霧
ぼんやりとした意識の中で、なにかお腹の辺りが重いと感じた。まさか太った?
慌てて目を覚ますとアンリが私の腹を枕にして寝ていた。驚かせるな。
それにしても寝相悪いな。風邪ひくぞ。シーツをアンリに掛け直して、昨日のことを思い出す。
色々思い出した。昨日の夜、ミトルの奴がプロポーズだとかなんだとか言い出したから、それが勘違いであることを説明するのにかなり時間が掛かった。
ディアとヤトは分かっていたようだけど、ヴァイアには根掘り葉掘り聞かれて大変だった。
それにヴァイアの妄想話も酷かった。今度の私は魔族とエルフに追われる感じになるらしい。私が逃げるのは変わらないのか。捻りがないな。それとまたディアが黒幕だった。ヴァイアの中ではディアはそういうポジションなんだろう。とても分かる。
思い出したら疲れた。でも、もう朝だし、まずは食事だ。ミトルに食事を……いや、食事をすると笑顔になるのは昨日バレたから普通に朝食を貰おう。エルフ達は私に感謝するとか言っていたから、今日の朝食ぐらい作ってくれるだろう。
部屋の中を見ても他の奴らは寝ているし、私が頼んでくるか。
着替えて部屋の扉を開けると、何かにぶつかった音がして途中までしか開かなかった。
なんだろうと思い、顔だけ外に出して見てみると、ミトルが倒れていて、扉がミトルの頭につかえているようだ。邪魔だな。
「おい、ミトル。邪魔だ。どけ」
「ん? ふあぁあああ。おー、フェルか……。おはよー。あれ? なんで頭が痛いんだ?」
「おはよう。扉を開けたら頭にぶつかったみたいだ。そんなところで寝ているのが悪い」
「おー、そうだったか、悪いな……」
まだ、起きたばかりでぼーっとしているようだ。だが、なにか思い出してきたような顔になった。
「思い出したけど、昨日、部屋に入った後の記憶がねーぞ! 何しやがった!?」
「殴って意識を奪った。邪魔だから部屋の外に放置した。安心しろ、息はしていたから死んでない」
「そんなのは俺が一番よく分かってるよ!」
じゃあ、いいだろ。それよりも朝食だ。
ミトルがどいたので扉を開けて外に出る。まだ寝てる奴もいるから、外で話そう。
「食事を五人分用意してくれ。ミトルの食事はまずいから、美味く作れる奴に作ってもらってくれ」
ミトルは考え込んだが、何か思いついたように言った。
「そーか、笑顔がバレないように俺に食事を作らせていたのか」
「それ以外に理由はない。お前がプロポーズとか言ったから昨日の夜は大変だった」
思い出したくもない。
「分かった、分かった。それじゃ、ちょっと食事を用意してもらってくる……なんだこりゃ?」
ミトルが周囲を見ると何故か驚いた。
「霧がすごいな。エルフの村はいつもこんな感じなのか?」
ミトルはいきなり剣を抜いた。どうした?
「いや、百年近く村に戻っていなかったから分からねーけど、俺が住んでいた頃はこんなことは一度も無かった。ちょっと長老達が泊まっている家まで行ってくる。フェル達は家で待っていてくれ」
霧が濃いときは動かない方が良い。下手に霧の中に入ると後悔することになるぞ。
それはともかく、この霧、魔力で作られているのか? また、面倒なことになりそうだな。
「お前達、大丈夫か!」
霧の中から隊長の奴が現れた。この霧の中、歩いてきたのだろうか?
「隊長! この霧はいつものことなんですか?」
「いや、違う。初めてのことでこちらも混乱している。皆を一か所に集めているのだが、お前たちの姿が見えなかったので、ここまで来た」
「お前、何者だ」
隊長の姿をした奴に問いかけた。私の魔眼はごまかせない。偽物だな。だが、偽物と分かっていても知らない奴だ。
「何を言っている? 私はテオだ。知っているだろう?」
ミトルの方を見ると頷いた。そうか、隊長の名前はテオというのか。
「知らん。隊長の名前なんて今初めて聞いた。まあ、それはどうでもいい。確信があるから殴るぞ」
霧が邪魔だから、転移せずに普通に殴った。だが、隊長の姿をした奴は後ろに飛びのいて躱した。
「なるほど。幻視が効かないとは聞いていたが本当のようだな」
隊長の姿が薄れ、二十代後半ぐらいの男になった。金髪で顔はイケメンの部類に入るんだろうな。魔王様ほどじゃないが。
背中に剣を背負っていて、ミスリル製の装備とかつけてる。プレートメイルとか言ったかな。兜は無いけど、重そうだ。
「俺の名はディーンだ。ウル達の雇い主と言えば分かるか? 知ってはいるが、念のため、アンタの名前を聞かせてくれ」
む? これは一応名乗らないと駄目だな。礼儀は必要だ。
「魔族のフェルだ。この霧はお前の仕業か?」
「そうだ。アンタと話をしたくてな。そっちのエルフも安心してくれ。この霧は方向感覚を狂わせるだけだから体に害はない。他のエルフ達は安全だ」
ミトルは私をみた。本当かどうかを確認したいのだろうな。魔眼のことをミトルに言ったことはないが、色々見抜ける力があることは何となくわかっているのかも。仕方がないので魔眼で霧を見た。毒等はないから、ディーンは本当のことを言っている。
「ミトル、こいつの言ったことは本当だ」
ミトルは安心したようだが、剣を下ろすつもりは無いようだ。当然だな。
さて、ディーンは一体何の話がしたいのだろうか。
「話をしたいということだが、何だ? 朝食の時間だから手短にしてくれ」
「俺の仲間になれ。アンタの力が欲しい」
またヘッドハンティングだ。魔界の奴らに自慢したい。だが、興味ないな。
「断る」
「そうか。だが、その家にはアンタと親交のある奴らが何人かいるのだろう? そいつらを人質に取ることも出来るが?」
「出来るものならやってみるがいい。ただし、命を賭けろよ」
魔王様に殺しは厳禁といわれているので、殺したりはしないが、ハッタリはかましておかないと。最近、こういうの多いな。
ディーンは私を見つめていたが、一度ため息をついて、顔を横に振った。
「ここで命を賭けるわけにはいかないな。分かった。人質を取ったりはしない」
次にディーンはミトルの方を向いて話しかけた。
「エルフの森での騒動はすべて俺の指示だ。謝罪をしたいので長老達に会わせてくれないか?」
「謝罪をしたいなら、まず霧を晴らせ」
ミトルは剣をディーンに向けながら要求した。周囲をかなり警戒しているな。まあ、これだけ霧が濃ければそうなるか。
ディーンは顔を右に向けて後ろを確認すると、右手を少し上げて手のひらを左右に振った。
しばらくすると霧がディーンの後方に吸い込まれていった。霧が吸い込まれた場所にはウル達がいる。魔力の流れを見る限りでは、子供が霧を発生させる魔法を使っていたのかな?
「いいだろう。長老達に会わせる。だが、妙なことをすれば矢で頭を撃ちぬくぞ」
「分かった。ここで待てば良いか?」
「そうだ、ここで待て。フェル、すまないがこいつらを見張っていてくれないか? 逃げ出すならそれでもいいが、森に火をつける等の敵対行動を取ったら防いでほしい」
今日はもう村に帰るんだけどな。でも、仕方ないか。
「分かった。見張っていてやるから急いで連れて来い」
ミトルは「助かる」と言って村にある大きい家に向かって行った。
さて、一人で見張るのは大変だからヤトにもやらせよう。家の扉を叩いてヤトを呼ぶ。他の奴も起きるかもしれないが、まあいいだろ。
「ヤト、ちょっと来てくれ」
家の中からゴソゴソと音が聞こえてからヤトが出てきた。
「フェル様、おはようございますニャ。どうされましたかニャ」
「おはよう。こいつらを見張ることになった。悪いが一緒に見張ってくれ」
ヤトはディーン達を見渡すと頷いた。
「分かりましたニャ。見張りますニャ」
一瞬で緊張感を纏った。おお、魔界に居た頃のヤトだ。服はウェイトレスだけど。
「ほう、獣人が居たのか。もしかして共和国の獣人か?」
「黙るニャ。人族に話しかけられたくないニャ」
怖い。昔のヤトだ。ディーンも変なこと言うなよ。いらない方の目が無くなるぞ。
ディーン達を見張っていると、家の扉からディアが顔だけ出した。
「ヤトちゃん、おはよう。お腹がすいたから、ニアさんのお弁当食べたいんだけど、亜空間から出してもらって良いかな?」
ディアも間が悪いな。今、ヤトは戦闘モードだぞ。
「おはようございますニャ。これお弁当ですニャ。花柄のお弁当箱はアンリちゃんのですニャ。村長さんの家のお弁当箱なので、使い捨てじゃないから扱いに注意してほしいニャ」
あれ? ディアも人族なんだけど。ヤトの中では違うのか? なんの問題もなく亜空間から取り出したお弁当をディアに渡している。私も食べたい。
ディアがお弁当を受け取りながら、私のほうを向いた。
「おはよう、フェルちゃん。なにか問題?」
「おはよう。いや、問題はない。だが、お前の寝癖は問題だと思う」
茶色の髪の毛が逆立って酷い。くせ毛は大変だな。
「あれ? この人たちはなに? エルフさんじゃないよね?」
「昨日、話に出ていただろ。傭兵団の『紅』とか言う奴らだ」
ウル達から驚いた雰囲気が漂ってきた。そうか、ヴァイアから聞いたのは昨日だった。向こうはバレていないと思っていたのだろうな。
「俺達のことを知っているようだな?」
「いや、知らん。ウル達の名前から推測しただけだ」
「これから何かあるの? 今日は村に帰るんだよね?」
「ああ、こいつらを見張っているだけだ。エルフ達に謝罪するそうなので、今、長老たちをミトルが連れてくる。連れてきたら、私も挨拶して帰るつもりだ」
「うん、分かった。こっちも帰る用意をしておくね」
ディアは家の中に入った。色々準備するのだろう。昨日、結構騒いだから掃除しておけよ。
そんなこんなでミトルが長老達を連れてきた。よし、任務完了だ。
さあ、帰ろう。
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