殺しても足りねぇ」
役に立たない達人だな。それになんかニヤニヤしてる。殴ってしまおうか? 憂さ晴らし的に。
いや、まずは言い訳を考えよう。少しでも罰を軽くするのだ。
「あれ? 二人ともまだ食事をしていないんだ? もしかして待っててくれたの?」
「ディアちゃんに誘われたから、今日はここで食事することにしたよ」
言い訳を考えていたら、ディアとヴァイアが来た。早すぎる。言い訳が決まってない。
なんだ? ディアは笑顔だし、ヴァイアも笑顔だがちょっと涙目だ。
何かあったのだろうか? タイミングとしてはどうだろう? 今、言うべきか? うお、ちょっと緊張してきた。
二人ともテーブルにつく。リエルから肘で突かれた。わかってるから待て。こういうのはタイミングが大事なんだ。
一度深呼吸。いくぞ。
「ヴァイア、ちょっと話が――」
「フェルちゃん! シッ!」
なんだろう? ヴァイアに説明しようとしたら遮られた。
「今、ノストさんを目に焼き付けているから!」
タイミングがずれた。どうしよう?
待っていたら、ノストがこちらに気付いて近寄ってきた。頼むから、変な事言うなよ。
「いらっしゃいませ。注文はお決まりですか? 普通か大盛しかないですけどね」
「メ、メニューに書かれている物を全部持ってきてください!」
相変わらずの緊張ぶりだ。昨日、食事を振る舞った時は大丈夫だったのだろうか。あと、この店にメニューは無い。
「ヴァイアさん、それだと食べ過ぎちゃいますよ? 普通か大盛かを選んでくださいね?」
「じゃ、じゃあ、大盛で!」
「皆さんはどうしますか?」
とりあえず、全員大盛で頼んだ。そして注文を受けたノストは厨房の方に向かう。よし、このタイミングだ。
「ヴァイア、話したいことが――」
「ノストさんのエプロン姿、素敵だね! ずっと眺めていたいよ!」
ワザとか? ワザとなのか? 分かっててやってんのか?
「フェルちゃん、さっきから何を言いかけてるの? ヴァイアちゃんに何かあるの?」
ヴァイアは何も言わずに、「なに?」という顔をしている。言いにくい。だがやるしかない。魔王様、私に力を。
「ああ、あのな――」
事の経緯をヴァイアに説明した。
「その、すまん。余計なことをしてしまった。怒りはもっともだが、死なない程度に手加減してもらえると助かる」
邪魔する意図は無かったとはいえ、結果的に邪魔したわけだからな。何かしらの罰を受ける必要はあるだろう。
ヴァイアが下を向いている。そして震えていた。かなり怒っているのだろう。能力制限を解除しておいた方がいいだろうか。
「く、くくっ……」
なんだ? ディアとリエルの方から噛み殺したような笑い声が聞こえる。
そして、リエルがブローチのようなものをテーブルの上に置いた。これは何だろう?
「これな、ヴァイアから貰ったもんなんだけど、周囲の音を別の場所で聞けるようにする物なんだよ。まあ、念話の術式を変えた物だな」
なんだいきなり? いや、まて。これはリエルが来た時から服の胸部分についていた気がする。音を別の場所で聞ける?
「ちょうど実験中でな。ここに来た時から音を拾ってたんだわ」
リエルがここに来た時から?
下を向いていたヴァイアが、似たようなブローチをテーブルに置いた。
「フェルちゃんがリエルちゃんに言っていた事、全部聞いてたよ」
私がリエルに言ったこと? なんだっけ?
「フェルちゃんがノストさんに言ったことをリエルちゃんに説明していたでしょ? これを通して全部、聞いてたよ?」
「なんだと?」
「ごめんね? 来た時に言おうと思ったんだけど、フェルちゃんの困った顔が可愛かったから」
「聞いていたのに怒っていないのか?」
「フェルちゃんがノストさんに言ってくれた内容、嬉しかったよ?」
「私が何もしなければ、付き合えたり結婚出来たりしたかもしれないんだぞ?」
「私だって責任とか義務でお付き合いとか結婚とかしてほしくないよ。それにこれからノストさんに好きになって貰えばいいんだよ」
何か知らんがヴァイアが強くなってる。さっきもノストの前ではかなり緊張気味だったのに。
「そうか、問題がないならそれでいい。ディアもリエルも、このことは知っていたのか?」
「私はヴァイアちゃんと聞いていたからね。ヴァイアちゃん、ちょっとうれし泣きしてたよ」
「ヴァイアがどう思っているか知らなかったが、聞いていても乗り込んでいなかったから大丈夫だとは思ってた」
「そうか。じゃあ、お前ら殺して私も死ぬ」
「ちょ、フェルちゃん?」
「困った顔が可愛いだと? こんな辱めを受けたのは生まれて初めてだ。生かしてはおけんし、生きていられない。森の肥料になるがいい」
「あ、あの? 大盛を四人前、お待たせしまし……た?」
ノストが食事を持ってきた。タイミングがいいというか悪いと言うか。
「続きは食事をしてからだ。――なんで料理をこっちに寄せるんだ?」
「気が変わるまで好きなだけ食べていいよ? うれしいことがあったから奢っちゃうよ」
ヴァイアの奢りか。どんな嬉しいことがあったか知らんが破産するぐらい食ってやる。
食べたら落ち着いた。空腹時は短気になって駄目だな。よく考えたら私が原因だし、怒るのは筋違いだ。反省せねば。
それに明日の料理を食べる前に死ぬわけにはいかん。
よし、明日は早い。日記を書いて寝よう。
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