苦手
とりあえず、アイツ等の住むところを何とかしなくては。どう考えてもサイズ的に宿には泊まれない。村の北側に酪農している小屋があるとロンに聞いたことはあるが、そんなところに住まわせるわけにもいかないし、どうしようかな。
仕方がない。今日、明日ぐらいは野宿してもらって、どこかに小屋を作ろう。畑の奴らが開拓するとか言っていたから、木を分けてもらえるかもしれないし。
そんなことを考えながら村の広場に戻ってきた。
誰も居ないのだが、どこに行ったのだろう?
周囲を見ていたら、ディアがギルドから出てきた。サボりか。丁度いい、聞いてみよう。
「ここにいたミノタウロス達なんだが……」
「フェルちゃんの部下なんでしょ? 村長さんが皆に説明していたよ」
「そうだ。ただ、広場で待っているように言ったのに見当たらない。どこに行ったか知らないか?」
「スライムちゃん達が畑の方に連れて行ったけど?」
遅かった。いや、まだだ。諦めてはいけない。手遅れになる前に止めるのだ。
転移も使って畑にやってきた。連続で使い過ぎてちょっと気持ち悪い。
借りた畑の近くにミノタウロス達がこちらに背中を向けて座っていた。
話しかけると、「今、大事な説明を受けていますので後にしてください」と言われた。
ミノタウロスがデカいので良く見えなかったが、スライムちゃんが看板に何かを書いて説明していたらしい。スライムちゃんは眼鏡をかけて女教師っぽくなっていた。幼女なのに。
どうやら、村での生活に関して守るべきことを教えていたらしい。それはいいのだが、なぜかアンリも説明しているスライムちゃんの横に座っていた。
スライムちゃんの説明では、アンリがボスだった。私はその次に偉いようだ。なぜだ。
働かざる者、食うべからずの精神で何かしらお金を稼ぐ仕事をする必要があるらしい。また、仕事をしなかったり、故意に村人を傷つけたものは、スライムちゃん達から制裁を受けた後に魔界に強制送還。そこに慈悲はなく、弁護士を雇う権利もない。
私の知らないルールばかりなのだが。
スライムちゃんの看板による説明が終わるとアンリに一言お願いするようなジェスチャーをした。アンリは頷いてから立ち上がり、右手の拳を天に突き上げた。
「私達は姿形が異なるけど、村に住むなら運命を共にする同胞で家族。皆を歓迎する」
周りから拍手が起きた。なんなのコイツ等。
なんかどうでも良くなってきた。明日は何もしないで部屋でゴロゴロしたい。
ちょっと現実逃避をしていたら、ミノタウロス達が畑の近くに小屋を建てようとしていた。ここに作っていいのだろうか? というか、その木をどこからもってきた。いや、それは後だ。まずは許可を取らないと。
畑仕事をしている村の奴等に聞いてみよう。なんとなく視線が痛いが気のせいだろう。
「ここに小屋を建てても問題ないか?」
「フェルちゃんに貸した畑は北側の端っこだからね。その辺りに小屋があっても問題はないよ。ただ、村長には言っておいたほうがいいね」
「分かった」
村長宅に行くついでにアンリを連れていこう。もう、辺りが暗くなってきた。
「アンリ、遅くなってきたから帰るぞ。村長に用があるから私も一緒に行く」
「うん、一緒に帰る。そろそろ夕飯。今日はピーマンと勝負の日。必ず勝利してみせる」
そうか。正直、どうでもいい。
だが、アンリ。なんで私の背中によじ登った? もしかして、おんぶするのか? 村長の家までそんなに遠くないのに。あと、そこは頸動脈だ。腕の位置をずらせ。
アンリをおんぶしたまま移動しようとすると魔物達が敬礼した。アンリも私の背中から魔物達を見て敬礼する。なんだろう、この茶番は。それとも本気なのか。
村長の家に着くと、アンリが背中から降りて専用の椅子に座った。目を閉じて精神を集中させているようだ。ピーマンとの勝負の前に精神統一か。
さて、村長に小屋の事を言っておこう。
「今日来た奴らが住むための小屋を、畑の近くに建てているのだが問題ないだろうか? 一応、畑に居た奴らには大丈夫だと聞いてはいるが」
「そうですな、今日来られた方達は、宿のサイズ的に厳しいですからな。小屋に関しては特に問題ないので、建ててくださって構いませんぞ」
「助かる」
よし、事後だけど許可も得た。これで安心だ。さて、私も宿に戻って夕食にするか。そうだ、アイツ等にも食事を用意しないとな。でも、ミノタウロスやオークはともかく、コカトリスって何を食べるんだ? 石?
「フェル姉ちゃん、今日は夕食を一緒に食べよう。ピーマンの戦力を分散して」
アンリから打算的な誘いを受けた。対ピーマンの援軍がほしいということだな。
「そうですな、たまには我が家で夕食を食べていきませんかな?」
奢ってくれるなら食べていこう。そのあと宿でも食べれば今日は夕食が二倍だ。
「分かった。頂こう。宿でも食べるつもりだから少な目でいいぞ」
私は遠慮というものを覚えた。どうやら私は他の者より食べ過ぎるようだ。他人に食事によるダメージを与えてはいけない。宿でそれをやったらウェイトレスをクビになったからな。注意しよう。
勧められた椅子に座って料理を待った。長机を囲むように、村長、アンリ父、アンリ、私が座っている。アンリ母は料理中かな。そういえば、アンリ母は熱魔法の加減が出来ないはずだ。スープ類は気を付けよう。
アンリが精神を集中しているのがちょっと面白い。こいつにも苦手なものがあったか。そう思うと年相応に見えるから不思議だ。
「アンリ、ピーマンぐらい食べれるようにならないと、いい女になれんぞ」
「ピーマンは味の主張が激しい。味の調和を乱す悪者。滅びればいい。もしくは甘くなるべき。根性が足りないからあんな味になる」
思っていたよりも評価が低い。悪者扱いされている。ピーマンにも良いところはあると思うぞ。緑っぽいところとか。
「今日の夕飯はピーマンの肉詰めですよ」
縦半分に切られたピーマンの空洞部分に何かの肉が詰め込まれていた。ワイルドボアかな? 肉の表面がカリッとしているから肉を詰めた状態で焼いたのだろうか。別々に食べてもいいと思うが、わざわざピーマンに肉を詰めるのか。面白いな。早速いただこう。
「いただきます」
うん。初めて食べるけど、美味いじゃないか。確かにピーマンの主張が激しいけど、その苦みが良いアクセントになって肉の味を引き立てている気がする。多分。
「アンリ、ピーマンは美味しいぞ」
「フェル姉ちゃんは舌がおかしい」
私の舌が駄目だしされた。魔界の食事で舌が駄目になっていた可能性はあるが、これは美味しいと思うけどな。
「子供の舌は敏感だと言いますからな。ピーマンの苦みがきついのでしょう」
「もっと細かく刻めば、すんなり食べてくれるんですけどね」
「あれはズルい。見た目にはピーマンが無かった。騙された。もう誰も信じない」
なにか変なこじらせ方をしている。
「魔界では、ちゃんとした味があるものを食べることができないんだがな。魔族や獣人達の料理が下手というのもあるが、魔界で採れる食材自体に味がほとんどない。苦くても味が鮮明なだけうらやましいと思うぞ」
そう言いながら、ピーマンの肉詰めをもう一個食べた。やっぱり美味いと思うけどな。魔界の奴らにも食べさせてやりたい。そんなことしたら、皆、人界に来てしまうかもしれないが。
アンリがこちらをじっと見つめた後に、自身の皿にある肉詰めを見つめた。一度目を閉じてから、改めてカッと目を見開くと、肉詰めを口に入れた。何度か口をモグモグと動かして飲み込んだようだ。ちょっと涙目だ。
「手下の前で恰好悪い処は見せられない。ピーマンぐらい克服して見せる」
「そうか、頑張れよ」
村長家族が何故か笑顔だ。なにか面白いことがあったのだろうか?
その後、雑談しながら、残りの夕食を食べた。最後に出されたお茶を飲んで口の中を火傷した。なんという罠。もっと気を付けよう。
さあ、宿に戻ってもう一度夕食を食べよう。
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