終 隠恋慕

さぁっと、目の前を赤く色づいた落ち葉が目の前を攫っていく。

「では、よろしくね」

「姉さん……本当にいいのかい?」

幾度もなく、繰り返した問いに幸子はからからと笑って答えた。

「えぇ、いいの。小夜をお願いね」

「はい」

 一本筋が通ったような真面目な声で答える弟の嫁に、自分との違いをはっきり感じた。

 長い黒髪を一つに結んだ嫁は、地味で平凡な顔をしていた。

 けれども、芯の強さが瞳の奥にあり、見つめられると気圧されると同時に、安心感も伴う不思議な魅力があった。

「身勝手なことをしていることは重々承知しているわ。だけど……お願いね」

「もちろんだよ。大切にする」

嫁と同じく、生真面目な弟の声に、幸子は彼の背中を軽く叩いた。

安心させるようにすれば、弟ははにかんだ笑みを見せる。

「あれからずっとあのお屋敷で働いているのか?姉さん」

「えぇ。そうよ。大変だけど、あそこ以外旦那さまと一緒にいられる場所はないからね」

「そんなら断らずにいればよかったのに。そうすれば、丸く収まったんだよ」

子供のようにふて腐れる弟に、それは言わないでくれ、と肩を竦めた。

一番の心配の元であった母は、数日前に亡くなった。

弟と嫁も、母の葬式ということで、長く滞在してもらった。

「それより、そっちは大丈夫なんだろうね。こんなに長くいてもらって、悪かったよ」

「気にしないでください。お義姉さん」

握りこぶしをつくって、やる気を見せる嫁にこりゃあ、尻にしかれるね、と弟にウィンクした。

後頭部をかきながら、もうなってると、言う弟に幸子は大丈夫だね、と笑った。

「では……」

「はい」

二人がそろって頭を下げ、小夜を、嫁が抱いて、幸子に背を向けて歩いていく。

彼らが住む都会は、これから何時間も電車とバスに揺らなければ着くことができない。

そんな長旅を、小夜が出来るか幸子は心配だった。

けれども、幸子ができるのはもう二人の背に向かって、頭を下げることだけだった。

目の前で、区切るような落ち葉が風に乗って流れていく。

 子を弟に渡すのは、身を切られる思いだったが、自分は類と共にいることを選んだ。

「ごめんなさい……小夜」

 小さく、呟いて幸子は自分の顔を両手で覆った。

 二人には自分のことは一切伝えないで欲しいと、頼んだ。

 こんな身勝手な自分が母親だとは、知らないままでいてほしい。

 だから、いつか小夜が大きくなり愛する人を見つけたのなら自分のことを放っておいてでも、行って欲しい。

 自分には、できなかったことをして、その恋を抱いて生きてほしい。

 流れていた涙を幸子は拭うと、ようやく、自宅へと戻っていった。

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かくれんぼ ぽてち @nekotatinoyuube

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