パジャマパーティー

 

 目の前に三人が正座している。ディアとヴァイアとヤトだ。なぜかアンリは私の右足にしがみついている。


「なんで私たちは正座させられているのかな?」


 ディアが不思議そうな顔で聞いてきた。そこから説明しなきゃ駄目なのか。


「フェル姉ちゃんは対応が生ぬるいことに怒ってる。大丈夫。これから森に火をつける」


「アンリはちょっと黙っていような」


 村長家族はどういう教育をしているのだろうか。もう、取り返しがつかない感じだけど。


「いいか? 何を勘違いしているのか知らないが、私は無実だ。それどころか、世界樹を元に戻したり、エルフ達を襲っていたと思われる人族達を追っ払ったりした。そのおかげでエルフ達とも少しではあるが信頼関係が結べた。それをお前たちが台無しにしようとしたんだ」


「その冗談は面白くないよ?」


 私がスベったみたいに言うな。それにヴァイアとヤトも頷くな。


「面白くないのは、冗談ではなくて本当だからだ。エルフを連れてくるからちょっと待ってろ」


 長老か隊長か、最悪ミトルあたりならなんとか説明してくれると思うのだが、どこにいるのだろう?


「アンリ、歩くのに邪魔だから足から離れてくれないか。……そうか、駄目か」


 なにがこの子をそうさせるのか。しがみつきやすいのかな。


 周囲を探したら隊長が居た。どうやらスライムちゃん達との闘いでも意識を失わずに堪えられたようだ。


「隊長、あいつらに私への誤解が解けたことを説明してやってくれ」


「あ、ああ、それは良いのだが、今の戦闘で少し自信を無くした。人族は強いんだな……」


「お前たちが戦ったのはスライムちゃんを筆頭にした魔物達だぞ。私でも負けそうな気がするから、気にするな」


 戦う時は制限を解除して、魔力高炉も使おう。最悪、意識を失っても三つ使うつもりだ。


 隊長が四人に説明してくれた。最初は信じてくれなかったが、エルフ達と村で交易をするような話になってから、いきなり信じ始めた。どうやら、エルフと交易するというのは今までに前例がなく、とてもお金になりそうということで、ディアが食いついたからだ。


「フェルちゃん……信じてたよ!」


 ディアがウィンクしながら、親指を立ててサムズアップしてきた。


 イラっとしたので、その親指を握り、曲がらない方に曲げてやった。


「痛たたた! フェルちゃん! 私の指はそっちには曲がらないよ!」


「知ってる」


 パンチは躱されるから関節技だ。これは関節技じゃないかもしれないが。


「これで誤解が解けたな? では、次だ。これは誰が計画したことなんだ?」


 三人が私の足元を指さした。アンリが私の足にしがみついている。


「おまえら、子供に擦り付ける気か?」


 ちょっと、本気で怒らないといけない気がしてきた。


「手下を助けるのはボスの役目。それにやられたらやり返す。徹底的に。禍根は残さない」


 スライムちゃん達が拍手した。アルラウネとマンドラゴラも。あと黄色い動く植物も。


 魔眼で情報を見過ぎた時より頭が痛い。


「言い出したのはアンリちゃんだけど、村に置いてくるつもりだったんだ。本当はディアちゃんとヤトちゃんと私の三人だけで助けに来るつもりだったんだけど……」


 どうやら、アンリは村に居るスライムちゃん達と交渉して気づかれないようにつけて来たらしい。こんなに大所帯につけられたなら気づけ。


 なんでアンリの言うことを聞いた、とスライムちゃん達を問い詰めたら「主人のボスは私達のボス」という答えが返ってきた。アンリは私のボスじゃない。本気なのか、分かっていてやっているのか判断に迷うな。


「助けに来てくれたことは礼を言うが、やり過ぎだ。私は疲れたからもう寝る。お前たちは村に帰れ」


「こんな遅い時間に森を移動できないよ。エルフさん、私達もこの村に泊めて」


 お前らここを襲ったんだぞ。報復されるとか考えないのか?


「あ、ああ、フェルに貸した家を使ってくれ。広さやベッドの数は問題ないと思う」


 隊長は怯えている感じだ。なにかすごく申し訳ない気持ちになってきた。


「よーし、今日はパジャマパーティーだね! 何か食べながら話そう!」


 いや、寝たいんだけど。というか太るぞ。


「じゃあ、私がとっておきの恋バナを披露するよ! 友達の友達が言っていた話だけどね!」


 それはほとんど嘘だぞ。


「食べ物の給仕はお任せくださいニャ」


 ヤトはどこに向かっているのだろうか。


「おやつを持ってきて。聞いてくれないならこの足を折る」


 最初から人質にするつもりだったか。


 疲れた足取りで、借りた家に着いたら、スライムちゃん達が食べ物とか飲み物を持ってきた。どこから持ってきたのか考えたくない。その後、「散策してきます」と言って、どこかに行ってしまった。自由すぎる。


 家の中に入ってベッドに腰かけたら、アンリが足から離れて膝に座った。そこは定位置なのか。もう怒る気力もない。


 他の奴らもベッドに腰かけて、スライムちゃん達が持ってきた物を飲み食いした。行儀悪いな。


「このジャムって美味しい! 絶対に売れるよ!」

「パンだけでも美味しいよ。ニアさんへのお土産にしようかな」

「野菜もシャキシャキして噛みごたえが良いニャ」

「リンゴジュースは至高」


 もう、好きにしろ。


「ところでフェルちゃん。エルフさん達とは本当に和解したの?」


 ここまでエルフの家で寛いでいるのに何を言っているのだろうか。それとも私って信用がないのか。


「何度も言っているが、エルフ達とは和解している。世界樹は元に戻したし、変な人族は追い払ったから、それなりに信頼されている」


「変な人族とは何ですかニャ?」


「よくは分からんが、エルフ達の長老に成り代わって何かしようとしていたようだな。私に看破されて、逃げたようだが」


 探索魔法で確認しても近くにはいないから、多分逃げたと思う。


「へー、どんな人?」


「ウルとか言う女だ。あと、ロックとか言う男もいた」


「ウル? ロック?」


 なんだろう? ヴァイアが考え込んだ。知っているのだろうか?


「もしかして、女性は二十代前半ぐらいで、男性は三十台後半ぐらいの人?」


「見た目はそんな感じだったな。もしかして知っているのか?」


「うん、多分だけど、ルハラ帝国を拠点にしている有名な傭兵さんだよ。確か、ウルって人は傭兵団『紅』の団長さんだったかな。ロックって人はその傭兵団の幹部さん」


 意外なところから情報が出てきたな。明日にでもエルフに教えておくか。なんというか、謝罪的な感じで。


「他にも情報はないか? エルフ達に迷惑をかけたからな、出来るだけ情報を渡してやりたい」


「もー、フェルちゃん、エルフさん達に何したの?」


「お前らがしたんだよ」




 ヴァイアからの話を纏めるとこんな感じだ。


 傭兵団『紅』は、ウルを団長とした五百人規模の傭兵団らしい。また、幹部が四人いて、ベル、クル、ロック、ルートという名前だそうだ。なお、ウル、ベル、クルは三姉妹で、ウルは長女、ベルは次女、クルは三女であるとのこと。


 いくつもある傭兵団の中ではかなり上位に位置しており、戦での勝率はかなり高い。また、団の特色として被害を抑える術に長けていて、団員になりたい傭兵が多いそうだ。


 ただ、二年ぐらい前から名前を聞かなくなり、ルハラ帝国からトラン王国に移ったとか、ダンジョンを攻略しているとか、他の傭兵団にやられたとか色々な噂が飛び交っていたらしい。


「でも、これは一年前の情報だよ。最近の話は分からないな」


「そうなのか。それでも十分だと思う。だが、随分、詳しいんだな?」


「うん、両親がルハラ帝国の戦争に参加していたからね。両親が一緒に戦った傭兵さんの情報とか集めていたんだ。亡くなった後もずっと集めていたけど、村に引っ越してからは辞めちゃった」


 悪いことを聞いてしまった。そういえば、ヴァイアの両親は亡くなっていたな。


「気にしなくて良いよ。両親が亡くなったのは随分前のことだし、今は約束した魔法使いになる夢もかなえられそうだしね」


 ヴァイアは笑顔でそう言った。なんだか随分と元気というか、やる気に満ち溢れている。でも、エルフの村に襲撃するほど元気にならないでほしい。


「そうだ。ディーンという名前の奴は分かるか?」


「ディーン? 確か有名なフリーの傭兵さんだよ。あ、フリーというのは、どこの傭兵団にも属していない人のこと。でも、謎が多い人だよ。誰も見たことが無いって言われているんだ」


 そいつも傭兵なのか。ウルを魔眼でみた時の情報ではそいつが主だったけど。でも、高貴な奴が傭兵なんかするかな? 頭痛が酷かったのでそれ以上の情報は見てないから、良く分からんな。それにだれも見たことがない、か。透明化する魔法を使っているのかな?


「む! それは男だよね! その人と何かあったんでしょ!? 私の勘がそう言っているよ!」


「その話、詳しく」


 ディアの勘は全く当たらないな。ディーンという奴とは会ったことすらない。あと、ヴァイアは食いつき過ぎだ。


「いや、ウル達の主がディーンだった。ただ、それだけだ」


「なんだ。こう、ロマンス的な話じゃないんだ」


 ディアは露骨に残念な顔になった。ヴァイアはさらに残念そうだ。なんで恋バナに発展させようとするのだろうか?


「よー、フェル! 村の女の子達が来てるんだろ! 俺にも紹介してくれよ!」


 いきなり家の扉を開けてミトルが入ってきた。スライムちゃんにやられたのにもう復活したのか。


「おお! なんて可愛い! ほんわかお姉さんタイプは好みだ! 超ストライク!」


 ミトルはヴァイアの手を握りながらそう言った。お姉さんタイプかもしれないが、どう考えてもお前の方が年上だぞ。


「は、はぁ? あ、ありがとうございます?」


 ヴァイアは混乱している。なんというか、褒められ慣れてないというか、ミトルが可愛いと言ったのを自分の事だと思っていない感じだ。


「フェル、すまない」


 いきなりミトルに謝られた。なんだ?


「俺、この子と結婚する。だからフェルからのプロポーズは受けられない――」


 一撃でミトルの意識を刈り取った。うめき声を出す暇もないぐらい一瞬で。


 この誤解を解かないと今日は寝られそうにないな。くそう。もう、寝させてくれ。

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