依頼
なんとギルドに仕事の依頼が来たようだ。持ってる。私は何か持っている気がする。
「詳しく聞こう」
「うん、まずは依頼主のところへ一緒にいこう」
依頼主は誰だろうか。大船に乗ったつもりでいるがいい。私の船なら氷山だって砕いて見せる。船も氷山も見たことはないけど。
連れてこられたところは宿屋だった。なるほど。酒場で依頼主と会う。定番だな。魔界で読んだ本にもそんな事が書いてあった気がする。
交渉とかするのかな? 強気でいくか? いや、信頼される必要があるから、安くても受けなくては駄目か。
「おー、フェル。依頼受けてくれるのか?」
依頼人はロンだった。
「依頼内容を聞こうか? 誰を消せばいい? 報酬はキャッシュだけだ」
読んだ本に書いてあったのは、こんなセリフだった気がする。キャッシュ以外って何があるんだろう。現物支給?
「いや、そんな物騒な依頼じゃない。最近、魔物も見ないしな」
討伐の依頼じゃないのか。じゃあ、採取か護衛かな?
「カミさんとも話したんだけどな。うちでウェイトレスやらないか? 夕方から閉店までの四時間ぐらいだけど」
ウェイトレス。たしか店で掃除とか給仕をする仕事だったような気がする。
「俺が料理を運ぶと客から文句が出るんだよ。かといってカミさんに給仕をさせると、料理の完成が遅くなるからな。一人、手伝いがいてくれると、俺やカミさんの手があくから、宿屋のサービス向上にもつながる。特に団体さんが泊まる時はかなり厳しいから、手伝ってもらえると助かる」
「なるほど。話は分かったが、一つ聞きたい。これは冒険者の仕事なのか?」
「冒険者の仕事だよ! ジャンルはその他!」
いきなりディアが割り込んできた。たしかに討伐でも採取でも護衛でもないな。しかし、なんだろう。釈然としない。とはいえ、今は魔族の好感度アップキャンペーン中だ。受けないという選択肢はない。すごく嫌だが。
「ウェイトレスの経験がないのだが構わないか?」
「ははは、注文を受けてできあがった料理を運ぶだけだよ。それはそれで技術や知識も必要だが、この村の店なら多少失敗しても大丈夫だ。あと、掃除とかもしてもらうけどこれも同じだな」
「よし、その依頼引き受け……」
「おっと、まだ依頼料の話が済んでないよ!」
おお、そういえばそうだ。ナイスアシストだ、ディア。
「そうだな。時給大銅貨六枚でどうだ?」
「大銅貨十枚」
なんでディアが交渉しているのだろうか?
「いやいや、うちだってギリギリでやってるから。大銅貨七枚」
「いやいや、仕入れにほとんどお金使ってないのは知ってるから。大銅貨十枚」
そこは九枚に下げるところじゃないのか? 強気過ぎるぞ。
「いやいや、老後のことも考えるとね。大銅貨八枚」
「いやいや、ため込んでるでしょ。大銅貨十一枚」
増えた。
「ぐっ、分かった。長くやってもらいたいから、その辺を考慮して大銅貨九枚だ」
「わかりました。こちらもオーガじゃありません。一枚減らして大銅貨十枚でどうでしょう?」
最初から変わってないけど良いのか? なんかロンがうなりながら、ディアと握手した。交渉成立か。相場を良く知らないから高いか安いか分からないけど。でも、ロンがニアに怒られるような気がする。
「やったよ、フェルちゃん! 時給、大銅貨十枚だ! 一日四時間だから、毎日大銅貨四十枚稼げるよ!」
おお、なんだかわからないが、もらえる金額が増えたのは良いことだ。
「ギルドの手数料が一割だから、フェルちゃんには一日三十六枚だね。四枚はギルドがもらうよ!」
「ちょっと待て」
手数料ってなんだ? ギルドにお金払うのか?
「え、言ったよね? ギルドを通して依頼を受けた時、成功報酬の一割をギルドに払うって」
「聞いてない」
「言ったよ」
「言ってない」
目を見つめたら、ディアが逸らした。私の勝ちだ。
ディアは急に土下座した。なんというか完璧な形の土下座だ。思わず許したくなる。
「うちのギルドにお金を入れてください! うちだけ利益が無くて、ギルド会議の時に肩身が狭いんです! 私のお給料が減っちゃう!」
知ったことか、と言いたいところだが、値段交渉で受け取る金額は上がっている。まあ、そこまで目くじら立てることでもないかな。好感度アップキャンペーン中であることに感謝しろ。
「仕方ないな。恩に着ろ。質問だが、ギルド経由の場合、お金の受け取りはどうすればいいんだ?」
「ええと、ちょっと待ってね。おじさん、給料の支払いって、日払い? それとも週払い?」
「うーん、考えてなかったな。ちょっと待ってくれ。おーい、カミさん、フェルへの支払いって日払いでいいかー?」
厨房の方に問いかけると、「かまわないよー」と応答があった。ニアは料理の仕込み中かな。
「じゃあ、毎日、達成依頼票をおじさんが書いて、フェルちゃんがギルドに持ってきて。おじさん、ギルドの魔導金庫に店名で登録してるよね? そこからの引き落としでいいかな?」
「おう、それで構わないぞ」
「魔導金庫ってなんだ?」
「ギルドに金庫があるんだけどね、空間魔法が付与されている金庫なんだ。その金庫に名前を登録しておくと、お金を保存したり、取り出したりできるんだ。さらに別の場所にある魔導金庫でも同じことができるすぐれものなんだよ。しかも手数料なし」
そんなものがあるのか。
「おじさんは店名でその魔導金庫に登録していてね。おじさんとニアさん以外には絶対に取り出せないけど、達成依頼票を使うとあら不思議、依頼票に書かれている金額を誰でも引き出せるという寸法だよ。だから、達成依頼票を持ってきてくれれば、おじさんのお金から私がフェルちゃんに支払うよ」
便利なもんだな。魔界でも採用したい。でも魔界にお金の概念がないから意味ないか。
「よし、これで皆が幸せになったね!」
そうだろうか。ロンはお金を余計に払わされ、私はなぜか取り分が減った。どう考えてもディアの一人勝ちだと思うが。冒険者ギルドを通さない仕事にした方が誰も損しない気がするけど。
「そうだ、おじさん。これ直しておいたよ。ちょっと縫い直しただけだからすぐに終わったよ」
「お、早いな。ありがとう」
なんかディアがカバンから服を取り出して、ロンに渡していた。女性物のようだからニアが着るのかな。正直、歳を考えた方がよさそうなデザインだが。まあ、私には関係ないか。よし、ウェイトレスの仕事、頑張るぞ。
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