術式

 

 ヴァイアと宿の食堂にやってきた。


 ヤトが元気に掃除をしている。鼻歌まで歌ってご機嫌だ。こちらに気付くと近寄ってきた。


「フェル様、ヴァイア様、お疲れ様ですニャ」


 ヴァイア……様?


「もー、ヤトちゃん、私に様なんてつけないでよ、呼び捨てでいいから」


「フェル様と同等な方なので、それは出来ませんニャ。それに魔道具を頂いたので頭が上がらないニャ」


 ヤトに何の魔道具が必要なのだろうか? 空間魔法も探索魔法も使えるのに。


「ヴァイアから何の魔道具を貰ったんだ?」


「このホウキですニャ」


 ヤトが掃除に使っていたホウキを見せてきた。何の魔法が付与されているのだろうか? よく見てみよう。




 重力魔法による吸引と空間魔法による収納か。なんだこれ?


「このホウキで掃くとゴミを吸引して亜空間に入れるニャ。チリトリを使わなくて楽ニャ」


 ゴミを取るのに魔法使うのか。普通のホウキじゃだめなのか? 掃除というのはホウキとチリトリでゴミを追いつめるのが楽しいと思うのだが。


「そのホウキ、どうかな? 問題ない?」


「吸引できるものをもう少し限定してもらえるとありがたいニャ。今だと、ゴミ以外も吸い込むニャ」


「そっか、ゴミ以外を吸い込まないように重力魔法の術式を考えないとね。でも、ごめんね、ヤトちゃん。その対応はすぐには出来そうにないよ。二週間は掛かると思う」


「問題ないニャ。これでも十分ニャ。あ、昼食ですニャ? 料理を持ってきますのでお待ちくださいニャ」


 厨房へ行こうとするヤトをヴァイアが引き留めた。


「あ、ヤトちゃん。食事の前にニアさんを呼んでくれるかな。ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」


「分かりましたニャ。呼んできますのでちょっとお待ちくださいニャ」


 ヴァイアがちょっと聞き捨てならないことを言ったな。とりあえず椅子に座って話すか。


「魔法の術式を考えると言っていたが、術式を変更できるのか?」


「え? 出来るよ? なんで?」


 なにを簡単に言っているのだろうか。


 基本的に魔法はオリジナルの術式を使うだけだ。術式をイメージして魔力で変換、もしくは術式のイメージを魔力と共に言葉に乗せる。それが魔素に反応して現象が起きる。これが魔法の仕組みのはずだ。


 術式を変更するということは、オリジナルの術式を変更しつつ、それでいて理論的な術式を再構築しないといけない。いい加減な術式では魔素が反応せず、魔法が発動しないからだ。その再構築が難しいのだが。


「術式を変更するなんて難しいだろう?」


「そうなの? 私の場合、魔法が使えなかったからね。なんとか使えるように知識だけは沢山詰め込んだんだ。今では魔法の術式を全部理解してるよ。だから、ちょっとした術式の変更ならどの魔法も出来るよ」


 マジか。私でもそんなこと出来ないのに。精々、魔法書に書かれているカスタマイズされた術式を真似る程度。探索魔法の条件指定とか、それぐらいしか出来ない。


 今日はヴァイアに驚かされっぱなしだ。魔法が使えないだけで優秀なんだな。しかもその魔法が使えないデメリットも魔法付与のおかげで帳消しな部分がある。


 そういえば、教会にある女神像も念話が使えるが、時間と場所を固定して魔力消費を抑えている。あれも術式を変更して付与しているのだろう。ウルなんかも火球や水球の威力を落として連射していた。もしかして、人族は魔法の術式を変更するのが得意なのか?


「魔法の術式変更って、人族なら誰でも出来るのか?」


「誰でもじゃないけど、魔法学校に通ったことがあるなら術式理論を教わるから、出来る人は多いと思うよ」


 これは魔界に持ち帰りたい技術だ。魔法を術式で調整できるならもっと魔界の生活が良くなるかもしれない。


「あとで術式理論を教えてくれないか?」


「私に教わるより、本を読んだ方が早いよ。私の本を貸そうか? あとはリーンの本屋さんで買うこともできるけど」


 とりあえず、本は借りよう。それに本屋か。これは行ってみなくては。術式理論以外でも面白そうな本があったら買おう。いくらぐらいするのかな? 安いといいのだが。


 ニアとヤトが厨房からやってきた。ニア、料理中だとは思うが包丁は置いて来い。危ない。そんなことしなくても厨房や食堂で料理人に逆らう奴はいない。ニアはどうかしらないが、料理人は元特殊部隊の奴が多いからな。


「私を呼んだって聞いたけど、なんだい?」


「ニアさん、これを作ってみたんだけど使えるかな?」


 泥落としマットと保温可能な弁当箱と水筒を見せて、ヴァイアがニアに説明した。


「マットは問題ないね。ぜひ、使わせてもらうよ。さっそく入り口に置こうかね。ただ、弁当箱と水筒は使い捨てじゃないね? 店でこれらを提供しちまうと、弁当箱や水筒を持って帰ってくるのが面倒かもしれないね」


「そっか。ニアさんのお弁当箱や水筒は土に埋めると、そのまま土に還るエコ仕様だっけ。持って帰ってくる場合は手間が掛かっちゃうのか」


 私は空間魔法が使えたからエルフの森に持って行った弁当箱も持って帰ってきたが、土に埋めるのが正解なのか。魔法も掛かっていないのにすごいな。


「じゃあ、お弁当箱に転移の魔法も付与して、食べ終わった後に宿に戻ってくるようにしようか?」


 ヴァイアは何を言っているんだろう? お弁当箱にそんな高機能をつけてどうする。というか、転移って難しいぞ。空間座標の計算とか。


「えい! これで良いかな?」


 なんだと?


 ヴァイアが弁当箱に魔力を通すと、弁当箱が消えて、厨房の方からなにかが水に落ちた音がした。


 皆で厨房の方に行くと、食器洗いの水溜桶にヴァイアが持っていた弁当箱が沈んでいた。


「うまくいったけど、これじゃ駄目だね。場所を限定しても魔力の消費が激しいや。魔力の少ない人には無理かも。それにお弁当箱の魔力強度が低いからヒビが入っちゃった」


 なんだろう、理解が追い付かない。転移の場所を厨房の水溜桶に限定したのか? 転移魔法の術式を変えて付与したというとだよな? というか座標計算もしたのか? あの短時間で?


 ヤトの方を見ると、顔は普通だが、尻尾がピンと上を向いている。明らかに驚いている。よかった、仲間がいた。


「ヤト、見えない場所に転移とかできるか?」


「そもそも私の魔力では、転移自体が無理ですニャ。でも、ヴァイア様の術式なら、場所を限定すれば魔力の消費を抑えられると言うことかニャ? それなら私にも使えるのかニャ?」


 どれだけ魔力を抑えられるか知らないが可能性はあるよな。というか、私も視線の先以外に転移出来るということか? すごいな。


 その後もヴァイアとニアは話をしていたが、お腹が減ったので食事の用意をしてもらった。




 食堂のテーブルに座り、魔法術式について雑談しながら食事を待っていたらディアが来た。私達を見るなりこちらに近寄ってきた。


「ここで食べるなら私も誘ってよー」


「ごめんね、ディアちゃん。ちょっとニアさんに荷物を持ってきて、そのままお昼になっちゃったから誘うのを忘れてたよ」


 相席してきたディアがテーブルの上の紙をみて首を傾げた。


「なにこれ? ミミズの模写?」


「魔法術式の記述だ。ヴァイアに教わっていた」


 なんでミミズを模写しなくてはいけないのだ。模写するならワンコにする。


「あー、私もヴァイアちゃんに教わったことがあるよ。三分で寝たけど」


「うん、目を開けたまま寝るって一種の才能だよね。寝られた悲しさより、驚きの方が強かったよ」


「やだなー、褒めないでよ。照れちゃう」


 褒めてないぞ。……褒めてないよな?


「フェルちゃん。言っておくけどヴァイアちゃんはおかしいから。人族が皆こうだと思わないでね」


「ディアちゃん、酷いよ!」


「いや、私もヴァイアがおかしいのを丁度分かったところだ。術式理論はともかく、術式の組み立てが異常に早い。明らかに思考速度がおかしい。なんで空間座標の計算が瞬間的に出来るんだ。そんなの真似できるか。化け物め」


 私が能力制限を解除した時の思考速度より早い。いや、思考速度というか演算速度が速いのかな? どっちでもいいが、結果的に見えない場所への転移は無理だということが分かった。あれはヴァイアしか出来ない。


「フェルちゃんも酷いよ!」


「私は褒めたんだぞ」


「え、あ、そうなんだ? ごめんね、大きな声出して」


「私も褒めたんだよ?」


「ご、ごめんね? よーし、お詫びに今日は二人に昼食奢っちゃうよ!」


 ヴァイア、本当に詐欺とか気をつけろよ。頭の出来はいいのに、ころっと騙されそうだ。

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