ウェイトレス

 

 ウェイトレスを舐めてた。もうやめたい。


「こんなヒラヒラな服を着てウェイトレスをやるのか……村ごと滅ぼしたい気分だ」


 ディアが取り出した服って私が着るんじゃないか。正直これはない。ヒラヒラが多いし、なんというか、下半身の防御力が低い。スカートなんて初めて穿いた気がする。スースーして嫌だ。


「普段の執事服にエプロンでは駄目なのか」


「絶対に駄目」


 なんでディアが答える?


「安心して、フェルちゃん! その服のスカートと、二ーソックスの絶対領域比率は完璧だから! 私の仕立てに隙はないよ!」


 お前の仕立てに隙はなかったとしても、頭がポンコツだろうが。それに絶対領域比率ってなんだ。服に魔法でも付与されているのか?


 しかし、一度受けると言ってしまった以上、服装を理由にやらないわけにもいかない。


「村ごと滅ぼしたい気持ちにはなったが、仕方がない。この格好でウェイトレスをやろうじゃないか」


「うん! じゃあ、私、言いふらしてくるから!」


 やめろ。


 ディアは宿を飛び出て行った。なんかもう、あいつをどこかに埋めたい。


「すまんな、フェル。この村は娯楽が少ないから、若い子は何かにつけてはしゃぎたくなるんだよ」


 私のこの格好は娯楽扱いか。それに大人ぶって言っているけど、この服着て出てきたら、お前もガッツポーズして雄叫びを上げただろうが。その後、ニアに奥の部屋に連れられて、青あざをつけて帰ってきたから罪には問わんが。


「ごめんね、フェルちゃん、ワルのりしちゃって」


 ニアが謝ってきた。ニアはロンの雄叫びを聞いてから来たのだから何の非もない。ただ、この服を着なくていいという提案をまったくしてくれないのはどうかと思う。


「でも、フェルちゃんのその恰好で、お客さんの財布の紐が緩くなるかもしれないからねー」


 ニア、お前もか。


「わかった、いいだろう。私が村一番の宿にしてやる」


「この村の宿はここだけだよ」


 というわけで、今日から早速仕事だ。初日なので、教わるためにも早めに仕事を始めた。


 まずは掃除。基本的に宿の周りと、食堂の掃除だけだ。


 掃除道具として、モップと布切れと桶を借りた。まずはテーブルと椅子をよく拭く。私が掃除をして汚れが残るなどありえん。汚れなど殲滅だ。


 そのあとは床掃除。結構、泥が多い気がする。村人の大半は畑仕事や狩りと言っていたから靴に泥がつきやすいのだろうか。食堂に入る前に泥を落としてくれないかな。


 あとは入り口の掃除。入り口が汚いと客足が減る、と本に書いてあった気がする。この村には食堂といえるものが、ここ一軒しかないから汚くても変わらないだろうが、せめていい気分で来てもらおう。汚したら制裁する。


 あとは時間になるまで草むしりでもしていよう。根こそぎ引っこ抜いてやる。




 ……気付いたら夕食の時間になってた。


 食堂で待機していると、ぞろぞろと村人が入ってきた。私を見ると「もえー」とか「絶対領域!」とか言ってる。正直、怖い。私に恐怖を与えるとは、村人、恐るべし。


 とりあえず「らっしゃい」と歓迎したら、「もっとかわいく言ってくれ」と言われた。断る。


 宿の食事メニューはニアのおまかせ料理しかない。普通か大盛かを選ぶだけだ。普通が大銅貨五枚、大盛で大銅貨六枚だ。


 飲み物は、水かお酒。水は魔道具で勝手に出せるから無料。お酒はコップ一杯で大銅貨一枚だ。


 料金は料理や酒を渡したときに受け取るシステムだ。受け取ったお金は箱っぽい何かにいれるだけだから簡単だな。


 仕事中に夕食としてまかないが出た。メニューと同じおまかせ料理だが大盛を超えて特盛になっている。うまい。


 しかし、人が多い。というか村人全員来ていないだろうか。


 ヴァイアとディアが一緒に来た。お前らは家で食え。


「村に言いふらしておいたよ!」


 ディアはやり切った、という顔をしていた。むかついたのでディアの料理から肉を一切れ奪った。


「あれ、私の料理、少なくない?」


「目の錯覚だ」


「フェルちゃん、お仕事頑張ってね」


 ヴァイアは応援してくれるようだ。雑貨屋でも色々教えてくれたし、いい奴だな。


「まかせろ。人界一のウェイトレスになってやる」


「フェルちゃん、魔界から何しに来たの?」


 おっと、忙しすぎて本来の目的を忘れていた。気をつけねば。さあ、後半戦も頑張るぞ。




 ようやく店が閉店になった。疲れた。精神的に。


「えー、お店始まって以来の売り上げになりました。これもフェルちゃんのおかげだよ」


 うむ、褒めたたえろ。私は褒められると伸びるタイプだ。


「はい、じゃあ、これが依頼達成票ね。今日はもう遅いから明日になるだろうけど、ギルドに持って行けばお金をもらえるはずだよ」


「確かに」


「はい、じゃあ、今日はお疲れさま。明日もよろしくね」


「まかせろ。では、部屋で寝る。おやすみ」


「おやすみー」


 今日は良く寝られそうだ。


 階段を上がり部屋に戻ると魔王様がいらっしゃった。いつの間にお戻りになったのだろうか。


 私が仕事中は食堂を通られていないので、お昼頃にはもうお戻りになられていたのかもしれないな。


「ただいま戻りました、魔王様」


「うん、おかえり」


「世界樹の方はどうでしたか?」


「そうだね。もうしばらくかかりそうだ。まあ、ゆっくりやっていくよ」


 魔王様でも時間が掛かるのか。エルフ達を怒らせたから仕方ないのかもしれない。


「ところでフェル」


 魔王様はどうしたのだろうか? ものすごい真面目な顔をされている。凛々しい魔王様は素敵だと思うが。


「つらいことがあるなら相談に乗るよ」


 魔王様にお仕えしてつらいことなんてない。なぜ、そんなことを言われるのだろう?


「その服装はストレスの表れなのかな? 普通の女の子として生きたいというアピールだったりする?」


 しまった。ウェイトレスの服装のままだった。


 それから魔王様にウェイトレスとして働くことを説明した。決してこの服が着たかったわけではないことを納得してもらうのにえらく時間が掛かった。つらい。

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