第村人

 

 スープは冷ましてから飲んだ。冷めるまで二十分ぐらい掛かった。


 冷めたと言っても暖かい。野菜の味がスープに染み込んでほっとする。いや、逆か? 野菜にスープの味が染み込んでいる? とにかく魔界でもこんなもの食べたことない。そうか、野菜って丸かじり以外の食べ方もあるんだな。


 その後、お茶が出てきたので冷めるのを待つ。何度も同じ失敗はしない。お茶は冷ますとおいしい。


「村の者たちが来ますので、改めて紹介いたします。しばらくお寛ぎください」


 村長の言葉に頷く。


 そういえば、魔王様はもう目を覚まされただろうか。昨日は徹夜だったようだし、食事もしていないはずだ。自分だけおいしいものを食べて、あとで怒られるかもしれない。しかし、これは不可抗力だ。私は悪くない。


 村人達が来るまで時間があるようなので村長と話をしよう。


「ところで村長。なんでこんな森に村を作ったのだ?」


「元々ここは森を東西に通り抜けるための中間地点なのです。近くに川もありますし、よく野営をする人が多かったのですが、そこで商売をする人が増えて、気づいたら村ができてた、というわけです」


「森を東西に通り抜けるにしては随分と南から北の方に歩いた気がするが?」


「ああ、西のほうから来たのですね。ご存知かもしれませんが、ここから西にエルフの森があるので、南の方に迂回しているのですよ。昔、道を東西にまっすぐ道を作ろうとしたらエルフ達に注意されたそうで」


 注意か。私は殺されそうになったけど。


「集まってきたようですね」


 ぞろぞろと入り口から十数人くらいが入ってきた。全員人族だな。


「皆、適当に座ってくれ……では、まず紹介しよう。魔族のフェル様だ」


 ざわざわと騒がしくなった。おかしい、こんなに立派な角をしているのに、なぜ最初に魔族と気づいてくれないのか。


「魔族のフェルだ。しばらくの間、この村に滞在するつもりだ。人族の法は守るし、暴れないのでよろしくお願いする。ああ、それと様はいらない」


「フェル様……いや、フェルさんは、夜盗から助けてくれた謝礼がいらない代わりに、村への滞在を許可してほしいとのことだ。それは私が許可を出した。ただ、さすがにそれだけではこちらとしても気が引けるので、しばらくは宿屋を無料にさせてもらった。勝手に約束してしまったが大丈夫だな?」


 村長は一人の男に視線を移した。三十代後半ぐらいの恰幅のいいおっさんだ。


「おう、そうか。そういうことなら、大事な客人として扱うから、うちを使ってくれ。だが、ずっと無料は無理だから、二週間程度で考えてほしい。もちろん食事付きだ」


 村長が私をみた。二週間でいいか、という問いかけだと思う。


「問題ない。二週間を超えて滞在する場合は、お金を支払うようにする。今は全く持ってないが」


「あ、お金といえば、夜盗退治の報奨金が冒険者ギルドから出るよ! 今回の場合だとフェルさんに全額支払われる形だね! ただ、夜盗達を引き取る兵士さんたちが来るまでは支払えないけど……」


 一人の女性がそんなことを言った。夜盗を捕まえるとお金がもらえるのか。じゃあ、また来ないかな。


「一つ聞いていいかの? 魔族がなぜ人界に来たのじゃ? ここ数十年は人界に来ていなかったと思うが?」


 年老いた爺さんがそんなことを言ってきた。しかし、来た理由か。魔王様が世界樹に行きたいことは私も理由を知らない。とはいえ、魔界の食糧問題のことを話すのもまずい気がする。


「今、魔族は人族と友好的な関係を結ぶ方針だ。可能であれば、人族と商売をしていきたいと思っている」


「なぜ、友好的な関係を結ぶ方針になったのじゃ?」


「魔王様の方針、としか言えない。魔族にとって魔王様の言葉は絶対だ」


 魔王様のお言葉絶対説。しかし、理由として苦しいか? 嘘は言ってないが、もうつっこまないでくれ。


「ふむ、魔族にとって魔王の言葉は絶対、というのは聞いたことがあるのう。魔族が魔王の名を出しては嘘もつけまい」


 様をつけろ、爺さん。魔王様、だ。まあ、人族なら仕方ないか。


 なんかちょっとざわついている。私が暴れない、と言っても心配なんだろうな。さて、どうなることやら。


「皆の心配もわかるが、フェルさんが律儀に滞在の許可を求めてきた理由をよく考えてみてほしい。スライム達の戦力を見ただろう? 勝手に住み着いても追い出せる者がいないと言うのに許可を求めたということは、少なくとも私たちに害をなすつもりはないと思う。フェルさんは魔族だからという理由で心配している者もいるだろうが、夜盗たちは人族だったぞ」


 全員が「そうだな」とか「そういやそうだった」とか言ってる。


 私ってどういう評価なんだ? 夜盗たちのおかげで信頼されてる?


「というわけでフェルさん、村の滞在に関して遠慮は不要です」


「わかった。私は身を守る以外で暴れたりはしないので安心してほしい。ただ、村長にも言ったのだが、私は人族の常識に疎い。それで迷惑をかける可能性はあるので、何かやらかしそうなら事前にいってくれ。魔族がいるだけで迷惑だとは思うがよろしく頼む」


 ここで頭を下げる。魔族が頭を下げているのだ、効果的なはずだ。


「フェルさん、頭を上げてください。もちろん信じておりますよ。好きなだけ滞在してください」


 村長がそういうと、皆もうんうんと頷いていた。よし、拠点ゲット。やりました、魔王様。ミッションコンプリートだ。

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