常識
広場に着くと、そこにはミノタウロスが二体いた。あと、オークとコカトリスもそれぞれ二体ずつ居た。なんだ、コイツ等?
「フェ、フェルちゃん! 村に魔物が襲ってきたよ! 助けて!」
ギルドの入り口からディアに助けを求められた。この村が襲われているのか? なら助けなくては。
「ここを襲うというなら私が相手だ」
それなりに強そうだが、私の相手ではない。
ミノタウロスやオークは、巨大な斧や槍を持っているが、当たらなければ脅威ではない。コカトリスの石化ブレスは面倒だが、生活魔法の送風でなんとか防げる。村の奴らは家に逃げ込んでいるし、多少暴れても問題ないだろう。よし、殴るか。
と、思ったら、ミノタウロスが斧を地面に置き、両手を上げて降伏のポーズをした。オークも同じように両手を上げているし、コカトリスは鶏と蛇の両方の頭を地面につけてひれ伏している。何をしているのだろう?
ミノタウロスの一体がゆっくりとした動作で、懐から紙を取り出して渡してきた。なにか書いてあるように見える。読め、ということだろうか?
紙を見るとこう書かれてあった。
『牛、豚、鶏を送ります。魔界でも選りすぐりの精鋭です。戦いの役に立ててください。総務部人事課』
まず、ミノタウロスを見る。頭は牛だな。
そして、オークを見る。頭は豚だ。
さらに、コカトリスを見る。全体的に鶏だ。だけど尻尾が蛇だ。いや、蛇が頭で鶏の頭が尻尾なのだろうか。どうでもいいけど。
牛と豚と鶏に見えなくはない。間違ってはいないのだが、考えていたものと違う。
落ち着こう、クールだ。怒っては駄目だ。深呼吸だ。手のひらに人という文字を書いて飲むのだ。……人を飲むのはオーガだから、リンゴにしよう。
落ち着いたけど眩暈がした。
大きくため息をつくと、ミノタウロス達がビクッとなった。いや、お前たちが悪いのではない。私の依頼の仕方が悪かったのだろう。とりあえず、魔界に連絡しなくては。
「お前たちはちょっとこの広場で待ってろ。絶対に暴れるなよ」
魔物達はコクコクと首を縦に振って、広場の端っこの方に移動して膝を抱えて座った。コカトリスは普通に座った。
「フェルさん、これは一体どういう状況なのですかな? フェルさんのお知り合いですか?」
槍を持った村長が来た。どう説明すれば良いのか。酪農用に家畜を呼んだら魔界からコイツ等が来たと言ったら、なんと思われるだろう? 魔族って馬鹿なの? とか思われたら嫌だな。
「魔界から呼び寄せた私の部下だと思ってくれ。なんというか、その、森の開拓用に呼んだ」
「おお、そうでしたか。畑を広げようとか村の者たちが言っていましたからな。事前に呼び寄せるとは先見の明がありますな」
そういうことにしておこう。バレなければそれはすべて本当の事なのだ。大丈夫だ、エルフ達にも嘘を突き通した経験がある。
「ちょっと魔界へ念話で連絡するので、しばらくこの広場で座らせておいてくれ。当然、暴れないように言い聞かせたから」
「分かりました。村の者たちにも伝えておきましょう」
よし、部屋に戻って念話だ。
『はい、魔界総務部です。お名前をどうぞ』
『フェルだ』
『フェル様でしたか。ご依頼のあった者を派遣しましたが、着きましたでしょうか?』
『着いたのだが、まず、依頼内容を確認していいか?』
『はい、えーと、ご依頼されましたのは、牛、豚、鶏ですね。つがいでお願いすると言うことでしたので、それぞれの雄、雌の二体を派遣しました』
依頼内容に間違いはない。私の依頼が間違っているのかと思ったが、そんなことはなかった。
『ミノタウロスとオークとコカトリスが来たのだが』
『はい。人事課からもかなり優秀な者を派遣したと聞いています。部族内でトーナメントを開き、優勝者を送ったとか』
そんな情報は要らない。しかし、ここまで言っても駄目なのか? 私の認識が違うのだろうか?
『いや、あのな、牛というのはミノタウロスじゃなくて、四本足で立つ奴。豚も同じ。鶏は蛇の頭が無い奴を頼んだんだが』
なんだろう? 反応がない。
『しょ、少々お待ちください!』
何だか念話の向こうで慌てた雰囲気が感じられた。この念話って総務部の念話部屋に繋げてるから扉を開けっ放しだと、近くの声が全部聞こえるぞ。
『ちょっと! フェル様が牛や豚って四本足で立つ方だって!』
『はあ? 嘘でしょ? あいつら戦力にならないじゃん。食っちゃ寝してるだけよ? 超スローライフ。私もあんな生き方がしたい』
『だってフェル様がそう言ってるよ!』
『マジで? じゃあ、もしかして鶏も?』
『蛇の頭が無い方!』
『ただの鶏って目覚ましぐらいにしか使えないじゃん。あ、夜中に鳴かせて敵の睡眠を妨害するのかな? 私、そんなことされたら確実にメテオるわ。流石フェル様ね』
残念な会話が聞こえる。
自分の常識が相手も同じだと思うのは危険だな。とくに魔界の奴らはちょっと好戦的だからな。色々と変な方向に解釈する傾向がある。
十分ぐらい待った後、ようやく私との会話が再開された。
『えーと、フェル様。その、色々と行き違いがありまして』
『ああ、聞こえた』
魔界の奴らが私のことをどう思っているのかも何となくわかった。そんなに私って人族と戦いたいように見えるのかな?
『あのー、改めて牛と豚と鶏を送りますか?』
護衛でしばらく村を留守にするから、また後で連絡することにしよう。無いとは思うが、居ない間に変な奴が来ると困るし。
『準備だけしておいてもらえるか。呼ぶ時期は改めて連絡するから。あと、ミノタウロス達はせっかく来てくれたので、しばらくこちらで預かる』
『はい、わかりました。他に何か必要なものはありますか?』
明確に指示しないと変なものを送ってくる可能性があるから慎重に依頼しないとな。まずは準備をしてもらって、確認してから送ってもらおう。面倒だけど、それを怠るともっと面倒なことになる。それが今だ。
『宝石とか装飾品を用意だけしておいてもらえるか。これも必要な時に改めて連絡するから』
『宝石と装飾品ですね。分かりました、宝物庫の管理者に伝えておきます』
『よろしく頼む』
『はい。今回は申し訳ありませんでした。では失礼します』
これで良いだろう。失敗は誰にでもある。同じ失敗をしなければ良いのだ。
しかし、アイツ等を預かると言ってしまったが、どうしたものか。村長に言った通り、森の開拓をしてもらおうかな。
丁度、ミノタウロスは斧を持ってきたし、木を切るのは上手そうだ。オークは畑仕事かな。キノコとか探すのが好きそう。コカトリスはなんだろう? 石を……作る? うーん?
まあ、いい。考えるのは後だ。広場に戻ろう。
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