リーンの町へ
目が覚めたので、早速準備に取り掛かろう。
準備とは言っても、服を着るだけだ。他の荷物は全部、亜空間に入っている。あとは、ニアに頼んだお弁当だけ受け取れば完璧だ。
換気のために窓を開けると、外はいい天気だった。いい出発日和だ。ふと村の広場を見ると、アンリがお出かけ用の服を着て、木剣の素振りをしている。見なかったことにしよう。気にしたら負けな気がする。
さて、まずは朝食だ。
食堂におりると、ニアとロンとヤトがいた。珍しく三人そろっている。もしかして見送りか?
「三人ともおはよう」
「おはよう。お弁当出来てるからね。忘れずに持っていきなよ」
「おう、おはようさん」
「おはようございますニャ。今、朝食をお持ちしますニャ」
ニアが弁当をいくつか持ってきてくれた。お金を渡してお弁当を亜空間にしまう。今日のお昼が楽しみだ。
その後、ヤトが朝食を持ってきてくれた。どうやら今日はパンとサラダとゆで卵だ。今日こそはゆで卵の殻をツルリと剥ける気がする。
卵の殻との勝負は次回に持ち越しだ。出発前で焦ったのが敗因だな。明鏡止水の心でやるべきだった。いつか勝って見せる。
よし、食事も終わったし、ヴァイアを連れて出発するか。
食堂を出て広場に行くと、結構な人が居た。もしかしてコイツ等も見送りをしてくれるのだろうか。それなのに、なんで私の従魔達はいないのだろう。ちょっと寂しい。
私を見ると、すぐにディアが近寄ってきた。
「フェルちゃん、ちょっとギルドカード出して」
「どうするんだ?」
亜空間からギルドカードを取り出して、ディアに渡した。
「このカードを依頼受注中の状態にするんだよ。こうしておくと、依頼中に使った経費がこのカードに記録されるんだよね。変な出費は経費にならないから気をつけてね」
なるほど。これなら領収書はいらないな。カブトムシからどうやって領収書をもらうか悩んでいたところだ。ありがたい。
「それと、ギルドカードでお金の支払いができるようになるよ。持っているお金以上の出費が必要な時に使って。ブロンズランクだと、支払いに使えるお金の上限が低いんだけど、フェルちゃんは無制限だからね。これが専属冒険者の特典だよ!」
初めて聞いたんだけど。だが、そういう使い方が出来るのか。それほどお金を使う予定はないが、いざという時は使わせてもらおう。
「わかった。初めて冒険者ギルドの恩恵を受けた気がする。ありがたく使わせてもらおう」
ディアがカードに触れて魔力を通すと、淡く光った後に「依頼受注中」の文字が浮かび上がった。
「これで完了だよ。絶対、絶対、絶対に対象を見つけて連れて来てね!」
絶対を三回も言った。依頼に失敗したらどうなるか分からんな。
ヴァイアも準備が整ったようだ。しかし、思ったより軽装だな。売り物を持っていくはずだったのだが。
「売り物? それなら収納の魔法を付与した魔道具を複数作って、その亜空間に全部入れてあるよ。その魔道具をさらにこのポシェットの亜空間に入れてあるんだ」
それって、実質、無限に持てるということではないだろうか。私の空間魔法よりも使い勝手が良いのは何でだろう。まあ、いいけど。
「ところで、カブトムシさんに連れて行ってもらえるんだよね? あ、この荷台かな?」
確かに荷台があるが、引っ張るための紐が無いな。まさか押すのか?
それに荷台にあるシーツは何だろうか。ヴァイアの荷物がないなら、荷台に何かがあるわけないのだが。
シーツをめくってみると、アンリが木剣を抱えて横になっていた。
「何をしている」
「不思議。気が付いたらここにいた。転移魔法を使えたのかもしれない」
「嘘をつくなら、もっとましな嘘をつけ」
アンリは一度目をつぶり、深呼吸してから目を開けた。
「リーンに連れて行って。おじいちゃんが危篤。薬が必要だから買ってくる」
荷台の傍にいる村長を見ると元気そうだ。嘘じゃないか。
「ましな嘘をつけば、連れていくという意味で言ったんじゃないぞ。まず、嘘をつくんじゃない」
「わかった。本当のことを言う。リーンの町に行きたい。連れて行って」
「駄目だ」
「どうしたら連れて行ってくれるの? 人質が必要?」
「やめろ」
これは埒が明かないな。だが、こういう時の対処法を知っている。
二回、手を叩いた。
そうすると、村長の家からアンリの母親が出てきた。私と目が合うと一度頷いた。そしてアンリを見つけると、荷台から有無を言わさずに抱きかかえた。アンリはもう動けないようだ。母は強い。
「アンリ、今回はどういう状況なのか分かっていないから危険かもしれないんだ。行くなら別の機会にしてくれ。代わりにお土産を買ってきてやる。何がいい?」
こうでも言わないと付いてくるかもしれないから、これで妥協してもらおう。
「ならブロードソードがいい。材質はミスリルかオリハルコン。大きさはこの木剣ぐらい」
「分かった。買ってくるから大人しくしていろよ」
「約束する」
相場は知らないが、武具店に行けば売っているだろう。……なんで皆は私を残念そうに見るのだろうか。
さて、これで準備は問題ないな。あとはカブトムシが来るまで待てば良いか。とりあえず荷台に座っていればいいかな。
そうすると、カブトムシがやってきた。ジョゼフィーヌも一緒だ。
ジョゼフィーヌがロープを取り出して、私とヴァイアを荷台に括り付けた。「安全対策です」と言ったが、なんの安全対策なんだろう?
「えっと、じゃあ、行ってくる」
「よろしく頼むぞ」
「お気をつけて」
「絶対に見つけてきてね!」
「無理するんじゃないよ」
「気を付けてな」
「いってらっしゃいませニャ」
「約束は守る」
女神教の爺さんや村の奴らが色々声をかけてくれた。いい奴らだ。
ジョゼフィーヌが合図すると、カブトムシが荷台に覆いかぶさるような体勢になった。足で荷台をしっかり押さえているようだ。どういうことだ? この体勢で運ぶのか?
一瞬、大きく荷台が揺れるとエレベーターに乗ったときのように宙に浮く感覚があった。
というか、浮いてた。
「フェ、フェルちゃん! 飛んでる! 飛んでるよ!」
カブトムシって飛ぶんだな。一つ賢くなった。でも、体験はしたくなかった。
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