連行
今日は天気がどんよりしている。魔界を思い出すな。あまり外にいると死ぬけど、ダンジョンの外がどんなものだか見たいので、何度かダンジョンから出たことはある。寒いし暗いし何も良いことはなかったけど。
そういえば、魔界の汚染は徐々に浄化されている、ということらしいが本当だろうか。それに人界は雨が降るのかな。雨に当たると溶けたり、発狂したりしないよな。魔界はするけど。
そんなことを考えながら、いつもの準備をして、ウェイトレスの服を見る。いまだに慣れない。今日の天気のようにどんよりする。おお、詩人っぽい。
自分で自分に感心していたら、魔王様が部屋から出てこられた。
「おはようございます。魔王様」
「おはよう、フェル。なんで、ウェイトレスの服を、親の仇のように見ているんだい?」
「はい、ウェイトレスの仕事は問題ないのですが、これを着るとかなり精神を削られるのです。なので、不幸な事故で服が燃えたりしないかな、と思いまして」
「うん、宿も燃えちゃうからやめようね」
というわけで、魔王様はエルフの森に出かけられた。私も達成依頼票をギルドに持っていこう。
そういえば、この宿の値段はいくらなのだろうか。私の稼ぎで泊まれるよな? 正直、もう、野宿は嫌だ。確認しなくては。
「おう、フェル。おはよう。フェルがウェイトレスをやってくれてから売り上げが伸びて助かってるよ」
ロンが挨拶と一緒に私を褒めてきた。もっと褒めるがいい。
「おはよう。私がウェイトレスをやっているのだ。当然だ。だから、あの服は着なくてもいいか」
「絶対にダメだ」
ディアといい、ロンといい、あの服には人を狂わす何かがあるのか。魅了の魔法が掛かっているとか……なんか怪しいな、後で調べよう。
「そうだ、聞きたいことがあった。この宿はいくらで泊まれるんだ」
「一泊食事なしで小銀貨一枚だな。人数ではなく、泊まる部屋の値段にしている。頑張れば、四人でも一部屋に泊まれるから、冒険者には評判いいぞ。うちは食事メインでやってるから、宿泊代金はギリギリまで落としてるんだ。食事は朝が大銅貨二枚、昼は三枚、夜は五枚だな。大盛は大銅貨一枚追加だ」
なるほど。これなら、一日四時間働けば食事代と宿泊代は余裕で稼げる。一時間大銅貨六枚なら危なかったかもしれん。一応、ディアに感謝しておくべきだろうか。とても嫌だが。
「さて、朝飯を食べるだろ?」
「食べないという選択肢はない」
朝食を食べない理由を考える方が難しいと思うが、人族は食べない日とかあるのだろうか。魔王様は朝食を取らないが、魔王様を理解できないことの一つだ。もしかすると、昼や夜に大量に食べているのかな。食事をされているところを見たことがないので何とも言えないが。
今日はパンと野菜スープだ。うますぎて困る。魔界の料理が食べられなくなったらどうしよう。いや、魔界の料理は料理じゃないな。あれは食べられる何かであって決して料理ではない。
「相変わらずうまいな」
「当然だ、カミさんの料理は人界一だぞ」
「知ってる。どうして、ロンと一緒になったんだ? それが不思議だ」
これを聞いたのが間違いだった。惚気が止まらない。ニアがどれほどいい女なのかを熱弁された。
有名な店の料理長だったとか、貴族の手籠めにされそうだったのを奪って逃げたとか、かなり怪しい話だった。
うん、忘れよう。ニアの方はともかく、ロンが騎士団長だったというのが、とても嘘くさい。もっと現実的な嘘をつけばいいのに。
冒険者ギルドに来たら、珍しく人が何人かいた。しかし、人相が悪い奴らだな。
「フェルちゃん、いらっしゃい。この方ですよ、夜盗を捕まえたのは」
「ほう? かなり若いな……なるほど、その角、魔族なのか」
「魔族のフェルだ。お前は誰だ?」
「この村の東にある町から夜盗達を連行しに来た兵士だ」
東の町の兵士か。お前の方がよっぽど夜盗に見えるけどな。強面じゃないと舐められる可能性もあるから兵士としては正しいのだろうか。
しかし、随分早くないか? 村長の娘の話では、旦那が昨日、東の町に着いた頃だとか言っていた気がするが。急いで来たのかな。
「調書を書くので、少し話を聞きたい。従魔のスライムを使って捕縛したとのことだが、間違いないか」
「間違いない」
「スライムとは比較的弱い部類の魔物だ。聞いた話ではスライム三体で対応したとのことだが」
「スライムは私の魔力で強化しているので、そこらのスライムとは違う」
「なるほど、念のため、今この場で見せてもらっても?」
「構わない」
スライムちゃん達を亜空間から呼び出した。出てくるときになんでポーズをとるのだろうか。腕を組んだり、両手を斜め上に上げたり、皆でバランスを取っているから恰好いいとは思うが。
質問してきた兵士がスライムちゃんを色々見ているようだ。幼女の姿をしたスライムちゃんをおっさんが見ていると、なにか犯罪のような気がする。
「強化しているとは言っても、スライムということは火に弱いのか」
「弱点といえば火になるかな」
マグマに落とせば燃えるかもしれない。あとは核となる部分を破壊するしかないが、物理攻撃がほとんど効かないから、魔力を帯びた武器で核を叩けば倒せると思う。それ以外攻撃はほとんど効かないかな。
「そうか、協力に感謝する」
そう言ってから、何人かの兵士とともにギルドの地下から夜盗達を連れてきた。山賊達はなぜかニヤニヤ笑っていたが、兵士に頭を殴られたら沈んだ顔になった。
「十二人全員いるな。町に連行するから大人しくしろ」
兵士たちは、山賊達を縦一列に並ばせて、一本のロープで手首の部分を縛っていた。逃げ出せないようにしているのか。
「それと報奨金だが、我々では払えない。我々は夜盗を連行することを目的として最速で来たので、報奨金のことは、この後に来る兵士達に聞いてくれ」
なんだ、今はもらえないのか。残念だ。もう少し待とう。
「では、失礼する」
兵士たちは夜盗達を連れて村を出て行った。アイツら、どうなるんだろうな。人族の法は良く知らないが、犯罪奴隷とかになるのだろうか。いや、それ以前にあの兵士達は……私が考えることではないか。一応保険もかけたしな。
「はー、面倒ごとが終わって良かったよ。これで私は自由だ!」
ディアはずいぶん嬉しそうだ。そんなに嫌だったのだろうか。私だってウェイトレスの服を着るのは嫌だが、仕事だから我慢しているのに。
「食事の用意をしたり、掃除したり大変だったんだよ。あいつらくさいし!」
「それは大変だったな」
「うん、もう忘れる。あ、達成依頼票でしょ、対応するよ」
達成依頼票をディアに渡して報酬を得た。これで小銀貨六枚と、大銅貨十二枚になった。よし、もっと稼いで、うまいもの食べよう。そういえば魔王様は食事をどうされているのだろう。魔王様はワイルドボアが好きだから、その辺で狩って食べてるかもしれないが。
「そういえば、ほかに依頼は来たか?」
「残念だけど依頼はないよ」
「わかった。じゃあ、帰る」
「はーい、また来てねー」
次は畑にいこう。水をやらねば。
畑で仕事している奴らは多いな。耕したり、肥料を撒いたり、ビッグワームと戦っているな。大変そうだ。
よし、とりあえず水だ。とは言え、水を魔法で出したら、出しすぎで失敗するに決まっている。ここはきちんと教えを請おう。
「すまない、水をやるにはどうすればいいだろうか」
「川から汲んでくるといい。桶と柄杓を貸そう」
なるほど。魔法に頼らず水を撒くにはこれを使うのか。よし、川に水を汲みに行こう。
と思ったら、スライムちゃんが「やる」と言い出した。亜空間に戻すのを忘れてた。まあ、やりたいというなら任せよう。
桶と柄杓を持ってスライムちゃん達は川に向かった。途中でビッグワームをワンパンで倒した。
「従魔達に畑仕事をやらせるのか?」
「考えていなかったが、そういう手もあるのか」
うーん、どうなんだろう。スライムちゃん達に任せておけば、私の手が空くので、ほかの仕事もできる。仕事があるかどうかは分からないが。むしろ、ウェイトレスをスライムちゃんにやらせるか。そうすれば、あの服を着なくて済むな。
「変なこと考えていないだろうな? ウェイトレスは従魔にやらせちゃ駄目だぞ。フェルのウェイトレス姿は若い奴らの癒しなんだから」
なぜ分かった。読心術のスキルでも持っているのか。いや、その前に魔族に癒しを求めるな。
そんなことをしているうちにスライムちゃんが戻ってきて、種を埋めた場所に水を撒いた。そのあと、種を埋めた辺りをまわりながら踊りだした。どうした? 雨乞いか?
「あれは何をやっているんだ?」
「俺に分かるわけない。魔族は魔物の言葉がわかるんだよな? 聞いてみたらどうだ?」
それもそうか。ちょっと聞いてみよう。
聞いてみると「今、大事なところだから後にしてください」と言われた。あれ? お前ら私の従魔だよね? 仕方がない。終わるまで待とう。
スライムちゃん達が、やり切った、という顔になった。どうやら終わったらしい。
何をしていたのか聞いてみると、「豊穣の舞」というスキルを使ったらしい。どうやら、種に対して、成長促進、水吸収強化、栄養吸収強化、光合成強化、自己再生強化、虫耐性、虫迎撃、クリティカル無効、自爆等のスキルが付与されるらしい。自爆ってなんだ。
あと、鳥耐性、獣耐性がないので、案山子のゴーレムを作るとのことだ。うん、この子達、ちょっと怖い。
しかし、「豊穣の舞」のスキルはちょっとやり過ぎじゃないだろうか。付与されるスキルを見ると、花が咲いた後に、種が収穫できるのか心配になってくる。これってトレントとかに使うスキルじゃないか?
畑にいる奴らに状況を話したらちょっと引かれた。私はその数倍引いてるから気持ちは分かる。でも、案山子のゴーレムは欲しいとのことだ。
すでにスライムちゃん達はゴーレムの制作に取り掛かっている。桶を頭にして、柄杓は手にした。胴体や足は木の枝とワラで作るようだ。
「俺の桶と柄杓が案山子になったんだけど?」
「格好良くなったと思う」
駄目だ、ごまかしきれない。見つめられると罪悪感が半端ない。
「すまん。弁償する」
「そうしてくれ、ヴァイアの店で売ってると思うから」
それにしても、スライムちゃん達はゴーレム生成とかできるのか? 私は出来ないのだが。
スライムちゃん達のリーダー、ジョゼフィーヌがゴーレム生成スキルを使った。しばらくすると見事にゴーレムが動き出した。獲物を狩る狩人の目をしている。スライムちゃん達の手書きだが。
ゴーレムへの命令は、近づく鳥と獣を撃退することらしい。私や村人たちは近づいても大丈夫だが、ゴーレムに対して敵対行動はとらないようにとのことだ。反撃するらしい。なんだか、怖いのが出来たな。
スライムちゃん達は「もう帰る」といって亜空間に帰っていった。主人の意思は関係ないようだ。おかしい、私の従魔なのに。
色々とやってはいけないことをやってしまった気分だが仕方ない。まずは昼食にしよう。
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