魔族

 

 宿に戻ってきた。今日のお昼は何だろうか。


「今日の昼は焼き魚だよ。近くの川で結構釣れたらしくて、お裾分けをもらったからね」


 川で魚が釣れるのか。魔界の地表にも川とか湖はあるが、魚どころか生物はいないな。というか触ったら溶けるし。


 ダンジョン内の地底湖エリアなら、魚がいた気がする。でも、あそこの魚はアグレッシブだから、食うか食われるかだ。メガロドンとか言ったか。首が二つとか三つの奴もいたかな。あと、風魔法をつかって竜巻に乗ってくる奴とか。魚ってなんだろう。


「はい、おまたせー」


 思ってたよりも小さい。人界はこれが通常サイズなんだろうか。だが、うまい。こう、噛みごたえがあるというか。


「普通、魚を食べると、頭と骨と尾が残るんだけどねー」


「そんな食べ方は知らん。骨にはカルシウムというのがあって、骨を丈夫にしてくれるらしいぞ」


 食べ続ければ、将来、骨折無効のスキルとか覚えられるかもしれん。


「そうなのかい? まあ、料理人としてはうれしい食べ方だからなんでもいいけどね」


 食べ物を残すとかありえない。それはともかく、午後も頑張ろう。


 まず、桶と柄杓を弁償せねば。ヴァイアの店にいこう。




「あ、いらっしゃい、フェルちゃん。今日は何?」


「桶と柄杓を売ってくれ。それぞれ、二つずつ頼む」


「買ってくれるんだ。うれしいな。どっちも大銅貨二枚で二個ずつだから、全部で大銅貨八枚だね。桶はそこの隅に積んであるものから選んで。柄杓はそこ壁に何本か立て掛けてあるから、そっちも好きなものを選んでね」


 どれも同じに見えるがよく見ておこう。呪われてたりしたら嫌だし。あと、耐久力が高い方がいい。これなんかいいな。


「これらを頼む。大銅貨八枚だ」


「はい、ありがとう。これ、ヒマワリ用だよね。でも何で二つずつ?」


「桶と柄杓の一セットはゴーレムになった。その弁償だ」


「言葉は分かるのに意味がわからないよ」


「そうだ、畑の案山子に攻撃するなよ。襲われるぞ」


「そんなことしないよ」


 さて、まずは畑に行って桶と柄杓を渡すか。




「さっそく桶と柄杓を弁償してくれたのか」


「ヴァイアの店で買ってきた。安心しろ、呪われてないぞ」


「そんな心配はしてねぇ」


「そういえば、午前中からずっと畑にいるみたいだが、昼食はどうしているんだ?」


「ロンの宿で弁当を買っているんだ。ほとんどがパンと干し肉だけどうまいぞ。ロンの宿は調味料とか食材も売ってくれるんだが、俺は料理が出来ないからな。割高だがニアの料理はうまいし、大抵の独り者は弁当買ってるぞ」


 弁当。聞いたことがある。携帯食料みたいなものだったか。遠出するときは私もニアに頼もう。魔王様の昼食を頼むというのはありだな。でも、魔王様はワイルドボアが好きだから、いらないかな。


 さて、することが無くなってしまった。とりあえずギルドに行ってなにか仕事がないか確認しようかな。




「あれ、また来てくれたんだ」


「することがない。仕事をくれ」


「たまには休むことも大事だよ。お茶入れるから待ってて」


 お茶か。村長の家で飲んだ時は美味しかったけど熱かった。この猫舌、なんとかならんかな。熱耐性とか覚えれば大丈夫だろうか。


 そんなことを考えていたら、ディアがお茶を持ってきた。それほど熱そうに見えないが油断は禁物だ。


「そういえば、魔族って普段何してるの?」


「魔族に興味あるのか?」


「んー、フェルちゃんを見ていると教わっている魔族とちょっと違う気がするから」


「先に人族では魔族についてどのように教わっているか聞いていいか?」


 ディアの話によると、魔族は人族の敵である、というのが最初に教わることらしい。五十年ぐらい前まで人族と魔族は常に殺し合いをしていた。魔族は人族を見ると有無を言わさず襲ってきていたし、魔族を捕虜にしても、自爆するので話し合いすらしたことがなかった。なので、そもそも魔族が人族を襲う理由が分からず、どちらかが全滅するまで殺し合う種族だと認識していたらしい。


 ところが、五十年前に急に魔族がいなくなったため、魔界に戻り力を蓄えているのではないか、とされているそうだ。そこで人族も力を蓄えるために、いまでも魔族に対抗する術を磨いている、とのこと。


 ただ、五十年経って、魔族に対する恐怖が薄れてきたそうだ。実際に魔族と対峙したことのある人ならいまだに恐怖を感じるだろうが、会ったこともない魔族に恐怖を感じるような若い人はいないらしい。


「私の親の代でも魔族って見たことないんじゃないかな。外見的には角がある、とは聞いていたから、小屋の中でフェルちゃんを初めて見た時、魔族だ、とは思ったけど」


「話の中に魔王とか勇者のことが出てきていないが人族にはどう伝わっている?」


「魔王っていうのは、魔族達の王でしょ。魔界にいる、としか聞いたことがないかな。勇者というのは女神教に選ばれた人で、絶大な力を持っている人、というぐらいの認識だね。当時は勇者の人気がすごかったらしいけど、詳しく知らないよ。どちらかといえば、女神教そのものが人気だよ。ねえねえ、五十年前になにがあったか教えてよ」


「五十年前に魔界に勇者が現れて、当時の魔王を倒した。その後、勇者も死んだ。次の魔王が現れるまで魔族の方針が決まらなかったので、魔界で大人しくしていただけだ」


「それ言っていいの?」


「知られて困ることはなにもないな。当時の話だからどうでもいい。それで最初の質問はなんだったか……普段魔族が何をしているか、ってことだったか?」


 魔界の地表には住めないので、すべてダンジョン内での話だが、畑を耕したり、動物の狩りをしたり、この村でやっていることと同じだと説明した。


「ダンジョンって洞窟だよね。太陽がなくても大丈夫なの?」


「私も詳しくは知らないが、魔界の開発部が言うには、ダンジョンの奥にはダンジョンコアがあって、それが疑似的に太陽光線、いや、日光か? まあ、それを作っている、ということらしい。人界に来るまで太陽ってなんだか分からなかったが、見て驚いた。あれ、くれ」


「無理だよ」


 その後も、ディアと色々と話をした。誰と誰が付き合っているとか、どうでもいい話だったが。




 さて、ウェイトレスの仕事だ。私は負けない。


 掃除ももう手慣れたものだ。そろそろスキルが上がってもおかしくない。高速洗浄とか覚えてくれないだろうか。


 店先は掃き掃除だけでいいか。雑草は根こそぎ殲滅したからもうないし。しかし、ホウキってすごいな、これ、誰が考えたんだ。


「あ、フェルちゃん、ちょっといいかい?」


 ニアに呼ばれた。何だろう。ミスはしていないはずだ。


「フェルちゃんのおかげで、料理の仕込み時間が増えたから、提供する料理を増やすことにしたんだよ。今日は肉料理か、魚料理か聞いておくれ。値段は一緒だから、どっちが食べたいかを聞いてくれればいいよ」


「わかった。両方を半分ずつ、とかはないな?」


「ないね。半分ずつなら両方注文しろ、と言ってくれていいよ」


 両方食べるのは魅力的だな。私もお金を貯めたらそういう豪遊をしたい。




「らっしゃい。今日の料理は二種類だ。肉料理か魚料理かを選ぶがいい。値段は一緒だ」


「マジか、どっちがおすすめ?」


「両方だ。迷うぐらいなら両方食え」


 本当に両方頼む奴らがいた。なんと羨ましい。なんでこいつらはそんなに金を持っているんだ。


 と、思ったら、私のまかないも両方だった。普段の特盛サイズじゃなく、普通サイズだがなんと素晴らしい。日記に書いておこう。


 さて、残りの時間も頑張るか。




「片付け終わったぞ」


「はーい、ご苦労さん。いやー、今日も売り上げ良かったよ。本当に両方頼むのがいたからね。はい、じゃあこれ達成依頼票」


「片方を選ぶのは難しいと思うぞ。では、今日はこれで。おやすみ」


「あいよ、おやすみ」


 ニアに挨拶をした後、部屋に戻ると魔王様がいらっしゃった。もしかして待っててくれたのだろうか。


「お疲れさま」


「いえ、魔王様もお疲れ様です」


「明日はちょっと部屋に籠って作業するつもりだから、それを伝えたくてね」


「そうでしたか。お食事はどうしますか?」


「いや、大丈夫。ワイルドボアを捕まえておいたから。それに集中したいから、よほどのことがない限り部屋には入らないでね」


「承りました。魔界が滅んでも邪魔しません」


「その時は邪魔していいからね」


 魔王様は隣の部屋に戻られた。明日は邪魔しないようにしよう。


 さて、日記を書いて、リンゴを食べて寝よう。なんだかリンゴが少なくなった。どうしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る