情勢
午後は仕事を探してみよう。ギルドに依頼がないなら、探せば良いのだ。まずは村長の家に行ってみるか。
「たの――痛い」
家に入ったら何かに突撃された。私の挨拶をキャンセルするとは何だ。
よく見ると子供が足にしがみついていた。確か、村長の孫でアンリだったか。魔族にダメージ与えるとはどういうことだろうか。
「何をする」
「フェル姉ちゃん、いらっしゃい。遊んであげる」
いや、結構だ。それよりもフェル姉ちゃんというのは、私のことか。お前のような妹は居ないし、人族だろうが。
「ああ、フェルさん、すみません。怪我はありませんか?」
「いや、ちょっと痛みがあっただけだ。怪我はない。アンリ、離れてくれ」
「やだ、この足は人質。勉強嫌いだからもう解放してもらう。言うこと聞かないと折る。あと、おやつを持ってきて」
怖い。その年でそういう考えをするのが怖い。魔族だってそんなことしない。
「たとえ折れても勉強はさせるぞ。さあ、席に着きなさい」
もっと人質を大事にしろ。しかし、勉強か。人族の勉強にちょっと興味があるな。
「勉強といったが、何を教えているんだ」
「簡単な算術と文字の読み書きですね。あとは人界の地理、情勢とかでしょうか」
算術と文字の読み書きは問題ないレベルだから教わる必要はないな。人界の地理、情勢はちょっと興味がある。
「アンリ、一緒に人界の情勢とやらを聞いてみないか。私も興味ある」
「そんなことより勇者ごっこしようよ。私勇者、フェル姉ちゃんはゴブリン」
「それだと私が死ぬ役だろうが」
魔王様の役なら完璧にトレースしてやるが。
「いいか、アンリ。いい女とは知識も豊富なのだ。遊んでばかりだといい女になれんぞ」
「そうなの?」
「そうだ。教養のある女は誰から見てもいい女だ。私のようにな」
「わかった、勉強する。終わったら遊んで」
まずは、人質を解放しろ。話はそれからだ。
「村長、すまないがアンリと一緒に私にも地理と情勢を教えてくれないか」
「ええ、構いませんよ。さ、アンリも席に着きなさい」
アンリ、村長は席に座れといったのだ。私の膝に座るんじゃない。ああ、もう、動く気配がない。仕方ないな。
村長は机の上に地図を広げた。どうやらものすごい簡略された地図らしい。それでも貴重品らしいが。
地図を見ると、三日月型の大陸があるだけだった。横に長い楕円で欠けているのが南側。欠けているというよりは、楕円の南側部分が小さい半円で抉れているという感じだろうか。
「私たちの住んでいるのはここ、境界の森です」
楕円の北側、欠けている円のすぐ北側だった。大陸を楕円と考えた場合、真ん中よりちょっと北、になるのだろうか。
「この大陸の東側北部が魔法国オリンです。魔法至上主義で、強力な魔法を使えるほど優遇されます。北に行くほど寒くなり、年中雪が溶けないとか」
なんでそんなところに住むのだろうか。暖かい方が良いに決まってる。
「東側南部が宗教国家ロモンですね。女神教の総本山で、教皇と呼ばれる人がトップです。聖地と呼ばれる場所があるようで、人界中の女神教徒が毎年一回は祈りに行くらしいですね。あと空中都市があるらしいですよ」
「空中都市ってなんだ?」
「空に都市が浮いているそうです。そこには光の女神がいるとか。ただ、教皇しかそこに行けない、という話なので、少々眉唾ですね。ああ、浮いている島自体はありますよ。それは肉眼で見れます」
面白そうだな。重力遮断の魔法とか使われているのだろうか。
「次は西側北部。ここはルハラ帝国ですね。軍事国家です。魔法でも武器でも力のあるものが優秀である、という考えですね。隣接するトラン王国、ウゲン共和国と年中戦争してます。境界の森にはエルフがいますので、今のところ侵攻してくる様子はないようですが、ほかの二国を亡ぼすなり、吸収するなりした後は分かりませんね」
なんか、魔族っぽい思考だ。西側というと魔界からの門があったところか。昔、魔族が最初に攻め込む場所だったのかもしれない。だから好戦的なのかな。
「西側中央のさらに西側部分、といえば良いでしょうか。そこはウゲン共和国。獣人達の住む国ですね。各部族の族長による合議制の国と聞いています。過去に人族に迫害されて僻地に追いやられたのですが、獅子王と呼ばれる獅子の獣人が現れて、人族に抵抗したと言われています。今は高齢で一線を退いているようですが、いまだに影響力は高いと言われていますね」
魔界でも一部の獣人を保護したことがある。忠誠を誓う代わりに人族から守ってほしいといわれ、保護した。魔界もいまでは魔族よりも獣人達の方が多いな。これを知ったらその国に行きたい、とか思うだろうか。
「西側中央の東側部分から南部分は、トラン王国ですね。魔法に頼らない技術を開発する国です。なんと言ったかな……力学とかエネルギーとか、そういったものを利用するらしいです。まあ、よくわかりませんが。それと海を使って宗教国家ロモンと交易しているみたいですね」
魔法に頼らない、か。理由がわからん。意味があるのか。使えるなら何でも使えばいいのに。
「大きな国としては、このような形ですね。ほかにも少数民族国家はありますが、国と言えるほどかどうかは分かりません」
「この村はどの国に所属するんだ? 地理的には魔法国オリンかルハラ帝国か?」
「この村はどこにも所属していませんよ。境界の森は一部とは言えエルフが住んでいますから、どの国も支配できなかったのでしょう」
人族について詳しくはないが、それってどうなんだろう?
「もしかしてこの村の奴らは、勝手にこの森に住んでいるだけということか?」
「そうなりますな。税もありませんし。でも、パトロン的なものはありますよ。冒険者ギルドと女神教です。村に施設があるのを見たでしょう? この村に開拓費を出すから施設を置かせてくれと言われまして」
はて? この村ってそんなに重要なのだろうか。
「大陸の東と西を結ぶ陸路はここだけなんです。宗教国家ロモンとトラン王国を結ぶ海路はありますが、危険度で言えばはるかにこちらが楽ですから。冒険者も女神教徒も人界中にいますので、ここは必要な通り道なんですよ。商人ギルドもパトロンになってくれれば有り難いのですが、今は様子見のようですね」
「森の北側はどうなんだ? 地図で見ると山のようだが通れるだろ」
地図の北側、境界の森のさらに北を指して聞いてみた。
「そこは、龍神とその眷属がいると言われていますね。眷属はドラゴニュートと呼ばれていまして、こう言っては何ですが、魔族並みに危険ですね。龍神は何かと敵対しているわけではないようで、領地に踏み込まなければ何もしてこないようです。ですからそこを西や東に行くときのルートにする、というのはあり得ませんね」
龍神とドラゴニュートか。会ったことはないが危険だ、ということは知っている。ちょっと戦ってみたい気もする。
「さて、今日はこの辺りにしましょう。アンリ、遊んできていいよ」
「うん。じゃあ、フェル姉ちゃん、トラン王国やって。アンリはルハラ帝国をやるから」
「意味がわからん。魔法を使うな、ということか?」
とりあえず、お互い木の棒で戦った。ルハラ帝国は強かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます