再戦

 

 目が覚めた。窓がないから朝かどうかは分からないが、腹が減ったから朝だと思う。


 とりあえず、お弁当を食べよう。昨日は大変だったから、二個食べる。至福だ。




 食事も終わったし、身だしなみを整えて外に出るか。そういえば、あの後どうなったのだろうか。変なマッチョとか居たけど。


 扉を開けて、外を見ると木のせいで薄暗いがちゃんと朝になっていたようだ。


 エルフ達は一か所に固まって何もない場所を手で叩いているように見える。何をしているのだろうか? パントマイム?


 少し離れて、三姉妹とマッチョと子供の五人が座って食事をしていた。こっちを見て固まっている。私にもその肉らしきものをパンで挟んで、トマトソースが掛かっているものをくれないだろうか。美味しそう。


「おはよう、エルフ達とお前らの問題は片付いたか? 終わったなら帰れ。あと、できれば私にもその朝食を寄越せ」


 なんだろう、誰も答えてくれない。傷つくだろうが。


「貴方、この状況でそんなこと言うなんて、相変わらず面白いわね」


 お前も鼻にトマトソースが付いていて面白いぞ。


「テメェ! あの後、待っていたのに朝になっちまったじゃねぇか!」


「だから、待っていろ、と言ったろうが」


「朝になるまで待つとは思わねぇよ! アンタが家に張った結界が強すぎて入れねぇし!」


 朝からうるさい奴だ。早く帰ってくれないかな。


「フェル! 助けてくれ!」


 ミトルが助けを要求してきた。何を助ければいいのだろうか?


「よくわからんが、どうかしたのか?」


「結界内に閉じ込められて、出られねーんだよ!」


 結界? おお、何もないと思っていたら結界があった。なるほど、エルフ達を囲っている結界は自分たちでやったわけではないのか。


「それはこの子が作った結界で、貴方の張った結界と同じように、そう簡単に壊れるものではないわよ?」


 ウルが子供の頭に手を置きながら言った。男の子だろうか? もしかすると、そいつが昨日、私に雷槍を撃ってきた奴かもしれない。なるほど、これほどの強力な結界を張れるなら、遠距離でも威力を落とさずに撃てるかもしれないな。


 しかし、壊せないか。面白い。


 結界を殴った。氷にヒビが入るような音がして結界に亀裂が入った。


「一撃で粉砕できないとは、なかなかの強度だな」


 もう一度殴ると、陶器が割れるような音がして結界が砕け散った。二発か。簡単には壊せないと言うだけあるな。


 なんだろう。皆が私を見ている。寝癖とか無いよな?


 そう思っていたら、エルフ達が雄たけびを上げてウル達に襲い掛かった。何だいきなり。


 ウル達も呆気に取られていたが、エルフ達の声で我に返ったのか、武器を抜いて応戦した。


 さらにウル達の周囲から泥のゴーレムがはい出てきた。数十体はいるな。これだけの数を作れるとは結構やる。魔力の流れからみると、あの子供がやったのだろうか?


「フェル! 手伝ってくれ!」


 なんで? よくわからないが、ミトル達とウル達の問題じゃないのか?


「不思議そうな顔するんじゃねーよ! 分かった! リンゴの件、村まで売りに行くのを確約してやるから!」


「良いだろう。取引成立だ」


 ウル達を倒すか捕まえれば良いか。


「エルフだけならともかく、フェルはまずいわ。皆、撤退よ! 逃げることが最優先! 避難場所に着いたら、各自転移して帰還しなさい!」


「あぁ? やっちまえば良いだろうが!」


「貴方、あの結界を殴って壊せるの?」


「……チッ、仕方ねぇ。フェルとか言ったか! 次は勝負しろよ!」


 マッチョが私の方に人差し指を向けた。人を指でさすな。


「馬鹿! 早く逃げ――」


 逃げきっていないのに、次があると思っている時点で駄目だな。逃げる相手だから先手を譲るつもりはない。マッチョの目前に転移してボディブロー。なんか昨日もやった気がする。


「うお!」


 両手でガードされた。しかも自分で後ろに飛んだのか? 吹っ飛び過ぎだ。なら、もう一度転移して目の前に移動。視点が変わり過ぎて、ちょっと気持ち悪い。


「マジかよ!」


 今度はガードせずに、素手で反撃してきた。もしかして、私と同じように素手で戦うタイプか?


 相手の右拳に合わせて、こちらも右拳で殴る。拳と拳がぶつかり、金属を殴ったような鈍い音が響いた。素手だと思っていたが、何かグローブみたいなものをつけていたようだ。魔力を感じる。魔道具か?


 マッチョが「龍牙と互角かよ!」と言った。そのグローブの名前かな。だが互角じゃないだろ。そっちの方が弱い。


 その後、五回、拳と拳をぶつけた。相手の攻撃手段を無効化するのは戦いの基本。攻撃に意味がないと思わせて焦らせる作戦だ。


「畜生!」


 焦って大振りになった相手の右ストレートを下から左アッパー。相手の右拳を上方にはじいてバランスを崩す。そこに左足で踏み込みつつ左フック。後ろに飛ばれると面倒なので、横に吹っ飛ばして木にぶつける。頑丈そうだから死なないよな。


 フックで吹き飛んだマッチョは木にぶつかり、「ぐは!」と言って倒れた。うん、死んでない。大丈夫。


 そこに間髪を容れずに、ウルが剣で襲ってきた。速い。多分、加速の魔法を重ね掛けしているな。昨日、剣を叩き折ったのにまだ持っていたか。


 躱しきれないので距離を取ったら、ウルは左手をこちらにかざして、火球や水球をいくつも飛ばしてきた。威力を落として連射してきたな。当たっても傷はつかないが、服が燃えたり濡れたりするのは嫌だから、木を盾にしながら躱す。木が燃えたらエルフ達が怒るかもしれないけど仕方ないよな。


「ロックを連れて逃げなさい!」


 マッチョはロックという名前なのかな。どうでもいいけど。


 ウルの影から三姉妹の一人が出てきて、マッチョを背負うとそのまま逃げて行った。あんな重そうなやつを背負えるのか。すごいな。だが、見ているわけにはいかないので、近くに転移したら、ウルが目の前に割り込んできた。びっくりした。


「貴方、視線の先にしか転移出来ないようね。それならある程度予測できるわよ」


 おお、この短期間で見抜いたか。なかなかやる。


「これでも食らいなさい!」


 ウルが私の足元に何かを投げた。その何かが地面に当たると一気に白い煙が溢れだした。煙幕か。これをやられると視線が遮られて転移が難しくなる。くそう、考えてやがる。でも、どこに持ってた。もしかして空間魔法を使えるのか?


 逃げている奴を走って追おうとしたが、ウルが絶妙に邪魔してくるので追えない。他の奴らが逃げるための時間稼ぎをしているんだな。仕方がない、倒してから追おう。


「【減速】【減速】【減速】」


 弱体魔法重ね掛け。遅くなれ。その後、勝負だ。


「【加速】【加速】【加速】」


 元に戻された。こうなれば何度でもやってやる。


 何回か、お互い強化魔法と弱体魔法を繰り返したが、全部元に戻された。傍から見たら馬鹿みたいだ。


「はぁ、はぁ、どうかしら、見逃してくれるならあとで礼はするわよ?」


「リンゴを持っていないお前に興味はない。礼ならエルフ達からもらう」


「残念ね。なら本気で行くわよ!」


 本気? 手加減されていたのか? 面白い。やってみるといい。


 ウルは剣を地面に突き刺した。煙幕の煙が立ち込めていて良く見えないが、上空に魔法陣のようなものが浮かび上がった。私の知らない陣だ。念のため、魔法陣の範囲外まで退避。さて、なにが起きる?


 ……はて? 魔法陣を見ていたが何も起きないぞ。何してんだ?


「これが本気か?」


 何も答えてくれなかった。何かしているのか? まだ、待たなきゃ駄目か?


「フェル! 何してんだ!」


 ミトルが駆け寄ってきた。何しているんだと言われても、戦闘だが。


「今、ウルが本気を出すようだ。気をつけろ、何が起こるかわからん」


「いねーよ!」


 何言ってんだ?


「それはゴーレムだ! 幻視魔法でそれっぽく見せてるだけだ! たった今、本物が逃げて行ったぞ!」


 なんだと? ウルをよく見たら、泥のゴーレムだった。いつの間に。そういえば、三姉妹は幻視魔法を使ってエルフに成りすましていたか。それに煙幕で視界を悪くして、バレにくいようにしたのかもしれない。やられた。戦闘中は魔眼を使っておくべきだった。昨日、頭痛が酷かったから使わずにいたのが裏目に出た。


 念のため、探索魔法で確認。どうやらすでに遠くまで逃げられたようだ。足速いな。


「すまん、逃げられた」


「いや、十分だよ。俺たちじゃ手も足も出なかったしな」


「お前ら弱いな」


「あいつらが強いんだよ!」


 魔王様からは人族は弱いと聞いていたが、エルフ達に勝てるぐらいだから結構強い気がするな。そういえば、強さを補う、ということも聞いた気がする。もしかすると色々な魔道具を使っていたのかもしれないな。


「他の奴らは大丈夫なのか? 泥のゴーレムと戦っていただろ?」


「そっちは大丈夫だ。ゴーレムは全部壊した」


 なら安心か。よし、一旦戻ろう。




「すまん。助かった」


 隊長の奴に頭を下げられた。別に気にする必要はない。これは取引だ。


「リンゴを村に売りに来る件を忘れていなければ問題ないぞ」


「わかった。ミトルにやらせよう」


「隊長ー、まず本人に打診してくださいよー」


「お前が約束したのだから、お前がやれ」


 話は決まったようだ。ミトルならそんなに悪い奴じゃないし問題はないだろう。いや、チャラいのは問題か。


 勝手に取引することにしたけど、村に迷惑は掛からないよな? 村長とかに怒られるだろうか。村の外で取引すれば問題ないかな。


 色々考えていたら、ミトルが話しかけてきた。


「長老達が目を覚ましたから、一応、裁判的なことをやるけど、良いよな?」


 そうだ。容疑者だった。実際には魔王様が世界樹を枯らしたのだが、私はやっていないから無実だ。それに魔王様は元に戻せると言っていた。マッチポンプ的な気がしないでもないが。


「構わない。しかし、ウル達の証言はほとんど無効だろう? 裁判なんてしなくても無罪放免にならないのか?」


「長老達に、やっていない旨を伝えてくれよ。多分、それだけで終わるはずだから」


 形だけでもやらなければ駄目なのか。仕方ないな。


「わかった。長老たちに会わせてくれ」


 さあ、無罪を勝ち取るぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る