呪い

 

 これは襲われたのだろう。なら、やり返していいはずだ。だが、何で私を食べたいのだろう? まさか美味そう?


「一応、聞いてやる。なぜ私を食べようとする?」


「我が呪いを解くには魔族を食うしかないのだ!」


 今度は飛びかかってきた。右の前足で抑えつけようとしたので横に躱す。胴体には届かないので、私を抑えつけようとした足に左フック。狼はバランスを崩すが、空中で横に一回転して着地した後、後方へ飛びのいた。そのまま唸り声をあげて警戒しているようだ。


 呪い、と言ったのか? 魔族を食べれば呪いが解けるのか。面倒くさい呪いだな。だが、本当なのか分からん。念のため、魔眼で見てみよう。あまり良く見なければ頭痛はしないだろう。




 確かに呪いにかかってる。だが、魔族を食べれば呪いが解けるということはないな。


「お前の呪いは、私を食べても解けんぞ」


「戯言を! 呪いをかけた奴が魔族を食えば解けると言ったのだ!」


 なんでそれを信じたのだろう? エルフの時もそうだけど他人のいう事を信じやすくないだろうか? あ、いや、そうか、エルフ達は思考誘導されてたな。まさかコイツもそうなのだろうか?


「それに嘘かどうかは、お前を食べれば分かることだ! 数十年待ったのだ! 我に食われろ!」


「さっきも言ったが断る」


 狼が遠吠えをすると周囲の狼が何匹も取り囲んできた。結構な数がいるな。百匹はいるか?


 さて、どうしたものか。狼は犬っぽいから殺したくはない。どちらかというとモフりたい。


「フェル様、この狼どもをやらないのかニャ?」


 ヤトが問いかけてきた。なんというか、ヤトは緊張感の欠片もない状態だ。まあ、狼たちが何匹いても脅威じゃないからな。


「犬っぽいから殺したくない」


「それは猫なら殺せるという意味ですかニャ?」


 曲解過ぎる。そんなわけないのに。


「変な解釈をするんじゃない。単純に意味がない戦いをしたくないだけだ」


「それは同感ですニャ。でも、そろそろ夕食の時間ニャ。ウェイトレスの仕事が忙しくなる時間ニャ。面倒だから、ぶちのめして帰るニャ」


 そんなにウェイトレスの仕事が好きなのか。私は服を着るのが苦痛だったが。


「犬、掛かって来るニャ。力の差を教えてやるニャ」


 ヤトが挑発した。早く帰りたいのだろう。


「我を犬と呼ぶか! いいだろう、お前は不味そうだが、先に食ってやる!」


「奇遇ニャ。お前も不味そうニャ」


 狼はヤトに向かって高速で噛みつく。だが、ヤトは事もなく躱した。影移動を使うまでもないほど、力の差があるようだ。


 ヤトは亜空間からナイフを取り出すと、一瞬のスキをついて、狼の足を切り付けた。


「そのようなもので、我を殺せるか!」


 うっすらと血が滲んでいるぐらいで、確かに殺せるほどではない。多分、蚊に刺された程度なんだろう。


 その後、狼が何度もヤトに噛みつこうとしたが出来なかった。明らかにヤトの方が速い。


「ちょこまかと!」


 狼はヤトとの実力差が分かっていないようだ。それにあのナイフ。狼には分からないか。


「なんだ? 体が……!」


「ようやく効いたニャ。体が大きいから麻痺毒の効果が出るのに時間が掛かったニャ」


 最初の一撃が決まった時点で、勝負は決まっていたようなものだな。まあ、普通に戦ってもヤトの勝ちだろうけど。


 狼はフラフラと体を揺らした後、地面に倒れた。


「お、おのれぇ!」


 まだ喋れるか。だが、そこまでだな。ヤトは戦闘モードから普通の状態に切り替わっている。すでにやる気はなさそうだ。


「もう帰るニャ。報復にきたら次は殺すニャ」


 客観的に見ると、勝手に狼のテリトリーに入って、ぶちのめした構図だ。なんてアウトロー。何だか申し訳なくなってきた。


 仕方ないな。呪いを解く方法を確認してやるか。頭痛がしても、あとは食事して寝るだけだから、なんとかなるだろう。




 詳しく見たら頭痛が酷かった。だが、分かった。呪いの核になっている物が狼についているようだ。


「おい、呪いを解いてやる。だからもう襲うなよ」


 どうやらもう喋れないようだ。だが、麻痺しているなら丁度いい。


 狼の右耳付近に近づく。耳の後ろに拳ぐらいの黒い物がくっついていた。


「ヤト、これをナイフで刺してくれ」


「これは何ですかニャ?」


「いいから。黒い物以外には傷をつけるなよ」


 ヤトがナイフで黒い物を突き刺す。すると、黒い物からどす黒い血が流れた。うお、気持ち悪い。ヤトも顔をしかめている。


「フェ、フェル様? これは何ですかニャ?」


「簡単に言うと寄生虫だな。見た目はちょっと大きなダンゴムシなんだが」


 ヤトにものすごく嫌そうな顔をされた。すまん。私はやりたくなかった。


「フェル様は猫に厳しいニャ」


 ヤトはナイフを勢いよく地面の方に払い、寄生虫をナイフから離した。やり方が怒っている感じだ。


 後でヤトには謝罪しよう。今は大狼だ。


「言葉は聞こえているだろう? お前に寄生していた虫は殺した。これで呪いは解けた」


 一応、魔眼で見たら呪い状態は解けていた。これで問題は無いはずだ。


 大狼は動けないが、目は驚いているようなので理解はしていると思う。なら説明しておこう。


「この寄生虫は、昼間にお前を眠らせて、体を自由に操っていた。夜は活動を停止して、お前に意識が戻る仕組みだ。そして、寄生虫を媒体にした呪いは『魔族を見たら噛みつけ』だ。誰がお前にこんな寄生虫をくっつけたか知らないけどな」


 とりあえず、呪いも解いたし、説明もした。義理は果たしたといえるだろう。


「じゃあ、そういうことで帰る。麻痺に関しては、二、三時間で解けるはずだからそのまま横になってろ」


 帰ろうとすると、子飼いの狼たちが迷いながらも道を空けてくれた。いい子だ。モフりたい。


 だが、今はそれどころではない。


「ヤト、怒らないでくれ。新しいナイフを買ってやるから。そうだ、ミスリルで作っていいぞ?」


 狼と戦うよりも、村に帰るまでヤトをなだめる方が大変だった。最終的に尾頭付きの魚を奢ることで許してもらえた。

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