友好
今日は魔王様が部屋で何かをされているはずだ。邪魔しないように静かに用意をして部屋の外に出よう。
静かに食堂へ行くとロンがいた。
「おお、フェルか。おはよう」
「おはよう。朝食をたのむ。牛乳多めで」
「ちょっと待ってな」
そういえば、家畜を育てている、とか聞いた気がする。どこで育てているのだろう?
「家畜がいると聞いたが、どこにいるんだ?」
「村の北側にある小屋だな。小さいがそこで、牛と豚を飼ってる。あと鶏。餌代は掛かるが食事に欠かせないものを生み出してくれるから重宝しているぞ」
なんという錬金術。牛乳とか卵のことだと思う。豚は何だろうか。
よく考えたら、魔界でも家畜を育てて食糧を生産するべきではないだろうか。育て方とか学んで魔界に持ち帰れば食糧不足を解消できるかもしれない。
「私も家畜を育ててみたいのだが、出来るだろうか?」
「家畜の世話はかなり難しいぞ。ただ餌を与えればいい、という訳でもないからな。それに、牛や豚もタダじゃない。初期投資が結構掛かるもんだ。あてはあるのか?」
あてなら魔界にある。駄目かもしれないが、まずはお試しでやってみるか。
「魔界から家畜を呼び寄せて試してみる」
「そうか。教えられることがあれば教えるから何でも聞いてくれ」
ロンは実は良い奴だったか。私の中でロンに対する好感度がアップした。
「ところでフェル君、ちょっといいかね?」
君、ときた。厄介ごとか。
「これを見てくれ」
テーブルの上に、猫耳がついたヘアバンドと、猫のしっぽが付いたベルトが乗せられた。
「今日から、これを着け、語尾にニャをつけて接客して――ごふぅ」
殴った。
セクハラにはパワハラ、これは魔界の常識だ。一瞬、手加減を忘れて殴ってしまったが、死んでいないから良いだろう。意外と頑丈だったのが助かった。しかし、なんということを言うのだ、こいつは。私に猫の恰好をしろとは。私は犬派だ。
「なんだい、今の音は?」
ニアが厨房から出てきた。そして、テーブルの上にあるものと、床に倒れているロンを見て、なんとなく理解したようだ。
「すまないね、フェルちゃん。よーく、言っておくから」
「ち、ちがうんだ、きゃ、客から要望があってだな。そういうサービスデーがあっても良いんじゃないかと……」
「そうだね、こっちでお話ししようか」
ロンはニアに厨房とは別の部屋に引きずられていった。扉が閉まると同時に悲鳴が聞こえたけど、気にしない。
さて、まずは畑かな。ヒマワリを見てこないと。
「なあ、フェルちゃん、これなんだ? 魔族の儀式かなにか?」
畑仕事をしている奴らにいきなり声を掛けられた。いったい、なんのことだろうか。
指でさされた方を見ると、案山子ゴーレムの前になにかの鳥とワイルドボアが添えられていた。もしかして、畑をあらそうとした奴を退治したのだろうか。魔物と話は出来ても、ゴーレムとは話せないからよくわからん。
「多分、案山子が畑をあらす奴を撃退した。撃退しただけで放っておいたのだと思う。皆で食うか?」
「よし、俺がニアさんとこ持ってく」
「今は行くな、ロンとお話し中だ」
手に入れた獲物は皆で食べることになった。解体の得意な奴がいて、解体魔法で皮をはいだり、血を抜いたりしていた。魔法を使わずに解体することも出来るが、そういうのは獲物が死んですぐにやらないと難しいそうなので、今回は魔法でやったらしい。しかも血を抜いた肉の方がおいしいそうだ。知らなかった。今度から血を抜こう。
今日の夕飯は豪勢になるかもしれないな。楽しみだ。
それからヒマワリに水をやった。すでに芽が出ている。詳しくは知らないがヒマワリって成長が早いんだな。それとも豊穣の舞の効果だろうか。まあ、何でもいいか、立派に育て。
さて、次は冒険者ギルドだ。
「いらっしゃい、フェルちゃん! 猫耳どうだった? 私が作っておじさんに――危ない!」
躱された。手加減はしたが躱せるとは驚きだ。
「なにすんの!」
「いや、お前が何してんだ。あんなもの作りやがって」
「可愛いでしょうが!」
「着ける方の身になれ。まあいい。この件はロンが被害者になって終わりだ。ほら、達成依頼票だ、金を出せ」
ディアはブツブツ言いながらも、いつも通り、魔導金庫から小銀貨三枚と、大銅貨六枚出して渡してくれた。今の手持ちは……いっぱいだ。計算はここぞという時にすればいい。しかし、まだまだ稼がなくては。
「そういえば、ディアは手先が器用なのか? 猫耳を着けるのは論外だが、この間も服を直していただろう?」
「副業ってやつだね。仕立て関係ならかなり自信あるよ。あの猫耳もワイルドボアの毛皮を毟って作ったんだ」
それは仕立てなのか? それはともかく服関係でなにかあったときに相談してみよう。
「ところで、依頼はあるか?」
「ないよ。フェルちゃんがうちの専属冒険者になったってことは言いふらしたけど、何を依頼していいか分からないのかも」
初めて耳にする単語が出てきた。嫌な予感がする。
「このギルドの専属冒険者ってなんだ? 私はそんなものになっていないぞ」
「え? フェルちゃん、この村以外にどこか行くの?」
まず、私の質問に答えろ。
しかし、どうなんだろうか。魔王様が世界樹に行けた後のことは知らない。とりあえずお金稼ぎと食糧の調達が目標だが、この村だけではそれほど効果がなさそうだし、人族と仲良くするのも、ここだけでは意味がない気がする。とはいえ魔族を受け入れてくれるのも、この村だけだろうしな。よくわからん。
「しばらくはいると思うが、ずっとはいないと思う」
「駄目だよ! うちのギルドの稼ぎが無くなるでしょ!」
「知ったことか。いいから専属冒険者のことについて教えてくれ」
ディアの説明では、専属冒険者になると専属になったギルドから色々と恩恵を得られるらしい。ただし、そのギルドの依頼を最優先で実施する必要があるし、一か月以上留守にする場合は、事前の報告と一定間隔の生存証明が必要になるそうで、それを破るとペナルティが発生するらしい。恩恵もペナルティもギルドマスターの裁量で決まるようで、ギルドの支部によって違うそうだ。
「このギルドのギルドマスターって誰になるんだ」
ディアが右手で拳をつくり親指だけ立てて、ディア自身のことを指した。顔がドヤ顔だ。殴りたい。
「ディアなのか」
「ここには私しかいないんだから当然でしょ。受付とは仮の姿……何を隠そうギルドマスターだったのさ!」
超うざい。
「じゃあ、恩恵ってなんだ?」
「いつでも話し相手になるし、お茶もタダで飲めるよ!」
「ペナルティは?」
「私の肩もみとか?」
いつか肩を砕いてやる。いや待て、落ち着こう、クールだ、冷静になるべきだ。よく考えたらどうでもいいペナルティだ。恩恵もどうでもいいが。
「わかった。いつまでこの村に居るか分からんが、専属冒険者ということで納得しよう」
「そうこなくちゃ。ランクを上げてうちに貢献してね。そうすれば私の評価もうなぎ上りだから!」
なんか納得いかん。
「もう昼だから宿に戻る」
「あ、お昼? 私も今日は森の妖精亭で食べるよ。ヴァイアちゃんも誘って皆で食べよう!」
勝手に決めるな、と言いたいところだがやめておこう。人族と仲良くするためだ。ただ、こいつと仲良くすると色々な面倒に巻き込まれそうな気もする。
「よし、発案者のお前に昼食をおごる権利をやろう」
「フェルちゃんは宿の料理、タダでしょ」
おかわりは違うぞ。
途中、雑貨屋に寄って、ヴァイアを拉致した後、宿にきた。
「いらっしゃい……おや、珍しいね、今日は三人で食事かい?」
「たまには友好を深めないとね!」
言っておくが、私のディアへの好感度はダダ下がりだぞ。
「食事は用意していたんだけど、皆で食べようって言われたので来ました」
「あいよ、用意するから待っておくれ」
ニアは厨房に入っていった。これから用意するのか。時間掛かるのかな。
「そういえば、もらったヒマワリの種から芽がでた。順調に育っているぞ」
ヒマワリの経過報告だ。種をタダで貰ったのだから報告の義務があるだろう。
「種をあげたのは二日前だよね? もう芽が出たの?」
「人界は植物の成長が早いな」
「そう……なの……かな?」
「なになに? 園芸でもするの?」
「いや、食糧を作っている。ヒマワリの種は食べられるらしいぞ。腹は膨れそうにないが」
あんな小さくては百個ぐらい食べなくてはお腹が膨れないかもしれん。
「もっとお腹に溜まるものを作ろうよ。ジャガイモとか」
「残念ながら種がない。一応、魔界に種を頼んだからそろそろ着くはずだ。何の種が来るかは分からないがな」
誰が来るんだろうな。探索魔法と空間魔法が使える奴ってそういないと思うが。魔族ではなく、獣人が来る可能性もあるのかな。
「魔界から誰か来るの? イケメン?」
「その情報がお前に何をもたらすのか知らんが、私も来る奴は知らん。大体、男かどうかもわからん」
「いや、ほら、フェルちゃんの魔界での恋人とか」
「そこのところ詳しく」
ディアの言葉にヴァイアが食いついた。身を乗り出しすぎだ。怖い。
恋人というのは、友達以上、つがい未満のあれか?
「私に恋人というのはいない」
「でも、もしかしたら、フェルちゃんを好きな人が追いかけてくるかもしれないんだね!」
ヴァイアがうっとりした感じになった。なにか妄想しているのか、ブツブツ言っている。さらに怖くなった。
「誰が来るにしても、ここに住むの?」
どうなんだろうか。物を届けたら、魔界に帰りそうだが。でも、ここで何かを学ばせるというのはいいかもしれない。ただ、お金を稼ぐ手段がないかもしれないな。
「わからん。来た時に本人に聞いてみる。だが、この村に仕事が無いからな。お金を稼げないと滞在するのは難しいかもしれないな」
「冒険者ギルドに所属しようよ!」
「いや、だからお前のところに仕事がないだろ」
「フェルちゃん!」
ヴァイアが両手で私の手を握ってきた。さらに目が潤んでいる。どうした。
「フェルちゃんの子は私が立派に育てて見せるからね!」
「何を言っているんだ、お前は」
ヴァイアの中で私は一体どうなったんだ。
食事は美味かったが、ヴァイアの妄想話がひどかった。何で私が自分の子をヴァイアに預けて、魔族から逃亡せねばならんのだ。ただ、黒幕がディアだったのは納得した。
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