仕事

 

 目が覚めた。なんだか悪い夢を見ていた気がする。だが、気にしてはいられない。魔王様が起きられる前に準備を整えねば。


 ベッドから抜け出て、顔を洗う。水を出す魔道具が備え付けられているから、魔法で水を出して周囲を破壊することもない。


 鏡を見ながら髪の毛をとかし、角もブラシで擦ったあと、しっかりタオルで拭いておく。


 その後、ハンガーにかけておいた執事服を着て、ネクタイが曲がっていないかを確認。


 完璧だ。あと、モノクルとかあれば、執事王になれるかもしれない。


 部屋の窓を開けて、朝の新鮮な空気をいれた。魔界と違って外の空気を入れても問題はない。むしろ部屋に匂いがこもるのでしっかり換気をしよう。


 色々と準備は整ったので、ちょっと落ち着いた。よし、いつも通りだ。


 そして、執事服をかけていた壁とは反対の壁を見る。


 フリルのついたウェイトレスの服がかけてあった。一度、その服から目を逸らし、もう一度見る。やはりある。


 夢じゃなかった。


 なぜ、昨日、ウェイトレスをやる、と承諾してしまったのだろう?


 自分が自分でわからない。確かに人族に信頼されるためには、冒険者をやって人族の役に立てば良い、という思考はあった。


 だが、なぜ、ウェイトレスなのか。職業に貴賤なしという言葉があるので、これが駄目というわけではないが、もっと私にあった仕事があるのではないだろうか。誰かを殴るような仕事が。


 でも仕方がない。一度契約したからには最後までやり通す。それに「魔族ってウェイトレスもできないの?」とか人族に言われたら、魔界の奴らに申し訳が立たん。見ていてくれ、皆。「魔族ってすごい」と言われるような働きぶりをしてみせる。


 よし、テンション上がってきた。今日も一日頑張るぞ。


「フェル、おはよう。大丈夫かい? 頭を抱えたり、死地に赴く兵士の顔をしたり、なにか葛藤している感じだけど」


「おはようございます、魔王様。なにも問題ありません。魔王様も見ていてください、立派なウェイトレスになって見せます」


「うん、落ち着こうか。魔族として色々と考え直そう」




 魔王様に目的と手段は問題ないが、目指すところが違うと言われた。いかん、魔王様にダメな子と思われたらまずい。よく考えて行動しよう。


 魔王様は今日も世界樹を見る手段を考えにエルフの森の近くまで行くそうだ。そちらも大変そうだが、手伝えることはないので、私は私で別のことをしよう。


 ウェイトレスの仕事は夕方から夜の間だ。それ以外の時間が空いてしまうので、何か仕事がないか確認してみよう。


 まずは、冒険者ギルドに達成依頼票を渡してこよう。初めてのお金だ、大事にせねば。


 その前に朝食だ。一生のうち、食える量は決まっているのだ。出来るだけ食べなくては。




 朝食後、冒険者ギルドにやってきた。


「フェルちゃん、いらっしゃい! 待ってたよ!」


 お前が待っていたのは私じゃなくて、手数料の方ではないのか。


「これが達成依頼票だ」


「はーい、ちょっとまってね」


 カウンターの内側にある黒い箱に依頼票を張り付けて、箱についているダイヤルを回し始めた。箱が開いて小さな袋が出てくると、ディアはそれをカウンターに持ってくる。


 袋からは硬貨が出てきた。だが、色が違うのが混ざっているし、数も少ないように見える。もしかして私がお金に疎いことをいいことに、騙そうという魂胆か?


「はい、報酬の小銀貨三枚と、大銅貨六枚だよ」


「大銅貨三十六枚じゃないのか?」


「あ、そこからか。硬貨はね、十枚ごとに別の硬貨に替えられるんだ。大銅貨十枚は、小銀貨一枚と同じ価値だよ」


「すまないが、硬貨の種類を教えてくれないか」


「価値の低い順番に、小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨だね。どの硬貨も十枚で一つ上の硬貨一枚に相当するよ。一応、大金貨よりも上の硬貨はあるけど、私は見たことないな。そういうのは王族とか貴族が使うお金で、庶民が持つような硬貨じゃないよ」


 勉強になる。ディアから教えてもらっていることにちょっとモヤっとするが。


「これでこのギルド支部は最下位から脱出だよ。次のギルド会議では肩身の狭い思いをしなくてすむかな」


 たった大銅貨四枚の収入で最下位脱出なのか。似たようなギルドの支部があるのかな。このギルドだけ売上がなかったとか言っていた気がするが、どうでもいいか。それにしてもいままで収益無しでよくやってこれたな。


「よくつぶれなかったな。普通、儲けがなければ、撤退するもんじゃないのか。維持費やディアの給金だってかかると思うが」


「そうなんだけど、ここは東と西の大陸を結ぶ場所だからね。商人以外でも冒険者が通ることもあるんだ。冒険者ってほとんどの人がお金を魔導金庫に預けていてね。ここで金を取り出せないと宿にも泊まれなくなっちゃうんだよ。だからギルドとしては赤字でも続けるみたい」


 冒険者って色々大変だな。私は空間魔法があるから、お金は亜空間に入れておこう。


「ところで、ウェイトレスの仕事以外にも何かないか? 夕方まで時間があるので、仕事をしたいのだが」


「真面目だね。昨日、村の皆に言いふらしたんだけど、今のところないかな」


 残念だ。しかし、何もしないのは、魔王様に対して後ろめたい気持ちになる。どうしようかな。


「することがないなら、村の皆に聞いて回ったらどうかな。ギルドに出せない程度の仕事ならあるかもしれないよ。お金がもらえるかどうかは分からないけど。あ、でも大きい報酬ならギルドを通してね!」


 いいことを聞いた。ちょっと村で仕事がないか聞いてみよう。




 まずは村長だ。偉いのだから仕事があるかもしれん。


「おはようございます。何かありましたか、フェルさん」


「おはよう。仕事はないだろうか? 冒険者になったのだが、仕事がなくてな」


「宿屋でウェイトレスを始めたのでは?」


「あれは夕方から閉店までなので、日中が空いているんだ」


「そういうことですか。しかし、難しいですな。お金を払ってまで手伝ってもらうことはないのですよ。でも、覚えておきますよ。何かあれば依頼させて頂きますので」


「わかった。それでお願いする」




 次は教会だ。教会自体がボロいから駄目かもしれんが、念のため聞いておこう。


「おや? 懺悔かお祈りかね? それともシスターをやるかね?」


「懺悔もお祈りもしない。ちなみに、シスターをやるとお金がもらえたりするのか?」


「女神教に所属していれば、給金はでるが、冒険者では無料奉仕扱いじゃな。徳は積めるが」


「絶対にやらん」


 信頼関係は結びたいが、タダで仕事はしない。いや、そもそも女神教と信頼関係を結んだら駄目か。うん、来るところを間違えた。


「残念じゃの。まあ、なにかあれば依頼させてもらうかの」




 ヴァイアの雑貨屋に来てみた。店に客がいたことないから、期待はできないが駄目で元々だ。


「私が仕事を紹介してほしいよ」


 やはり駄目だった。


「この店、あまり流行ってないのか。村で唯一の店だろ」


「皆、商人さんがこの村に来た時に買いだめしてるからね。この店では安い日用品しか売れないよ。それが唯一の売り上げだから、お金は大事に使ってるんだ」


「そうか。邪魔したな、帰る」


「いつもひやかしだから、次こそは何か買ってね」




 畑に来てみた。力仕事ならなんとかなりそうだが、どうだろう。


「なにか金になる仕事はないだろうか」


「うーん、俺たちの仕事がなくなっちまうから、させられねぇなぁ」

「人を雇う金があるなら、その金で酒を飲みたい」

「狩りの仕事をしてる奴らも、最近獲物が少ないってぼやいてたし、ないんじゃねぇかな」

「ウェイトレスの恰好に猫耳つけて、語尾がニャならチップを払おう」


 アホが一人いた。ここは華麗にスルーだ。


「そうか、もしなにかあったら言ってくれ」


 昼も近いので、宿屋に帰ろうとしたら、声をかけられた。


「おーい、フェルちゃん。すぐにお金にはならないけど、畑で何か育てるかい? そんなに土地を大きくは貸せないけど、人手に対して畑の面積が大きくなりすぎて、使っていない場所があるんだ。使うなら貸すよ」


 畑か。魔界のダンジョン内にも畑はあるが、何かを育てたことはないな。


 簡単に出来るものではないだろうが、何か食べ物を育てて魔界に送るということが出来れば、魔界の食糧事情も改善されるかも。ちょっと興味が出てきた。


「では、うまくいくかわからないが、貸してもらえるだろうか」


「おお、やるのかい。じゃあ、あっちの何もない一帯を使ってくれていいよ」


「助かる」


 最初にしてはこれぐらいが広さがいいかもしれない。とはいえ、種とかを持っていない。魔界から取り寄せるか。ヴァイアの店にも種が売っているかもしれないから、また行ってみよう。


 それはともかく、畑ってどうすればいいのだろうか。とりあえず耕すのか?


「フェルちゃん。パンチで地面を粉砕するような耕し方はやめてくれるかな。音と振動にびっくりするから」


 駄目なのか。そういえば、魔界でもやっている奴を見たことがない。ここは謙虚に教わろう。


「皆はどうやっているのだ」


「普通、クワとか使うね」


「貸してもらっていいだろうか」


「もちろんだよ」


 クワを持って畑に一撃を食らわせる。


「折れたのだが」


「うん、見てたよ。普通、折れないんだけどね」


「すまない。夜盗の報奨金を受け取ったら弁償する」


「ああ、気にしないで良いよ。それは古いものだったからね」


 どうも、加減がうまくいかないな。常に筋力低下の魔法を使うべきだろうか。すでに能力制限しているんだが、まだ足りないのか。それはともかく、クワを魔界から持ってきてもらおう。それに壊したクワは気にしなくて良いとのことだが、ちゃんと弁償しなくては。


 いかん、お昼だ。宿に戻ろう。今日の昼食はなにかな。

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