武装
カブトムシが荷台をつかんで空を飛んでいる。その荷台に乗っているのが私だ。
なんでこんなことに。空を飛ぶと言うのは確かに夢の一つではある。でも、これじゃないだろう。鳥のように飛ぶのが夢なのだ。
これはどう見ても大きなカブトムシが餌を運んでいるような感じにしかならない。
確かにカブトムシに運搬サービスを頼んだ。でも、最初にエルフの村から運んでもらった時のように、地面で荷台を引っ張るようなことだと思うじゃないか。
飛ぶのが分かっていれば頼まなかった気がする。いや、絶対に頼まない。
有り体に言うと怖い。あまり荷台は揺れないけど超怖い。
落ちたらどうしよう? 魔法障壁の重ね掛けで地面衝突のショックを和らげる? それとも送風の魔法を使って華麗に降り立つような方法をとるか?
今度、自力で飛ぶ方法を考えよう。念動魔法で自身を動かすとか、暴風を纏って浮くとかだろうか。これは研究が必要だな。
「フェルちゃん! 北に山が見えるよ! あそこには龍神さんがいるらしいけど本当かな!?」
ヴァイアは空を飛んでからテンションが高い。落ちたら危ないとか思わないのだろうか。意外と度胸あるな……胸の大きさと度胸は関係ないよな?
「ヴァイア、落ちたら危ないから少し落ち着け」
「え?! なに?! 聞こえない!」
カブトムシの羽音がうるさくて、ヴァイアには私の声が聞こえないようだ。運搬サービスをするならこの辺を改善しないとな。あと落下対策や寒さ対策も必要だな。安全対策がロープだけって、荷台ごと落ちたら意味ないと思う。
「あ! カブトムシさん! あそこの少し開けた場所に降りて!」
なんだ? ヴァイアが指でさしたところには、確かに森が開けた場所があるけど、あそこに何かあるのだろうか? もしかして昼食か?
開けた場所の上空でカブトムシがホバリングした後、ゆっくりと下降した。そして荷台が大地に着地した。
地面がある。荷台を下りて大地を踏みしめる。生きてるって素晴らしい。この感動を日記に書いておこう。
「フェルちゃん! 楽しかったね!」
「私は生きた心地がしなかったが」
「空を飛ぶなんて貴重な体験だよ? 怖がっている場合じゃないよ!」
ポジティブだな。しかも、まだテンションが高い。逆に泣かれても困るから、これはこれで問題はないけど。
「少し落ち着け。ところで、何でここに降りたんだ? 昼食か?」
ヴァイアは数回深呼吸をして落ち着きを取り戻したようだ。
「うん、落ち着いた。えっと、ここに降りた理由? 昼食も理由の一つなんだけど、本来ならここが村から一日かけて来ることができる野営場所なんだ」
「まだ昼だろ。半日も掛からずに一日の距離を進んだということか?」
「そうなるね」
なんと。カブトムシのスピードはそんなに速くなかった気がするけど。もしかして、地上の道は曲がりくねっているのだろうか? 直線距離ならそんなに距離はないのかな?
しかし、どうするべきか。今日、ここで野営するべきか? このまま飛んでいけば、今日中にリーンの町へ着きそうな気がする。ヴァイアに聞いてみるか。
「このままリーンの町に向かった方がいいか? 今日中に着くかどうかわかるか?」
「そうだね。カブトムシさんの飛行能力なら今日中に着くと思うよ。カブトムシさん、すごいよね」
カブトムシが照れてる。角を振り回すな。危ない。
よし、今日中にリーンまで行くか。リーンまで二日は掛かると思っていたけど、うれしい誤算だ。出来るだけ早めに依頼を終わらせたいからな。
「今日中にリーンまで行こう。食事を取ったら出発だ」
「うん、わかったよ」
さて、お弁当を食べよう。ヴァイアの分も作ってもらったから、ヴァイアにはそれを渡す。カブトムシの弁当はない旨を伝えると、「その辺の樹液を吸うので問題ありません」とかいって、近くの木に抱き着いた。シュール過ぎてあまり見たくない。まあ、良いか。お弁当を食べよう。
食後の余韻を楽しんでいたら、ヴァイアが立ち上がって荷台の周りをウロウロしだした。何をしているのだろう?
「空を飛ぶときの問題点を改善しようと思って」
その言葉を聞いて、食事中のカブトムシも近寄ってきた。
「まず、飛んでいる時はかなり寒いよね。とりあえず、簡易結界を張って寒くないようにしよう」
なにか金属の板を取り出して、それに結界の魔法を付与した。さらにその金属を荷台に取り付けたようだ。
「次は、カブトムシさんの羽音がうるさいよね。防音の魔法を付与しようか」
今度は金属の腕輪を取り出して、防音の魔法を付与した。
「カブトムシさん、空を飛ぶときは、この防音の腕輪に魔力を通してね。羽音だけシャットアウト出来るから」
なんでそんな簡単にそういう術式を組めるのだろうか? 頭が良い奴はどこかおかしいよな。
ヴァイアはできた腕輪をカブトムシの足につけた。カブトムシが「こんな高価なものは受け取れません」と言ったので、私がヴァイアに通訳してやった。
「気にしなくていいよ。私が快適に空の旅を楽しみたいだけだから。それにこれからはこれでお仕事するんでしょ? 出来るだけ快適にして、お客さんを増やさなきゃね!」
カブトムシが感動して震えてるぞ。コカトリスといい、カブトムシといい、ヴァイアには魔物たらしの才能があるな。そのうち、調教スキルとか覚えるかもしれん。
「じゃあ、次は空で襲われたときの対ショック魔法障壁と、迎撃用の雷槍、魔物探索用レーダーを……」
「待て待て、ちょっと待て。そこまでしなくていいから」
ヴァイアは何をしようとしているのだろうか。カブトムシも目を輝かせるな。
「でも、フェルちゃん、空で魔物に襲われたら危ないよ?」
「このカブトムシが空で一番危ない魔物になりそうなことに気づけ」
「大丈夫だよ。フェルちゃんの従魔でしょ? 悪い事はしないに決まってるよ。それにこれぐらいは標準装備だよ」
なんで私の従魔だとそういう評価になるのだろうか。それにどちらかというと、私の従魔ではなく、ジョゼフィーヌの従魔だ。
カブトムシも「絶対に悪い事には使いません。それにこれぐらいの装備がないと、乗客を守れません」という意志の強い言葉を発した。
あれ? 私の感覚がおかしいのだろうか? 過剰戦力なのでは? ワイバーンとかグリフォン並みの強さにならないか? うーん?
悩んでいたら、すでに武装が終わっていた。だから、そういうのを簡単に作るな。
「よーし、これで快適で安全になったね! 早速リーンに向かおう!」
もう、やっちゃったものは仕方ないよな。なんとなく腑に落ちないけど。
とりあえず、荷台に座って、ロープで荷台に体を固定した。カブトムシが念入りにロープをチェックしてから、覆いかぶさるように荷台を持って飛び上がった。
確かに最初よりずいぶん快適だ。寒くないし、羽音も聞こえない。これなら商売になるかな?
「魔物に襲われないように幻視によるカモフラージュとかした方が良いかな? ステルス機能とか必要だよね?」
もしかしたら、ヴァイアに魔法付与が出来ることを教えたのは間違いだったのかもしれない。まあ、手遅れだよな。色々諦めよう。
「あ、フェルちゃん、リーンの町が見えたよ!」
随分早いな。まだ三時ぐらいだぞ? 宿とか探す時間も必要だから丁度いいけど。
森を抜けてから、東に五キロメートルぐらいの場所だろうか。結構大きな町がある。町が壁に覆われているようで防衛力は高そうだ。
それに壁には何か大きな弓のようなものが付いている。あの弓はバリスタとか言うやつだっけ?
なんだろう? 狙われている気がする。あまり、近すぎるのは良くないな。この辺りで降りて、町まで歩いていくか。
「この辺りに降ろしてくれ。これ以上近づくと、あの弓で撃たれる可能性が高い」
「撃たれても大丈夫だよ。魔法障壁を展開してるから」
「そういうことを言っているんじゃない。余計な問題を起こさないようにしたいだけだ」
「気付かれている時点で問題だと思うよ?」
そういうことは、もっと早く言って欲しかった。
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