獣人

 

 さて、今日もウェイトレスを頑張るか。無心だ。無心でいこう。考えるな、感じるんだ。


 そういえば掃除スキルのレベルが上がってレベル一になった。素晴らしい。掃除能力がアップした。


 しかし納得がいかない。高速洗浄とか、ごみ発見率アップとか新たに覚えると思ったら、大車輪という訳分からんスキルを覚えた。掃除のスキルなのだろうか?


「【大車輪】」


 モップが回転した。そしてモップに付いた水が飛んで周りが汚れた。


「ちょっとフェルちゃん。猫耳の件で怒ってるかもしれないけど、ちゃんと掃除しておくれよ」


 ニアに怒られた。そんな意図はない。変なスキルを覚えたからちょっと使ってみただけだ。どう見ても掃除のスキルじゃなかった。解せぬ。


「今日の料理も二種類か?」


「そうだね。肉か魚だね。ただ、今日はフェルちゃんからワイルドボアのお裾分けをもらったから、肉の方は大銅貨二枚で提供だよ。フェルちゃんはいつもの特盛を通り越して、スペシャル盛だからね」


「楽しみだ……ん?」


 なにか近づいてくる。速いな。


「らっしゃい。そんなに急がなくても飯は逃げんぞ」


 宿に入ってきたのは獣人だった。黒い髪に黒い服。そして赤いマフラー。あれ、どこかで見たことがある。


「お久しぶりですニャ。黒猫族のヤトですニャ。ご依頼の物をお持ちしましたニャ」


 そうか、ヤトが持ってきてくれたのか。そういえば、空間魔法と探索魔法を使えた気がする。


「ヤト、久しぶりだな。お前が来るとは思ってなかった。大丈夫なのか?」


「はいですニャ。今は生産部の輸送課で働いてますニャ。前に所属した部は縮小傾向でしたので、そこから輸送課に異動したのですニャ」


「長旅ご苦労。今日はこの宿で食事を取り、泊まるといい。安心しろ、働いているのでお金はあるぞ」


 一泊ぐらいおごってやれる。


「人族共に働かされているのかニャ。人族を殺しますかニャ?」


「やめろ。今後の魔族の方針は、人族と仲良くする、に決まった。今は絶賛魔族イメージアップキャンペーン中だ。お前たち魔界の獣人もそれは同様だぞ。それにこの村の奴らはいい奴らだ。私を見ても殺そうとしないしな」


「人族と仲良くするニャ? それが魔王様の決めた方針なのですかニャ?」


「そうだ」


「……わかりましたニャ。魔界の獣人達はその決定に従いますニャ」


「荷物は仕事の後で受け取る。それまで寛いでいてくれ」


 ヤトは一礼して、端っこの席に座った。


「フェルちゃん、お友達かい?」


 ニアが近づいてきて、小さい声で聞いてきた。


「違う。魔界にいる獣人だ。魔族達の配下の者と言えばいいだろうか」


「そうなのかい?」


「そうだ、丁度良かった。ヤトを一晩泊まらせたい、あと食事を。いくらになる?」


「遠くから来てくれたみたいだし、ワイルドボアのお礼もあるから、今日はタダで構わないよ」


 おお、ニアはいい奴だな。本当になんでロンと一緒になったのだろうか。


「ヤトちゃんと言ったかい? 私はこの宿のニアってもんだ。フェルちゃんにはお世話になっているよ。さて夕飯なんだが、ワイルドボアと川魚があるんだよ。どっちがいい?」


「……では、川魚でお願いするニャ」


「あいよ。ちょっと待ってておくれよ」


 ニアが厨房に行くと、ヤトが私の影からぬるりと出てきた。近距離で影移動スキル使うな。心臓に悪い。


「フェルちゃん、って何ですかニャ!? よろしいのですかニャ!?」


「なぜか私はそう呼ばれている。まあ、構わん。お前だってヤトちゃんだったぞ」


 ヤトは立ちくらみになったように額を抑えた。低血圧か?


「本気で人族と仲良くするみたいですニャ。魔界の者たちが知ったら驚きますニャ」


「色々と事情があるのは生産部なんだから知らないか? もう魔界だけではやっていけないのだ。それに人族の技術というものはすごいぞ。お前も夕飯を食べてみればわかる」


「わかりましたニャ」


「ああ、ちなみにヤトもこっちでは私のことをフェルと呼べ、色々面倒だから」


 また、立ちくらみをしたようだ。テーブルに手をついて耐えたようだが。


「フェル様で勘弁してほしいニャ……」


 なにかいらない気苦労を背負わせたようだ。いや、私はその数倍背負っているぞ。多分。




「これ何ニャ!!」


 食事中のヤトが叫んだ。


「ヤト、うるさい。営業妨害だぞ。まあ、まだ誰も居ないが」


「人族はこんなうまいものを食べてるのかニャ! ほっぺたが落ちるかと思ったニャ!」


 安心しろ。ついてる。ゾンビみたいにはなっていない。あと、表現が古い。


「ニアは人族の中でも料理が得意だ。その料理だけでも人族は面白いと思うだろ」


「はいニャ。食材の違い、というわけではなく、料理の腕の違いですニャ。魔界に持ち帰りたい技術ですニャ」


 魔界から料理の得意な奴を呼んで、ニアに教えてもらうか。でも料理スキルの高い奴いたかな。


「ごちそうさまですニャ」


 いつの間にか、ヤトは食事が終わったようだ。


「おや、もう食べたのかい? あ、フェルちゃんと同じように魚の骨は残らないんだね?」


「そんな食べ方は知らないニャ」


 骨だけ残すなんて器用な真似は出来ないし、食わない理由がない。


「そうだ、この村の奴らは、獣人をどう思っているんだ。迫害したりするか?」


 今はどうかしらんが獣人は人族に迫害されていた。この村の奴らは魔族の私でも受け入れている感じなのでそんなことはないと思うが。


「そんなことはさせないよ。もし、うちの店でそんなことしたら出入り禁止だね。私が叩きのめしてやるよ」


 おお、頼りになるな。ヤトもびっくりしていたが、嬉しそうだ。尻尾がとくに。


 その後、ぞろぞろと村の奴らがやってきた。畑仕事が終わったようだ。


「あー疲れたー。フェルちゃん、大盛で五人前ね! あと酒も同じだけ。あ、今日も食事は二種類かい?」


「らっしゃい。食事は肉と魚の二種類だ。だが、今日は肉を大銅貨二枚で提供している。肉の方は私からの提供だ。感謝しろ」


「そうか、フェルちゃん、ありがとうな! じゃあ、肉の方を五人前で頼むよ」


「わかった、しばらく待て」


 ニアに料理を伝えた。あと、酒を樽から木のコップに注ぐ。注ぎ方は完璧だ。以前、表面張力の限界に挑んだら怒られた。同じ失敗はしない。


「酒だ。酔っぱらいの介抱はしないから適度なところで止めろよ」


「フェルちゃん、ちょっといいかな?」


「なんだ? 酒の値段は大銅貨一枚だ。ツケはきかんぞ」


「いやそうじゃなくて、あそこに座っているのは誰だい? なんか睨まれてる?」


 ヤトの方を見て聞いてきた。ヤトもこちらをじっと見ているが、睨んでいるというよりは観察している感じだろうか。


「魔界から来た獣人のヤトだ。私宛の荷物を持ってきてくれたんだ」


「フェルちゃんの知り合いか。いやあ、獣人を初めて見たよ。すごい美人さんだね。人族とほとんど変わらないし、猫耳と尻尾があるぐらいだ」


「獣人の中でも色々あるらしいぞ。本当に猫っぽい獣人もいるらしい。種族的には同じらしいが」


「共和国にいる方の獣人はそんな感じなのかな。まあ、いいや、せっかくだから彼女に一杯奢るよ。酒……は駄目か。牛乳か何かをこっちの払いで」


「わかった」


 私は奢ってもらったことが無いのだが、ヤトは初日で奢ってもらった。この差は何だろう? 食事が無料だったからだな。うん。美人とか関係ないはずだ。


「フェル様、これはなんですかニャ?」


「向こうのテーブルの奴が奢ってくれるらしい。美人さんだと言っていた」


 向こうのテーブルでは、全員がこっちを見ながら笑顔でコップを掲げている。ヤトもつられてコップを掲げた。


「人族とこんな風に乾杯するとは夢にも思わなかったニャ」


 わかる。私もウェイトレスをするとは夢にも思わなかった。この悪夢、早く覚めてほしい。


「フェル! 猫の獣人が来ているって本当か!?」


 いきなりロンがやってきた。ロンの勢いにヤトはびっくりしている。なんだろう、厄介ごとの気配がする。


「ああ、こいつだ」


「黒猫族のヤトですニャ。フェル様がお世話になっていますニャ」


 ヤトが席を立って、ロンに一礼した。そんなことしなくていいぞ。


「おお、おお……」


 なんか両手を上にあげて、両膝をつき、天を仰いだ。女神教の祈りポーズか何かだろうか。もしくは戦場で背中から撃たれるポーズにも見える。


「君のような人を待っていた。ぜひ、うちでウェイトレスをやってくれ!」


 この店のウェイトレスは目の前にいるぞ。


「わ、私がウェイトレスかニャ? でも、フェル様が着ているような服は私に似合わないニャ」


 なんかヤトはこっちをチラチラ見ている。もしかして着たいのか?


「フェルに似合って、ヤトちゃんに似合わない訳ない。安心してくれ」


 私は呼び捨てでヤトはちゃん付けか。背中に気をつけろよ。


「しかしですニャ」


 ヤトはさらにチラチラとこちらを見ている。なんとなくだが、ヤトはやりたそうだ。服を着たいだけかもしれないが。


「ウェイトレスの服はまだあるのか?」


「おう、こんなこともあろうかと用意してある。カミさんは着てくれないが」


 後半小声だった。普通の奴は抵抗があるんだ。覚えとけ。


「ヤト、何事も経験だし、今はキャンペーン中だ。私の手伝いということでちょっとやってみてくれ」


「し、仕方ないニャ。そこまで言われたらやらない訳にはいかないニャ」


 そこまで、は言ってない。それに顔には出ていないが尻尾が嬉しそうだぞ。




「ど、どうですかニャ?」


 私の服よりもヒラヒラがパワーアップしている。反面、防御力は私と同じぐらいだが。


「猫耳、尻尾、言葉遣い、すべてにおいて完璧だ」


 いや、ヤトが聞いているのは服のことだぞ? それに猫耳や尻尾があるだけで完璧なら、私は不完全か、コラ。


「うん、一時間大銅貨十五枚払おう」


「ちょっとまて、私との差は何だ?」


「猫耳、尻尾、言葉遣いの差だな」


 殴りそうになった。しかし、一日に二回も殴るのは問題があるかもしれない。それにここは猫耳を称えるべきか。魅了スキルとかあるかもしれん。あとでよく見てみよう。




 大盛況だ。ワイルドボアが安いということもあるのだが、明らかにヤトのおかげだ。


 そして村の男どもがうるさい。慣れていない感じが逆にいいとのことだ。何言ってんだ、こいつら。私だって慣れていないぞ。


 しかも給仕しようとしたら、ヤトに代わってほしいと言われた。別に構わないが納得いかない。今日はもう皿洗いにだけにしようかな。


 ちょっとブルー入っていたら、ディアが飛び込んできた。お前も猫耳を見に来たのか。


「フェルちゃん、助けて!」


 私に用事だった。よし、今なら気持ち五割増しで助けてやるぞ。

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