リンゴ泥棒

 

 朝になった、と思う。数本、光の柱のようなものが上から降り注いでいる。木の枝や葉の隙間から日光が届いているのだろうか。幻想的な気がするな。これで妖精とか精霊がいれば完璧なのに。


 だが、そんなことよりも、お腹がすいた。


「おい、ミトル。朝だ。食事をだせ」


 牢の外で寝ているミトルに話しかける。石でもあればぶつけてやるのだが、流石に牢屋には何もない。


「んあ? ふわぁあ。おー、早起きだな」


 ミトルは目をこすりながら起きだした。少しぼーっとしているが、それなりに目は覚めているようだ。


「腹が減った。食事を作れ。卵料理が好きだ」


「知らねーよ。フェルは容疑者なのに偉そーだな」


「冤罪だからな」


 魔王様が何かしていても、私はしていない。だから冤罪だ。それに魔王様のことを聞かれてもいないから庇ってもいない。共謀罪もない。無罪を勝ち取れる。




 微妙な味の料理が食べ終わった。早く村に帰ってニアの料理が食べたい。誰もいなければ弁当を食べるのに。


 さて、今日のことを考えよう。


 今日は長老達に会えるとのことだが、いつ頃なのだろうか。昨日は夕方前ですでに寝ていた感じなので早い時間だとは思うが、予定を確認してみるか。


「今日の予定はどうなっているんだ?」


「えーと、捕まえた人族たちと一緒に長老たちに合わせることになってる。時間は昼前ぐらいだと聞いているけどな」


 まだ結構時間があるな。そういえば、私に罪を擦り付けている人族がいたな。近くにいるのだろうか。


「捕まえた人族ってどんなやつらなんだ?」


「いや、そいつらのことは俺も良く知らねー。フェルを連行するために戻ってきているだけだから見てもいねーんだ。ただ、三人だったかな? リンゴを盗んでいるところを捕まえたそうだぞ」


 魔族に罪をなすりつけて無事でいられると思うなよ。殺してはいけないが、犯罪者なら暴れてもいいからな。


 それよりもリンゴと聞いて思いだした。もしかすると、こいつなら村までリンゴを持ってきてくれるかもしれない。


「ミトルは森の外で生活しているんだよな?」


「ああ、普段はルハラ帝国の町を拠点にしているぞ」


 ルハラ帝国か。この森からだと方向が逆だな。まあ、言うだけならタダだ。言っておこう。


「リンゴを村に売りに来てくれないか」


「へぇ? リンゴを食いたいのか?」


「ああ、あれは美味い。エルフの森の物だとは知らずに食べてしまったが、盗むつもりはなかった。売りに来てくれたら、金は払うぞ」


 小銀貨なら結構ある。リンゴの価値は分からないが、たぶん買えると思うのだが。


「うーん、金じゃ難しいかもしれないな。俺は人族の町で暮らしているから金は必要だが、エルフの森に住んでいるやつらは金を使わないからな」


 そうか。硬貨が使えないのか。なら物々交換か?


「よし、じゃあ、聖剣と交換してくれ」


 ミトルは不思議そうな顔をしてから鼻で笑った。


「いや、聖剣なんて勇者しか使えないだろ? 勇者が生まれないエルフたちには使えねーから交換しても意味がねーよ」


 本当に聖剣は使えないな。早く捨てたい。


「なら、なにとなら交換してくれるんだ?」


「そうだな。食べ物なら交換に応じてくれると思うぞ。ただ、野菜は森で作っているし、肉は食べないから、その二種類は駄目だな。甘いものなら交換できると思う」


 おお、いい情報だ。甘いものか。なにかあったかな? あとでニアに聞いてみよう。


「あと、宝石とか綺麗なものが好きだな。エルフって手先は器用なんだけど、加工技術があまりないから宝石のついた装飾品とかなら問題なく交換してくれると思う。ただし、派手じゃなくて質素とか素朴な感じの物が好まれるな。これ、俺の実体験。女性へのプレゼントというのは――」


 後半はどうでもいいので聞かなかった。しかし、宝石か。希望という名前のダイヤならどうだろうか。ちょっと呪いで持ち主が死ぬけど綺麗ではある。今回は持ってきていないけど、魔界の宝物庫に入っていた気がするな。


「すぐには用意できないが、なんとかして見せる。もし可能ならミトルが売りに来てくれるのか?」


「そうだなー。あの村にはかわいい子がいたし、俺が行ってもいいなー」


 リンゴが手に入るなら、こいつの性格には目をつぶろう。


「まあ、今日の長老たちの判断しだいだな。勝手にリンゴを渡すわけにはいかねーから、まずは長老の許可を取ってくれ」


 なるほど。これはチャンスかもしれない。普通なら長老と会うのも難しかったかもしれないが、これから会うわけだから直接交渉ができる。やる気出てきた。


「分かっていると思うけど、まず無罪を証明しろよ。リンゴの話はそれからだぞ」


 忘れてた。




 どうやって交渉しようかと考えていたら、隊長のやつが人族の男を三人連れてきた。私と同じように手錠をされている。


「こいつらがリンゴを盗んだやつらだ。知り合いか?」


 なんだろう。三人とも目が虚ろだ。視点が定まっていない。その状態を差し引いても、知り合いじゃないな。ソドゴラ村でも見たことはない。


「まったく知らんやつらだ。ところで、こいつらに何かしたのか? 意識がはっきりしていないようだが」


「魔力を抑える手錠はしたが、それ以上は何もしてはいない。二日前からこんな感じだ。むしろお前がなにかしたのではないか?」


 なにをどう出来たというのだろうか。憶測で語らないでほしい。しかし、こいつらはどう見てもおかしい。なんか変な薬でも盛ったんじゃないか? よし、よく見てみよう。


 ……どういうことだ?


「確認だが、こいつらがリンゴを盗んだ人族なのか?」


「そうだ」


 いや、そんなわけないだろう。


「間違いないのか?」


「しつこいぞ。こいつらで間違いない」


「いや、でも、こいつらは……」


 隊長のやつが手のひらを私の方にかざして遮った。なにか頷いている。念話でも届いたのだろうか。


「長老たちの準備が整ったようだ。言いたいことがあるなら、その時に言うがいい」


 いいのだろうか。ものすごく重要なことを言おうとしたのだが。まあ、いいか。私には関係ないし。いや、関係あるのか? ……よし、後にしよう。


 ミトルが牢を開けてくれたので外に出る。さて、勝負と行くか。

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