逃走

 

「おじさん! フェルちゃんを連れて行っていいかな? 駄目でも連れていくけど!」


 なら何で聞いた。


「おお、いいぞ」


 お前はもうちょっと渋れ。


「一体どうした?」


「うん、まずは冒険者ギルドまで来て」


 何か依頼でもあったのだろうか。こんな遅い時間に依頼があるとは思えないが。


 ギルドに入ると結構な人がいた。見たことはない。この村の奴らではなさそうだ。槍や盾を持っているということは、もしかすると東にある町の兵士だろうか。


「この方が夜盗を捕まえた方ですか?」


「は、はい、そうです」


 珍しくディアが委縮している。どうした?


「初めまして、東の町リーンから来ましたノストです。この部隊の隊長を務めています」


「魔族のフェルだ。宿でウェイトレスをやってる」


 ざわざわしだした。まあ、そうだよな。


 ノストが片手を上げると、騒ぎが収まった。なかなか統率が取れているようだ。


「まずは謝罪をしなくてはなりません。捕まえた夜盗たちに逃げられました」


 正直なところどうでもいい。そっちの落ち度だ。なぜ謝罪するのだろう?


「そのため、報奨金が支払えないのです」


「ちょっとまて、逃げられたのはそちらの落ち度だろう? なぜそうなる?」


「それが……」


 ノストはちらりとディアを見た。ディアがさらに縮こまった。


「先に兵士たちが来たとのことですが、そいつらが夜盗の仲間だったようで、犯罪者の引き取り申請が出鱈目であったのです」


 なるほど。申請が出鱈目だったから報奨金が渡せないということか。でも、先に来た奴らが本当に夜盗の仲間であったかどうかは証明のしようがない。もしかしたら適当なことを言っている可能性もある。


 報奨金が手に入らないのは別に構わないが、騙されていたとなると話は別だ。人族と友好的な関係を結びたいが、あくまでも対等だ。人族に魔族が舐められるわけにはいかん。


 私が黙っているとノストが話し出した。


「ああ、こちらの受付嬢さんの落ち度ではありません。ギルドカードを提示されて、犯罪歴もないことを確認されたようです。その確認記録もありました。おそらく犯罪に手を染めていない仲間がいたのでしょう。手配しましたが、いつ捕まるかは分かりません。申し訳ないです」


 黙っていたのはお前らを疑ったんだ。それにディアのせいだとは思っていない。


「また捕まえたら報奨金は出るか?」


「もちろんです。そのときは倍の金額をお支払いします。ただ、すでに一日経っていますので、かなり遠くへ逃亡しているかと」


「大丈夫だ。引き取りの際、ちょっと怪しかったから、魔法で印をつけておいた。ここから二時間ぐらいの場所に固まっている。アジトがあるのか、休憩しているのかは分からんが」


 明らかに怪しかったので、探索魔法の印をつけておいた。


「本当ですか!? よし、お前たちこれから行くぞ! すみませんが案内をお願いします!」


 兵士達はやる気になってる。逃げられたのは本当なのかもしれないな。


「あの兵士様、この森は夜になると大変危険です。向こうも夜はおそらく動けません。それに一日経っても二時間程度の場所にいるということは、またこの村を襲うつもりか、アジトがあるのかと。ですので、早朝に向かった方が良いかと思います」


 ディアが珍しく意見してきた。なんか、出来る女っぽい。いや待てよ、もしかして……。


「ディア、まさか、夜盗の仲間じゃないよな?」


「ひどいよ、フェルちゃん! 夜盗やるならもっと有名なところでやるよ! それにあいつら臭いし! なんだったら、夕飯賭けてもいいよ!」


「信じよう」


 夕飯を賭けるのだから本当だろう。ディアは白だ。


「こちらの受付嬢さんは小さい支部ながらもギルドマスターもしていますので、過去はともかく、現在はそう言った犯罪者とのつながりはありません。いわゆる虚偽を見抜く魔法がありまして、それで確認しておりますので」


「うむ、信じていたぞ」


「疑われて傷ついたなー、食事おごってもらわなきゃなー」


 顔を両手で抑えながら、指の隙間からチラチラこっちを見ている。うざい。


「まあ、疑って悪かった。飯は奢らんが、ヒマワリの種を収穫したら、数粒やろう」


「あ、うん。じゃあ、それで」


 いいのか。だが、これで手打ちだ。でも、気になることがある。


「聞きたいのだが、この森は夜危険なのか?」


 簡易結界があったから魔王様や私が夜に襲われることはなかったが、本来は何か危険な魔物がいるのだろうか。消えたり、熱源を感知したり、赤い光線を出したり、追いつめられると自爆するような奴が。


「うん、村の狩人さんから聞いたんだけど、複数の狼を率いた大きい狼がいるらしいよ。夜行性なのか、夜しか出ないみたいだけど」


 狼。広い範囲で言えば、犬だな。ワンコだ。いつか飼ってみたい。


「確かに聞いたことがあります。境界の森には何体かのヌシが存在しているようですね。その一体が狼だとか」


 ノストは腕を組んで考え出した。今行くか明日行くか考えているのだろうか。


「わかりました。助言をいただいた通り、夜に行くのは危険と判断します。フェルさん、申し訳ないのですが、明日の早朝、一緒に来ていただけますか?」


「私が行かないと場所が分からないだろうからな、当然一緒にいこう。ただ、捕まえたら報奨金は倍もらうぞ」


「それで問題ありません。では、小銀貨五枚を渡しますので、準備金としてください。まだ、お店は開いてますよね?」


 太っ腹だ。ヴァイアの店はまだやっていると思うからそこで何か買おう。


「わかった。ありがたく受け取ろう。ちょっとヴァイアの店で何か買ってくる。今日泊まるなら、宿は森の妖精亭だよな? 同じ宿だから明日は起こしてくれ」


「わかりました。よろしくお願いします」


 さて、買い物だ。




「いらっしゃい……あれ? ウェイトレスの仕事は大丈夫なの?」


「実は明日、改めて夜盗を捕まえに行くことになってな。準備金をもらったから何か買いに来た」


「そうなんだ。怪我しないように気を付けてね。あ、怪我した時のためにポーション買う?」


 怪我か。多分しないな。素の防御力が高くて剣で切られても傷つかないと思う。


 でも準備金をもらったし、使い切らないとな。もらったものは返したくない。


「じゃあ、ポーション五個くれ。一個小銀貨一枚だったよな?」


「うん。じゃあ、ポーション五個で、小銀貨五枚だよ」


 とりあえず、亜空間に入れておこう。瓶が割れたら大変だ。もったいない。


「武器とか防具は大丈夫? とは言っても、うちには置いてないけど」


 武器も防具もいらないが、よく考えたら、夜盗たちを殺すのはまずい。この間の牽制パンチでもちょっと危なかったから、もっと手加減できる武器が必要かもしれない。さて、どうしたものか。


 おっと、その前にウェイトレスの仕事中だった。早めに戻らなければ。




 急いで戻る必要なかった。ヤトが張り切ってる。客は大盛り上がりだ。


「フェルちゃん、お帰り。ディアちゃんは何だったんだい?」


 ニアが話しかけてきた。仕事を抜け出したのは、ロンから聞いたのだろうか。


「この間捕まえた夜盗が逃げ出したらしい。正確に言うと引き取りに来た奴が偽物だったそうだ。改めて捕まえるから協力することになった」


「ええ? 今すぐ行くのかい?」


「いや、明日早朝だ。夜の森は危ないらしいからな」


「ああ、大狼がいるとか聞いたことがあるね。わかったよ、今日はもう休みな。幸いヤトちゃんが頑張ってくれているから問題ないしね」


 それはそれでちょっと寂しい。


「わかった。では先に休ませてもらおう。ヤト、ちょっといいか?」


 給仕していたヤトがこちらに来た。


「フェル様、どうされましたかニャ?」


「実は明日の早朝、夜盗を退治しに行くことになった。すまないが先に休む。後をよろしく頼む」


「そういうことでしたら、私も行きますニャ」


「いや、過剰戦力になるから不要だ。大丈夫だとは思うが、他の仲間や入れ違いで村に夜盗が襲ってくる可能性もある。なので、その時はこの村を守ってくれ」


「かしこまりましたニャ」


「時にヤト。ウェイトレスの仕事はどうだ?」


「はい、普通ですニャ」


 顔は無表情だが尻尾振っている時点でその答えはない。まあ、本人が良いならそれでいいかな。




 部屋に戻ると魔王様がいらっしゃった。部屋でされていたことは終わったのだろうか。


「魔王様、ただいま戻りました」


「やあ、お帰り。あれ、今日は早いね」


「はい、明日の早朝、逃げ出した夜盗を改めて退治する仕事を依頼されましたので、早めに休むことになりました」


「そうなのかい? 気を付けるんだよ」


 魔王様が私の心配をしてくれている。魔王様への忠誠度が上がるな。すでに上限ではあるが。


「いえ、手練れは居ないと思いますので、怪我を負うことはありません」


「あ、うん、相手を殺さないように、という意味で気を付けてね」


 忠誠度は変わらないが、ちょっともやっとした。


 日記書いて、リンゴ食べて寝よう。あ、武器どうしよう。

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