魔王と勇者
ボックス席から動きそうにないヴァイアを無理やり連れて部屋に来た。
どうやら四人部屋のようだ。ベッドが四つある。
「なんで四人部屋を借りたんだ?」
「この部屋は昨日、ノストさんが用意してくれたんだ。町に来た理由を話したら、フェルちゃんと護衛対象のリエルちゃんも同じ部屋の方がいいからって用意してくれたんだよ。あ、宿泊費もノストさんが出してくれるそうだよ。いい人だよね、ノストさん」
それはいい奴だな。だが、宿泊費は経費で払えると思うからノストに支払わせるのは悪い気がする。立て替えてもらったということにしよう。
「わりぃんだけど、先に風呂入っていいか? よく考えたら牢屋に入れられていたから、しばらく風呂に入ってねぇんだよ」
「早く入れ」
匂ったりはしなかったが、嫌な気分なのは分かる。私も昨日は風呂に入っていない。早く洗いたい。
「フェルちゃんも次に入りなよ? 昨日は牢屋だったんでしょ?」
「ああ、そうさせてもらう。その前にちょっと亜空間の整理だ。色々買い過ぎた」
「私も色々買ったから整理しようかな」
しばらく経つと、浴室からリエルが出てきた。
「待たせたな。久々だから長く入っちまったぜ」
リエルは普段着ている修道服やヴェールを脱いで、ローブだけの恰好だ。相変わらず、見た目だけはいい。見た目だけは。
「わあ、リエルちゃん、綺麗な髪をしてるね! 肌も綺麗だし、女神教の女神様みたいだよ!」
「当たりめぇだろ。いつ、いい男と会うか分からねぇんだ。女なら常在戦場の気持ちでいねぇとな! 一瞬の油断が出会いを無くすんだぞ」
そういうものだろうか? まあ、いいけど。ヴァイア、メモは取らなくていいと思うぞ?
「じゃあ、次は私が風呂に入る」
そう言ってから、浴室に入った。しっかり洗おう。
浴室から出ると、リエルがヴァイアに何かを教えていたようだ。
「何してたんだ?」
「恋愛道を教えてやってたんだよ」
恋愛道ってなんだ? ヴァイアがメモを取っていたようなので見せてもらった。
「男は狼だが、女は捕食者である」
「嘘は突き通せば本当になる」
「女はすべてが許される」
「偽装、罠、捕縛」
「一撃必殺」
なるほど。恋愛に疎い私でも分かる。ろくなことが書かれてない。
「ヴァイアに変なことを教えないでくれないか」
「変な事なんて教えてねぇよ。恋愛時の心構えだろうが」
どちらかというと狩りな気がする。……いや、恋愛とは狩りなのか?
「リエルちゃん、すごいよね! ちなみにどれぐらいの戦績なの?」
沈黙が辺りを包む。どうやら、それは聞いてはいけない事だったようだ。
ヴァイアも何かを察して、メモを亜空間にしまってから浴室に入った。
「恋愛道は厳しいんだよ……」
その道が間違っているだけだと思うがな。
リエルと雑談していたら、ヴァイアが浴室から出てきた。
ヴァイアは髪を三つ編みにしているから分からなかったが、結構、髪のボリュームがあるな。なかなか、乾きそうにないから大変だ。
と、思っていたが、ブラシを通すと髪がすぐに乾いていった。どういうことだろう?
「ヴァイア、髪が乾くのが早くないか?」
「え? あ、これだよ。このブラシに温風の魔法を付与したんだ。便利だよ?」
借りてみると、ブラシから暖かい風が出ていた。すごいな。私は髪が短い方だからあまり気にならないけど、髪が長い奴なら欲しがるんじゃないかな?
「おー、俺にも貸してくれよ」
リエルがブラシで自分の髪を通すと、こちらもすぐに乾いた。
「こりゃいいな! 売ってくれ!」
「じゃあ、新しいのをあげるよ。同じ村に住む、ご近所さんだからね」
「マジか! 大事にするぜ!」
リエルは大喜びだ。ヴァイアもいい奴だな。ノストが絡まなければ。正直、くっつくなり、玉砕するなりしてほしい。
さて、そろそろ寝るかな。その前に日記か。今日は書くことが多いな。
「なあ、フェル、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「なんだ? 手短にしてくれ」
これから日記も書く必要がある。あまり遅くまで起きていたくない。
「雑貨屋の婆さんに言っていた話だ」
「魔族の話か? あれは嘘じゃないぞ」
「そこは疑ってねぇよ。聞きたいのは別のことだ」
別の事か。なんの事だろう?
「勇者のことだ。たしか勇者を魔王が倒したと言っていたよな?」
「ああ、そう言った。私もその場にいたからな。間違いない」
リエルは何か考え込んだ。何か問題なのかな?
「勇者は女神教の総本山であるロモンの聖都にいる。ここ数十年、勇者はその地を離れたことはねぇ。魔界に行けるはずがねぇんだが?」
「そうなのか? でも、数か月前に勇者が魔界に来たぞ。そういえば、ノストが以前、五十年前の勇者が女神教にいるとか言っていたような気がする。良く知らんが、勇者って何人かいるのか?」
「何人もいるわけねぇだろ? 女神教に選ばれた勇者は、その世代世代で一人だけだ」
「なるほど。じゃあ、そいつは私が言う勇者じゃない。自称勇者だな」
リエルが呆気にとられた顔になった。
「じ、自称?」
「そうだ。多分だが、そいつは一人で魔族を殺せるほどの実力はないと思うぞ」
リエルが変な顔をした上に、口が開きっぱなしだ。笑わすな。その願いが通じたのか、リエルは急に真面目な顔になった。
「女神教の信者には絶対に言うなよ? 魔族とか関係なく襲われるぞ?」
「勇者以外に襲われたところでどうなるわけでもないが、言わないでおこう。面倒くさいからな」
さて、もうこんな時間だ。早く日記を書かないと睡眠時間が削られる。
「私もちょっと聞いていい?」
黙って聞いていたヴァイアが律儀に手を上げて質問してきた。仕方ないな。
「フェルちゃんの言う魔王さんは、人族と友好的な関係を結ぶ方針にしたんだよね?」
「そうだな」
「魔王さんが寿命で亡くなったりしたら、その方針はどうなるの?」
「おう、そこは俺も聞きてぇな」
魔王様が亡くなった後か。そんな先のことを聞いてどうするんだろうか?
「次の魔王が現れるまでは、その方針でいくと思うぞ。次の魔王がどういう方針にするのかは知らん」
二人とも黙ってしまった。どうした?
「なんだよ、じゃあ、俺達の世代が仲良くなっても、次世代の魔王がまた人族を襲う可能性があるのかよ?」
「そうだな。可能性はある。だが、勇者のことは何とか出来そうだから、魔族が人族を襲う方針にはならないと思うぞ」
「今回は魔王さんが勇者さんを倒せたんだよね? あ、もしかして、勇者さんの弱点が分かったとか?」
勇者の弱点か。そんなものはない。だが、いままでの記録を調べて分かったことがある。それを二人に言ってもいいものか。うーん?
まあ、いいか。二人が知ったところで問題ないだろう。
「勇者に弱点はない。今回は魔王様が実力で勝てたが、おそらく今後の魔王は勇者には勝てないと思う」
「そうなんだ。でも、それじゃ、勇者さんをなんとかできないよ?」
「そうなんだが、これまでの魔王と勇者の戦いで分かったことがある。勇者は魔王を倒すと、一週間以内に必ず死ぬんだ」
二人とも動きが止まった。聞いてたよな? もう一度、言った方がいいのか?
「えーと、つまり、どういうことだ?」
あれ? 難しいことは言ってないよな?
「言った通りだ。魔王を倒した勇者は近いうちに必ず死ぬ。魔族が勇者に殺されていたのは、魔王を守ろうとして殺された、という状況でしかなかった。つまり、魔王が勇者にさくっと殺されれば、勇者もすぐに死ぬから、魔族に被害が出ることはない」
私の導き出した結論がこれだ。本当にその結果になるかどうかは分からんが、おそらく間違いない。片っ端から過去の記録を見て調べたからな。
「これなら勇者からの被害は魔王一人で、魔族の大半が生き残る。勇者が魔族にとって脅威でないなら、人族を襲う理由もなくなるわけだ」
二人とも何故か悩みだした。ちょっと唸ってる。
「でも、それじゃ魔王さんが嫌がるでしょ? 死んじゃうんだよ?」
「魔王とは、魔族の王だぞ? 自分ではなく、民の事を優先することは王として当然だろう? 魔界にいる魔族なら、全員同じ考えのはずだ」
「魔族の事は良く分かんねぇから何とも言えないが、この事って魔族は知ってるのか?」
「知ってる。一度、それを試そうとしたからな。結局試せなかったが」
また、二人が唸りだした。悩むなら寝てからにしてほしい。
「もういいか? 次の世代がどういう状況になるか分からんが、未来のことは未来に生きる奴等が考えればいい。私達は出来ることをすればいいんだ。それがいい未来につながる可能性があるからな」
いいことを言った気がする。ここはドヤ顔しよう。そうしたら二人から拍手された。ちょっと馬鹿にされている気もする。
「フェルちゃんの言うとおりだね! 未来のことを悩んでも仕方ないよ! ここは押しの一手で行くよ!」
今までの流れとはまったく関係ないことを言ってるな? 玉砕しても私のせいにするなよ?
「俺も女神教に迷惑が掛かるかと思って自重していたが、そんなことは未来の女神教が何とかすればいいよな! これからはもっとアクティブに行くぜ!」
変な解釈してないか? 私はそんなことを言ってない。それは単に無責任なだけだろうが。大体、これまで自重していたことに驚きだ。
もう、いいや。日記を書いて寝よう。疲れた。
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