【第四十三走】けんもほろろの響くさま

 相手に取り付く島もないほど拒絶されることを、「けんもほろろ」という。「けん」も「ほろろ」もきじの鳴き声を表しており、それがあまりにも無愛想に聞こえるのでそう表現されるらしい。一説では、「けんもほろろ」の「けん」には、「つっけんどん」の意味合いも込められているらしい――という話を、以前ミスターから聞いた。


 その時は彼の蘊蓄うんちくに舌を巻いただけだったのだが――今の俺とユキの関係は、まさしく「けんもほろろ」を体現したかのようであった。

 出発前に拒絶されて以降、大学への道中で俺から何度か話しかけてはみたものの、大方は無視されるかため息が返ってくるのみで、まともに会話を成立させることはできなかった。

 最終的に会話をあきらめた俺は、黙りこくったまま大学まで運転をするしかなかった。本来はそれが普通のはずなのだが――俺はめっきりこの相棒との会話に慣れ親しんでいたようで――通いなれたはずの道が、今日はやけに長く感じられた。

 その永遠にも思えるほど長い沈黙の中で、俺はずっと考え続けていた。

 いったい、ユキに何があったのだろうか、と。

 昨日のしおらしい態度といい、今日の攻撃的な変貌といい――明らかに彼女は何かを考えたうえでそれを実行している。それは判る。


「ねぇ」


 判らないのは、相手ユキの気持ちである。

 話してくれなければ、意思疎通コミュニケーションは成り立たない。それは俺がこれまでの出会いで痛感し、ユキもまた同じように感じてくれていたはずだ。


「絃やん?」


 となれば、やはり俺との接触を忌避しだしたのは間違いない。

 いや、忌避というよりはむしろ、恐れているような?


「もしもーし?」


 そんな馬鹿なと振り払うように、俺は小さく頭を振る。

 あの絶対無敵天然娘が、いったい何を恐れるというのだ。

 まさか残り少ない転生時間を悟り、俺との別れを惜しんでいるでもあるまいし――。


「絃やんってば!」

「うわっ!」


 ずっとユキのことを考えていた俺は、突如目の前に現れた小動物のようなきっちゃんのドアップに思わずたじろいだ。


「き、きっちゃん――どうしたのよ急に」

「急じゃないよ。さっきからみんなで話してるのに、絃やんだけうわの空でさ。ちゃんと聞いてた?」


 大学に着いた俺は学食へ向かうと、はたしてあらかじめ約束していた通り、きっちゃん・ミスター・大ちゃんの三人がそこに待ち構えていた。

 先日の続きで海への旅行計画を立てるために集まったのだが――俺は挨拶もそこそこに、ユキの異変の原因を突き止めるのに頭がいっぱいだった。その様をきっちゃんは指摘したのである。


「あぁ――ごめん、聞いてなかった」

「もう、どうしたのさ今日は。ずっとぼーっとしててさ。普段なら一番に案を出してくれるのにさ」

「案というか、彼が言うのはいつも無謀で無責任な願望じゃないか」

「それは言えてるね、ミスター。でも、絃やんが遠慮なく発言するからこそ、俺たちの話題も弾むんだけどね」

「おいおい大ちゃん。俺はいつも思慮深く慎重に言葉を選んだうえで発言してるんだぞ? 変な言いがかりはやめてもらおう」

「君の『思慮深い』というのは、脊髄反射で言葉を口にすることを言うのかい? 軽慮浅謀けいりょせんぼう深慮遠謀しんりょえんぼうをはき違えていないか? そんなんじゃ、夏休みの前に試験で追試になるだろうよ。そうなれば佐竹くん――君だけ旅行はご破算だな。ご愁傷様」


 よくもまぁスラスラと、他人をけなす言葉が出てくるものだ。こういう友人に恵まれているおかげで、日々俺の煽りスキルは向上するのである。


「おおっと、ミスター――俺をつまはじきにするのも結構だけど、ひとりだけのけ者ハブにするような真似はきっちゃんが悲しむぜぇ?」

「え、そうなのミスター? 僕、嫌だよ。みんなで行こうよ」


 急にそのくりくりとした瞳に涙をため始めるきっちゃん。さすがのミスターも、彼の純粋さに勝てないのはとうの昔に把握している。俺とミスターわれわれのような、基本的に性格がねじれまくってウロボロスと化しているような人種は、そのまっすぐさがとにかく苦手なのである。


「――それが嫌なら、せいぜいこの集中力散漫な彼にしっかり試験対策するよう言ってやってくれよ」


 あきらめたようにため息をつきながら、ミスターは言い放った。


「確かに、ミスターの言い分ももっともだね。ねぇ絃やん、どうしたの?」

「女の子に告白でもした? それともされたとか? 憎いねぇ、この色男」

「大ちゃん、君と一緒にしないでくれ。俺はこの二十年間で告白なんざしたこともされたこともない」

「そんなことを堂々と言い切るなよ」

「誤魔化しても仕方ないからね――それより」


 椅子を引いて座り直し、俺は少し声のトーンを落とした。


「実際にはその逆で――なぜか知らんけど、今朝になってユキから一方的に断絶されてるんだよ」

「ええ、どうして? あんなに仲がよかったのに」


 常に煽り合う関係を仲がいいというのかは疑問だが、今のように険悪ではなかったのは確かだ。


「だから、それが判らないからずっと考え込んでたんだよ」


 ちなみにここにいる全員はユキと一応面識がある。きっちゃん伝いに話題となりそろって会いに行ったことがあるのだ。その際、ウチの彼女はとても性格がよろしいできた娘なので、我々が好奇心で集まったと知るや、


「アタシは見せモンじゃないのよ! 散りなさい!」


と、開口一番に威嚇して追い払ってしまった。なんともたくましいヤツである。


「僕らはあれ以来会っていないから知らないが――何かしたのか? 思い余って突然肉体関係を迫ったとか」

「どうして俺が鉄の塊に欲情しなきゃいけないんだよ」

「なんだ違うのか」


 予想が外れて、彼は少し残念そうにした。

 ミスターはやたらと理屈っぽいくせに、なぜかこの事象に関してはとても自然に受け止めている。いわく「体験したなら疑いようもない」とのことだ。てっきり「非科学的だ!」と騒ぐのかと思ったけれど――ミスターは「この世のすべてが科学で解明できるわけでもないだろう」と澄ましたものだった。狼狽える彼が見たかった俺は少々拍子抜けしたのだけれど――そういった柔軟な思考を持つ彼には素直に敬意を抱いた。


「絃やんさ、女の子は問題を解決してほしいんじゃないんだよ。いっしょに話をして、聞いてほしいんだ」

「あんな思いをしてもなお、原付アイツを女子扱いできる君はすごいよ、大ちゃん」

「乙女心さえあれば、女子は女子だよ絃やん。たとえ肉体が男性だろうが無機物だろうが、それにこだわっちゃいけないぜ」

「君は拘泥こうでいしなさすぎだぞ、大ちゃん」

「あ、もしかして――!」


 話が逸れかけたところで、急にきっちゃんが声をあげた。


「ユキさんはさ、もしかして嫉妬してるんじゃないの?」

「嫉妬って――誰にだよ、きっちゃん?」

「それはもちろん、絃やんが一番仲のいい異性に決まってるじゃない」

「それってもしかして――」


 一番も何も、異性の友達など心当たりはひとりしかいない。


「――七香さん?」

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きみのこえがきこえる ささたけ はじめ @sasatake-hajime

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