魔族事情

 

 永遠の園、というところにまた連れてこられた。昨日と同じように、ちょっと土が盛り上がっているところに三人のエルフが座っている。


「魔族のフェル殿でしたかの? この度は儂らエルフ達を救ってくださって、ありがとうございますじゃ」


 エルフの爺さんにお礼を言われた。ちょっと罪悪感がある。世界樹を枯らしたのは魔王様だからな。ただ、ウル達を追っ払ったのは私だから相殺出来たと思っても良いかな。


「気にするな。成り行きで助けたに過ぎない」


「ありがたいことですな。では、一応形式だけですが、問いに答えて頂きますぞ。【世界樹を枯らしたのはフェル殿ですかな?】」


 質問に魔力を乗せた? もしかして虚偽を見抜く魔法か? だが、その聞き方なら本当のことを言える。枯らしたのは魔王様だ。


「私じゃない」


「……虚偽を見抜く魔法を使っていたのですが、間違いなく貴方ではなさそうですな」


 危ない。聞き方一つで嘘になるから答え方に注意しないとな。


「そういうことをするなら事前に言ってくれ」


「ほっほっほ、念のためですじゃ。ですが、これで容疑は晴れましたの。皆の者、この方を客人として扱うのじゃ」


 どうやら無罪を勝ち取れたようだ。だが、まだ魔王様から受けたミッションは完了していない。世界樹に行かなくては。


「世界樹を元に戻してやる。だから、世界樹を見せてくれ」


 和やかな空気が一瞬で緊張に変わった。


「面白いことを言いますな。世界樹を元に戻せる、と? 儂らエルフでもそんなことは出来ませんぞ?」


「私の主である魔王様がその方法を知っている。昨日、念話で聞いた。だが、その方法を知られたくないので、一人で世界樹に行かせてほしい」


 知られたくないというのは一人で行くための嘘だ。だが、虚偽を見抜く魔法は使われていない。バレないはずだ。


「ふむ、魔王ですか。なぜ、魔王に世界樹を元に戻せる知識があるのですかな?」


「それは私にも分からない。魔王様の知識は私程度では計り知れないからな」


 長老達がぼそぼそと話をしだした。他のエルフ達もざわついている。さて、どうなるかな。


「【本当に世界樹を元に戻せるのですかな?】」


「魔王様は戻せるとおっしゃった」


 真ん中の長老が左右の長老の顔を見た。左右の長老は一度だけ、深くうなずいた。


「良いでしょう。フェル殿に世界樹を任せます」


「長老!」


 若いエルフ達からは反論があるようだが、大丈夫か。


「静まれ。枯れた世界樹に対して我々は何の手も打てないのだ。ならば、ここはフェル殿に任せてみたい。それに虚偽を見抜く魔法も使った。フェル殿は嘘を言ってはおらぬ」


「しかし!」


「気持ちは分かる。じゃが、ここは儂の顔を立ててくれんか」


 そう言われると反論のしようがないよな。エルフ達は納得いっていない顔をしているが、最後には長老の言うことに従うようだ。


「では、フェル殿。私が途中まで案内しましょう」


「よろしく頼む」


 どうやら、この永遠の園からさらに奥に行ける場所があるらしい。その道が世界樹につながっているそうだが、分かれ道がいくつかあるので、分かれ道が無くなるところまでは案内してくれるそうだ。


「では、参りましょうか」




 しばらく進むと、薄暗いというよりは光の届かない真っ暗な道になってきた。長老が光球の魔法を使い、道を照らしながら進んでいる。


「フェル殿は、なぜ人界に来たのですかな?」


 歩きながら質問をされた。こういう質問を良くされるな。まあ、仕方ないか。でも、魔界への食糧供給のことは言えないな。


「魔王様の命令で、人族と信頼関係を結ぶためにきた」


「ほう。人族を、いや勇者を殺す方針から転換したのですかな?」


 ちょっと驚いた。エルフの長老は魔族が人族を襲っていた事情を知っているのか。


「過去に魔族にでも聞いたのか?」


「魔族と話をしたのは、今日が初めてですな。ですが、長年、魔族と人族の争いを見ていましたからな。なんとなく察しはついていましたのじゃ」


「そうか。魔族が人族以外を襲うことは無かっただろうし、長命種なら推測は可能か」


 魔族は、勇者を殺す、ただそれだけのためだけに人族を襲っていた。勇者でも子供のうちなら殺せると思って。または、勇者を産ませないために。だから、勇者が生まれない人族以外を魔族が襲うことは無い。その辺から推測したのかもしれないな。


「推測通りだ。勇者を殺す方針はなくなった。これからは人族となんとか友好的な関係を結び、魔族を一種族として人界に住ませてもらおうと魔王様はお考えだ」


「面白いことを考える魔王ですな。しかし、勇者がそれを認めますかな?」


「そこは問題ない。勇者なら魔王様が倒して認めさせた」


「……誰が誰を倒したと?」


 耳が遠いのか、爺さん。


「だから、勇者なら魔王様が倒した。まあ、倒したと言っても殺してはいない。勇者を倒した後に、魔族は人族を襲ったり、暴れたりしないから、勇者も魔界に攻め込んでくるな、という協定を交わした」


 爺さん、止まるな。歩け。


「そんなことが……。この数十年、魔族を見なかったのは、それが理由ですかの? 勇者と協定を結んだから人界に魔族が来なかったと?」


「いや、それはまた別の話だ。勇者と協定を結んだのはつい最近。ここ数か月の間の話だ」


 なにやら長老は考え込んでしまった。せめて歩きながら考えてほしい。


「魔王が勇者に勝てるのですか?」


「そう言っただろう。なにか問題なのか?」


 長老の話を聞いてみると、どうやらエルフ達には、勇者には誰も勝てない、ということが常識になっているらしい。常識というよりは世界規則、つまり不可侵のルールであり、それは覆せない、とのことだ。


 確かに魔族の歴史を見ても魔王が勇者に勝ったことがないのは明白だ。だが、魔王様はそれを覆した。魔王様は最高だと言わざるを得ない。従者として鼻が高いな。


「興味深い話を聞けましたな。良い冥途の土産になりましたぞ」


 そういう自虐的なジョークは反応に困るのだが。だが、ようやく歩き出してくれた。話題を変えておこう。


「ところで、世界樹が枯れたというのは具体的にどうなっているんだ?」


「今歩いている道ですが、暗いでしょう?」


 森だからな。そんなに木が生い茂っているようには見えないのだが、光が一切届いていないようだ。だが、それが何だというのだろう?


「本来なら世界樹やその周辺の木は光を放っているのです。この辺りの道も普段は明るいのですよ」


 世界樹ってすごいな。自分で光るって。逆光合成?


「それが数日前に光を失いましてな。我々としては、枯れた、としか表現できませんのじゃ」


 魔王様は一体何をしたのだろうか。とても気になる。そして爺さんが急に止まった。


「私はここまでですな。確か、一人で行きたいとおっしゃっていましたな?」


「そうか。このまままっすぐ行けば良いのか?」


「はい。ここからまっすぐ進めば世界樹ですじゃ。ところで、生活魔法の光球は使えますかな? もう少し世界樹の近くに行けば光が差すので明るくなりますがの」


「問題ない。では、行ってくる。時間は掛かるかもしれないが、期待して待っていてくれ」


 よく考えたら、元に戻すのにどれぐらいの時間が掛かるのか聞いていなかった。何か月も掛かったりしないよな?


「では、私は一度戻りますかな。世界樹の光が戻りましたら、またここまで来ますので」


 そういうとエルフの爺さんは来た道を戻っていった。


 さて、世界樹とやらを拝んでみるか。

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