長命種

 

「ここが森の最奥だ」


 カブトムシの荷台に乗って結構な時間が経ったが、ようやく着いたようだ。


 もう夕方だからだろうか。周囲はかなり暗い。上空は木で生い茂っていて光がほとんど届かないようだ。これほどなら昼でもかなり暗そう。周囲を見ると、エルフの村で見たような家がいくつかある。ただ、誰も住んでいないようだ。気配がない。


「今日はここで一晩を明かし、明日、長老たちに会わせる」


「今日は会わせてくれないのか?」


 面倒なことは早く終わらせたい。


「今日は無理だ。もう長老達は休まれている」


 年寄りだから仕方ないか。そういえば、魔王様も早めにお休みになるときがあるな。見た目よりお年を召しているのだろうか? おっと、不敬だな。


「逃げ出さないように千年樹の牢に入れるぞ」


「それは構わないが食事は出せ」


 隊長はミトルに「用意してやれ」と言ってから離れて行った。


「結婚はしてやれねーが、飯は作ってやるぞ」


 蹴りが足りなかったようだ。両手がふさがってなかったら風穴を開けてた。お前の料理は微妙な味だから笑顔にならん。だから食ってやってるのだ。誰もいなかったらニアの作った弁当を食べるのに。夜中にこっそり食べよう。でも、太るかな?




 食事の後に、千年樹の牢とやらに入れられた。


 どうやらかなりの強度を持つ木の内部をくり抜いて、入り口だけ木の格子にしているようだ。どうやって加工したのかよくわからない。植物を操作する魔法とかスキルがあるのだろうか。転移で逃げ出せるけど、そうする必要はないから大人しくしていよう。


 さて、寝るには早い。どうしたものか。


「俺が見張りになった。面倒だから逃げ出さないでくれよ」


 ミトルが牢のすぐ外に座った。ちょうどいい、こいつに色々聞いてみよう。


「ちょっと聞きたいのだが、エルフの長老とはどんなやつらだ?」


「よし、交互に一問一答するやつだな? ……いや、別にしなくていいか、お互い聞けばなんでも答えそうだし。えっと、なんだっけ、長老? そうだなー、四百歳以上のエルフを長老と呼んでいるんだ。今は確か三人だったかな。基本的にはなにもしないが、なにか問題があったときに助言をもらうんだよ」


 エルフは四百年から五百年くらい生きると魔王様に聞いている。エルフとしてもそれなりの年齢なんだろう。でも、三人だけなのか。少なくないか?


「長老というのは少ないんだな。もっと多くいると思っていたが」


 ミトルは渋い顔をした。なんだろう。なにか言いにくい理由でもあるのだろうか?


「他の長老たちは世界樹に捧げられたよ」


 世界樹に捧げられた、か。私も捧げられると言っていたが、そもそもどういうことなのだろう? やはり死ぬ感じだろうか。


「根本的なことなのだが、世界樹に捧げられる、というのはどういうことなんだ?」


「俺も具体的には知らねーよ。だが……」


 ミトルは一度言葉を区切り、ため息をついてから改めて話し始めた。


 話によると、エルフは寿命を迎える前に世界樹と一体化するらしい。


 エルフは長命だが、肉体的に元気でも長く生きると生物的に「生きる」ということをやめてしまうそうだ。生きる気力をなくし、日々、植物のように生きる。エルフとしてはそれが死ぬより恐ろしいらしい。そうなる前に世界樹に魂を返す、というのが、世界樹に捧げる、ということだと説明してくれた。


 ただ、具体的なやり方は誰も知らないらしい。エルフ達は世界樹に行けばわかる、と伝わっているそうだ。


「なんで生きる気力をなくすんだ?」


「それは長生きしなけりゃ分からねーよ。だが、肉体は問題なくても、精神が長い寿命についていけない、とか言ってるやつらがいたな」


 そういうものなのだろうか。まだ十八年程度しか生きていないので、まったくわからんが。


「わからねーんだけどな、森の外で暮らすと多少はわかる気もする」


 興味あるな。なにが分かったのだろう?


「俺はいま、百七十九歳でな。八十歳の頃にエルフの森を出た。それから人族や獣人とも交流をもったんだが、あいつらはエルフと違って短命だ。長生きしたとしても、八十くらいだろう。戦争や疫病でもっと早く死ぬやつのほうが多い」


 そうだろうな。魔族や獣人はもっと短い。魔界という過酷な環境での生活だからな。


「長生きするっていうのはさ、それだけ知人の死を見ることになるわけだよ。それをなんと言えばいいかなー、自分の心とか魂が削られている、という感覚なんだよな。あとは置いて行かれた、という気分になる。それは仲が良かったほど顕著でな」


 分からなくはない、かな? 知っている奴が死ぬと、そんな気がしないでもない。


「エルフだって病気や魔物に襲われて死ぬことはある。それを何百年と見ているなら、精神とか魂が耐えられない、と思うんだよな」


「精神が耐えられなくなると、植物のようになる可能性がある、ということか?」


「わからねーよ。ただ、そうじゃねーかなって思っただけだ。だからエルフたちは短命な人族とかと付き合わずに、森の中でひっそり生きているのかなーって、考えたことがあったしな」


 長命種には長命種の悩みとかがあるのだろうか。これはなってみないとわからないから、私には理解できないだろうな。


「興味深い話だった。チャラいのに色々考えているんだな」


 ちょっとだけ見直した。


「チャラいはよけーだよ。そんなわけだからよ、もっと刹那的に生きようかと思って、色々楽しい事をしながら生きてるよ。だからグラマーでかわいい子を紹介してくれ」


 見直したけど、見損なった。プラスマイナスゼロだな。どちらかというとマイナスか。




 そのままミトルは寝てしまった。お前、見張りじゃないのか。逃げないけど。


 ちょうどいい、誰も見ていないし、お腹がすいたからお弁当を食べよう。亜空間から取り出して、どのお弁当を食べるか悩む。贅沢な時間だ。


 悩んだ末に選んだけど、全部同じ内容のお弁当だった。よく考えたら当然か。


 おお、やっぱりニアの作った料理はうまいな。自然と頬が緩む。専属の料理人とかになってくれないだろうか。ロンはいらないけど。


 いや、駄目だよな。専属なんかにしてしまったら、あの村の奴らと戦争になるかもしれない。料理を習っているヤトに期待するしかないか。あとは誰か魔界から呼ぶかな。


 さて、お腹も膨れたし、日記を書いて寝よう。

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