管理者

 

 やることは終わった。これからは趣味の時間だ。


 まずは部屋の換気をしよう。窓を全開にする。


 窓から広場が見えた。みんなでステージの制作をしているようだ。木槌で叩く音とか掛け声とかが聞こえてくる。どうなれば完成なのか分からないが、多分、明日には間に合うのだろう。


 備え付けの椅子に座る。目の前のテーブルにはリンゴジュースとアップルパイという食べ物がある。ニアに作って貰った。リンゴがかぶり過ぎているが問題ない。むしろ、どんとこいだ。


 まずは食事で腹を満たしてから本を読もう。読んでいない本が結構あるから食べながら何を読むか考えるか。


 アップルパイって美味いな。リンゴがベースだから美味いのは知っていたが、暖かいというのがまたいい。あと、サクッという食感が素敵だ。いくらでも食べられそう。これだけじゃとても足りない。


 おかわりを作って貰おうかと思ったが、ニアは明日の準備が忙しいようだからやめておくか。このアップルパイも明日の料理に出すための試作品らしいし、これ以上はニアの邪魔になるだけだからな。だから明日は戦争だ。絶対にアップルパイは譲らん。


 さて、食事も終わったし本を読むか。読む本はこれだ。世界樹の中に置いてあった日記。魔王様は私には意味が分からないかも、とおっしゃっていたのだが、それでも読んでおくべきだろう。


 なんだろう。他人の日記を読むと言うのは少しドキドキする。やってはいけないことをするようで罪悪感があるな。私の日記は誰かに読まれないように注意しよう。厳重に保管だ。


 軽く日記を何ページかめくってみた。結構スカスカだ。日記というよりメモ帳のような気がする。よし、読んでみよう。


『今日から日記を書くことにした。紙に書くというかなりレトロなやり方だ。だが、内容をデータとして保管するわけにはいかない。おそらくだがどれだけ厳重に保管してもアイツならセキュリティを突破して確認することができるだろう。アイツに見られると何をされるかわからない。これはもし私に何かあった時に、皆に見てもらうための物だ。そんな未来が来なければいいのだが』


 紙に書くのってレトロなのか? それによく分からない単語が多い。皆というのは魔王様のことも指しているのかな?


『数年前からアイツの様子がおかしい。人族が増長している、と判断しているようだ。確かに人族は魔族に襲われなくなり、それなりの繁栄をしている。だが、許容範囲だ。調整が必要なほどではない』


 魔王様からの話によれば、賢神がおかしくなっていく過程が書かれていると言っていた。ということはアイツというのは賢神の事なんだろう。


 人族が増長している、か。魔族が襲わなくなったから、人族が繁栄したと書いてある。それが増長なのだろうか?


 あと気になるのは「調整」かな。なんだろう? 「調整」というのは、どこかで聞いた覚えがあるがどこで聞いたのだろう? まあいい。読み進めよう。


『とうとう調整が必要だと進言してきた。私には到底そうは思えない。再演算を命令した。一体、何をもって調整が必要だと判断したのだろうか』


 また「調整」か。それに「再演算」とは何だろう? 計算することで調整が必要かどうか分かるのだろうか?


『原因が分かった。人族の国、トランがその原因のようだ。経緯は分からないが、生体エネルギーを使用しないことで、世界の原理に近づいたらしい。それを危惧して調整が必要だと判断したのだろう。しかし、あの程度で調整が必要だとは思えない。一度、トランの管理者に問い合わせてみよう』


 トラン? ルハラの南にある国のことだよな? 村長にそんなことを教わった気がする。魔法に頼らない国とか言っていたな。


 それにしても「管理者」ってなんだ? トランを管理している奴がいるのだろうか。


『なんということだ。管理者に問い合わせると、友人が亡くなっているのが分かった。なぜだ。我々は完全ではないが不老不死を実現している。よほどのことがない限り死ぬことはない。何があったのだろうか。これは調べる必要があるだろう』


 なんだか雲行きが怪しくなってきた。不老不死を実現しているって、とても嘘くさい。もしかして創作日記なのか? 魔王様が日記を渡してくれたのは、私をからかっているからなのかな。ありえるな。魔王様は結構お茶目だ。


『どうやら管理者が殺したようだ。巧妙に情報が消されていたが間違いないだろう。楽園計画の障害になると判断されたらしい。しかし、あり得るだろうか。創造主とも言うべき者を管理者が殺すなど。これは皆と連絡を取る必要がある。しかし、他の管理者たちに知られるのはまずい。知られないように連絡をしなくては』


 色々な言葉が出て来てよくわからない。「楽園計画」と「創造主」か。どっちも聞いたことはないが、何を指しているのだろう。


『手遅れだった。私以外、すでに殺されていた。それぞれの管理者が殺したようだ。アイツも私を殺そうとするのだろうか。管理者たちが私たちを不要と考えたならそうなる可能性が高い。なんとか元凶を調べよう。情報を彼に託すのだ。彼ならいつか気づいてくれるだろう』


 物騒なことが書いてあるな。それに気になるのは「彼」かな。誰だろう。


『管理者たちが演算した結果で、私たちが不要という結論に至ったのだと思っていた。だが、調べてみるとそうではない。巧妙に人族を操り、管理者達の演算を都合のいいように導いている存在がわかった。だが、そんなことができるのは同じ管理者だけだ。いったい、どの管理者がそのようなことをしているのだろう。それに他の管理者を出し抜いてそんなことが可能なのだろうか』


 管理者って記述が多いな。えーと? 複数いる管理者の誰かが、他の管理者を都合のいい方に導いている、ということかな。


『エデンにアクセスした情報が残っていた。消されていたが復元した。もしかしたら誘われているのかもしれない。管理者たちが復元できる情報を残すわけがない。だが、罠と分かっていても調べなくては。このままでも私は殺されてしまうのだ。そうなる前に何かしらの情報を得なくては』


 初めて固有名詞が出た気がする。おそらく「エデン」というのは名前だろう。だが、なんのことだろうか。アクセスというのは接続、とかの意味だったかな。


 それに情報の復元とはなんだろう? よく分からないが情報を確認出来たということかな。


『私が調査のためにエデンにアクセスしたことで、管理者たちは私を不要と判断したようだ。これが罠だったのだろう。不老不死のシステムを止められた。もって数日だろう。気が遠くなるほど生きていたから死を怖いとは思わない。だが、計画の行く末を見れないのは死ぬよりも辛い。私たちのしたことは正しいのか間違っているのか、その答えを知らずに死ぬことが私への罰なのだろうか』


 さっきも思ったが、不老不死のシステムって、かなり嘘くさい。真面目に読まないほうがいいのだろうか。


 ん? これで終わりかと思ったら、まだあるな。


『最後の最後で分かったことがある。管理者同士のネットワークに外部からのアクセスがあった。そんなことができるのは彼か、彼の管理者だけだ。理由は分からない。もしかしたら、彼が私たちを不要と考えたのだろうか。彼は私達と別れる前に、人が人を管理するなど間違っていると言った。その結果がこれなのだろうか。例えそうであっても、彼は私達の仲間で友人だ。彼が私達をどう思っているかは分からない。でも彼がいつかこの日記を見たらどう思うだろう。喜んでくれるだろうか、それとも怒るだろうか。その時のことを想像しながら眠りにつこう。長く生き過ぎて少し疲れた』


 ここで終わりか。


 うーん、固有名詞がないから、誰がなんなのかは分からん。もしかすると、彼というのが魔王様のことなのだろうか。


 魔王様は死者を弔うポーズをしていたから、この人に対して思うところが有ったとしても怒ってはいなかったな。なぜか私に罵声を浴びせていいとかおっしゃっていたが、どういうことなのだろう。


 とりあえず読んでみたが、魔王様の言う通り、よく分からなかった。あとで日記の内容について聞いてみよう。


 よし、この本は終わりだ。だが、夕食まで時間がある。追加で何か読もう。


 なんか湿っぽくなったから、次は何か楽しそうな本を読むべきだな。


 爆炎地獄が使える魔道具を売ってる少女なんてどうだろう? 多分、魔道具をつかって悪者相手に無双するんだろうな。これに決まりだ。

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