宿屋と教会

 

 というわけで、村長宅での集会は終わった。お開きになったので、村人達はぞろぞろと外に出て行った。


「早速、うちにくるかい? カミさんにも紹介したいしな!」


 なんかテンション高いな、このおっさん。


「わかった。向かおう。では、村長、失礼する」


「何かありましたら、いつでも来てください」


 おっさんと一緒に外に出た。


 よくわからないが、小さい村なんだろうな。村の中心が円状の広場になっていて、それを囲むように家が並んでいるだけの村だ。村全体は柵で囲われているようだけど、ワイルドボアの突進でも壊れそうに見える。魔族云々よりも魔物に襲われたらひとたまりもなさそうだが、どうなんだろう?


「おう、こっちこっち」


 広場を挟んで村長の家の正面にあるのが宿屋だった。広場を一直線に突っ切って着いた。看板には「森の妖精亭」と書かれている。どう見てもおっさんは妖精ではない。看板に偽りありか。


「おーい、帰ったぞー」


 両開きの扉をあけながら宿屋に入った。食堂っぽいな。奥には階段が見えるから、一階は食堂で、二階が宿泊施設になっているのだろう。


「はーい、お帰りー。謝礼は熊の置物で大丈夫だったかい?」


 奥から女性が出てきた。これがおっさんの奥さんだろうか。というか熊の置物ってなんだ? おっさんが抱えているやつか。もしかして謝礼にこれをくれる予定だった? くれるというなら貰うが。


「いや、熊の置物は持って帰ってきた。謝礼の代わりに二週間タダで泊めることになったんだよ」


「え、そうなのかい? あ、この子だね! あんたのおかげで助かったよ。私はニアって言うんだ」


「あ、名乗っていなかったな、俺はロンだ」


「私は魔族のフェルだ。しばらく厄介になる」


 ニアもロンと同じ三十代後半ぐらいかな。ニアはスタイルが良いというか腕の筋肉とかすごい。腹筋が割れてるタイプだな。こっちも妖精には見えない。大丈夫だろうか。


「うちに泊まるとは思ってなかったからちょっと部屋の準備をしてくるよ。二階の一番奥の部屋だね。どの部屋も変わりはないけど、ほかの客がいると足音がうるさいからね。一番奥なら静かだよ」


「なら、準備が整うまでちょっと村を見てくる」


「そうかい、じゃあ、夕方までには準備しておくから」


 そう言うとニアは二階に上がって行った。ロンは食堂を掃除するようだ。


 邪魔しないように私は外に出よう。


 宿屋を出て考える。


 まずは魔王様のことだ。とはいえ、魔王様からの連絡待ちだ。もしかしたら寝ているのかもしれないし、この念話用の魔道具を持っていれば、そのうち連絡がくるだろう。


 とりあえず、村を見て回ろう。拠点となる村だし確認は大事だ。


 宿屋を正面から見て左隣は教会……だろうか。


 人族の宗教というのは、女神教、と聞いた気がする。魔族は魔神教を信仰していたけど、今は魔王教だ。魔神はもういないしな。


 よし、人族と友好的な関係になるためにも女神教のことを知っておこう。


「たのもー」


 扉を開いて教会に足を踏み入れたのだが、なにかの像と祭壇と長椅子が二つしかない。ステンドグラスでキラキラみたいのを期待していたのだが。正直な感想を言うとボロい。


「おや、確かフェル……だったかの?」


 奥の扉から、村長の家で会った爺さんが出てきた。もしかして神父とか司祭とか、そういうのだろうか。


「ここは女神教の教会じゃが、なにか用ですかな?」


「人族の宗教に興味があったので話を聞きたいのだが、大丈夫だろうか?」


「ほう、なら簡単に説明しますかな」


 というわけで、話を聞いた。ただ、爺さんだからか話が長い上に余計な情報が多い。爺さんの孫娘が可愛いとか知らん。


 まとめると女神教は、「光の女神」を信仰する宗教で獣人の国以外のほとんどで信仰されている宗教らしい。ロモン国と呼ばれる宗教国家があり、そこが女神教の総本山。この森を東に抜けてから南へ行くとあるらしい。あと、魔族は滅ぼす方針だそうだ。いやな方針だな。


「魔族の私がこの村にいるとまずいか?」


 魔族を滅ぼす方針の教会がある村に魔族がいる。どう考えてもマズイと思うが、爺さんは何もしてこないみたいだから、一応聞いておこう。


「いや、村人に危害を加えないというのであれば、儂は何もせんよ。それに儂は敬虔な教徒というわけでもないし、正直なところ、今の女神教にはあまり共感できないのでな」


 おっと、問題発言がでた。魔王教なら即死刑だぞ。弁護士を雇う権利はやるが。


「とっとと引退したいのう。おぬし、良かったら女神教徒としてここでシスターでもやらんか?」


 それはなんという自虐プレイなのだろうか。魔族を滅ぼそうとしている宗教に改宗するわけない。


「魔族を滅ぼそうとしている宗教のシスターをやるのはちょっと……」


 魔王教でもシスターはやらないと思う。


「黙っていればわからんよ」


「本人の事情を優先してくれ」


「駄目かの。交代要員を本部に依頼しているのだが、こんな危ない場所にはだれも来ないのでな」


 夜盗に襲われるような村だしな。あきらめろ。


 そのあとも話を聞いたのだが、女神教の愚痴ばかりだった。なんだろう、精神的なダメージをうけた。女神教、あなどりがたし。

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