悲鳴

 

 ベッドから体を起こして、窓の外を見る。今日もいい天気のようだ。


 昨日、寝る前に探索魔法を使っておいたが、危険な奴は近づいてこなかったみたいだな。もしかして、オーク達は狩場でたまたま襲われただけなのかな?


 よし、まずは朝食を食べよう。考えるのはそれからだ。




 食堂にへおりるとテーブルにはリエルがいた。そして、結婚する二人も同じテーブルに座っていた。どうしたのだろう?


「おはよう。こんな朝早くからどうしたんだ?」


「おはようございます、フェルさん」


 話を聞いてみると、お礼に来たらしい。リエルを連れてきたこと。傷を治してくれたこと。主にこの二つに関してお礼をしてきた。


 昨日の夜に来る予定だったが、狼に襲われたこともあって今日になったらしい。


「まあ、無事で何よりだ。結婚式は問題なくできそうだな」


「はい、大丈夫です。そういえば結婚式に使っていい食材を大量に買って来てくれたとか。なんとお礼を言ったらいいか」


 それは私が食べるためだから別に礼なんかいらないな。だが、空気を読んでそれは言わない。


「気にするな。結婚式と言ってもお祭りを兼ねているんだろう? なら料理は大事だ」


 二人は深々と頭を下げてきた。感謝されるのは苦手だ。そして、隣でリエルがニヤニヤしているのがイラっとする。とりあえず、話を変えよう。


「聞きたいことがある。狼に襲われたとのことだが、どんな奴だった?」


「どんな奴と言われても、大きな狼だとしか言えません。ただ、気になったのは、噛まれた割には良く生き残れたな、と」


「どういうことだ?」


「あの大きさの狼に噛まれたのですから死を覚悟したんです。ですが、傷は負ったものの無事でした。あ、その時浮かんだのは君が泣いている姿でね。絶対に死ねない、という強い意思があったから気を失わずに済んだんだよ?」


「貴方が噛まれてうれしいわけじゃないけど、役に立てたのならうれしいわ」


 おう。お互い見つめ合ってゾーンに入った。弱体魔法が展開されている感じだ。そして、ものすごい舌打ちが隣から聞こえた。隣にはリエルしかいないんだが。聖女なのに舌打ちしたのか。


 まあ、それはどうでもいい。男の内容からすると、その狼には噛みちぎるほどの力がなかったという事だろうか? 弱っていた?


 昨日会った大狼はそんなことは無かったな。私は噛みちぎれないだろうが、普通の人族なら十分噛みちぎれるほどの咬合力はあったと思う。


「昨日、夜間だけ襲ってくる狼と会った。だが、そいつの話では襲っていないらしい。この森には他にも大きな狼がいるという話があったりするか?」


 男の方は腕を組んで考えていたが、首を横に振った。


「狼は一体だけしか知りません。ですが、この森にはヌシと呼ばれる魔物が何体かいます。全部を知っているわけではないので、もしかしたらいるのかも知れませんね」


 そうか。一応、どんな奴らがいるか調べた方がいいな。こういう時は冒険者ギルドかな。たまには役に立ってほしい。


「では、そろそろ失礼します。申し訳ないのですが、まだ体が少しだるい感じでして」


「そうか。無理するなよ。狼の件はこっちに任せて結婚のことに集中しろ」


 二人は一礼して外に出て行った。二人が外に出ると、隣から大きなため息が聞こえた。


「俺が二人の結婚式を仕切るのか?」


「嫌なのか?」


「嫌なわけじゃねぇが、当日に暴れるかもしれねぇ」


 その時は見えないパンチ改で意識を奪おう。




 食後、リエルは教会を掃除すると言ったので、広場で別れた。


 ちゃんとシスターしているじゃないか。感心した。いや、まて。これが相対性理論か。危うくリエルの評価をあげるところだった。危ない。


 リエルと別れた後、従魔達を畑に集めた。


 従魔達が集まったところで、スライムちゃん達がいないことに気づいた。亜空間に入れっぱなしだ。昨日からなにか忘れていると思ったが、これのことだった。これはやばい。怒られるかもしれない。


 亜空間から呼び出すと、ポーズを決めて出てきた。四体いるから三体の時とポーズが変わっている。そしてスライムちゃん達が周囲を見渡す。敵がいなかったので、なんだかがっくりしているようだ。


 そして、戦いが終わっていたなら、何で外に出さないんだと怒られた。忘れていた、と言ったらもっと怒られた。


 村の防衛は従魔達でやるから、犯人捜しをお願いします、と言われた。お願いされているのに強制的な感じがする。逆らうつもりはないんだけど、もうちょっとこう、主人を立ててほしい。


 とりあえず、私の持っている情報と従魔達の情報を共有してから解散した。


 さて、これからどうしたものか。


 一度オーク達をあの大狼と会わせて確認してもらう必要があるな。あの大狼はまだグレーだ。ちゃんと確認しておこう。決して子飼いの狼たちに会いたいわけではない。ただ、オーク達はまだ本調子ではない。もう一日ぐらい休んでもらってからにしよう。


 よし、まずは情報収集だ。冒険者ギルドに行ってこの辺の魔物について聞いてみよう。昨日会った狼以外の大狼が森にいるかもしれないしな。




「たのもー」


「フェルちゃん、いらっしゃい。仕事はないよ?」


「知ってる。今日は仕事探しじゃない。森の魔物についての情報を聞きたいのだが、そういう情報はあるか?」


「うーん、そういう情報はギルドの前任者がまとめていたかも知れないね。ちょっと待って。古い資料を探してみるから」


 おお、冒険者ギルドらしいことをしている。そして私も冒険者みたいだ。日記に書こう。


「あ、一応、情報料を取るからね? 魔物情報一体につき大銅貨一枚だよ?」


 まともな情報であることを願おう。




「あったよ! 前任者が作った『境界の森 魔物事典』!」


 カウンターにそれなりに分厚いノートが置かれた。なんというか、ここ最近使われた形跡がない。


「こんなものがあったのか?」


「うん、私も初めて見たよ。……フェルちゃん、そんな目で見ないで」


 まあいい。だが、ディアがこの資料を更新していなかったという事は、一年以上前の資料なんだろうな。問題ないだろう。多分。


「じゃあ、どんな情報が知りたいの?」


「とりあえず、ヌシの情報を知りたい」


「ヌシ? ああ、大狼とかの事だね? ちょっと待ってね。【ページ、ヌシ】」


 ディアがなにかの魔法を使うと本が自動的に捲れて行った。何だ、その魔法?


「その魔法はなんだ?」


「本魔法だよ? ページにヌシって書かれている部分を開いてくれるんだ」


 なにそれ覚えたい。そんな魔法があったなんて知らなかった。本好きなのに。


「後で教えてくれ」


「それはいいけど、この魔法は本好きの人には評判悪いよ? 風情が無いんだって。本は手でめくるのが王道、この魔法は邪道、とか言って禁術指定しようとしている団体もいるんだよ。フェルちゃんは大丈夫?」


 気持ちは分かる。だが、便利だ。とても使いたい。


「大丈夫だ。使うのは辞書や事典とかだからな。流石に小説とかには使う気はない」


「じゃあ、後でね。えっと、ヌシについては四ページあるみたい。一ページで一体だから大銅貨四枚だけどいい?」


「問題ない。頼む」


「ヤトちゃんの手数料以外にもギルドにお金が入ったから、来季のお給料は期待できるかも!」


 ギルド運営の収支がマイナスからゼロになった程度だと思うけどな。そんなんで給料増えるのか? まあ、どうでもいいか。


「よし、じゃあ、ヌシについて早速教えて――」


「キャー!」


 外から悲鳴が聞こえた。

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