催眠動画をなえさせる方法

ちびまるフォイ

催眠動画のいいなりにならない

深夜にやることもなくネットをさまよっていると、

「お腹が減る動画」というのを見つけた。


「なにか美味しそうな食べ物の動画かな」


動画を再生してみると、飯のメの字もないものだった。

画面中央から広がるようにジグザク模様が映し出されているのが3分。


釣り動画かと戻るボタンをおそうと思ったが、

せっかくなので最後まで見てやろうと思った。


動画が終わると急に空腹感が押し寄せてきた。


「あ、あれ? なんかめっちゃお腹へってきた……!」


美味しそうなものは何ひとつなかったのに

お腹からは訴えるようにぐーぐーと音がなっている。


インスタントで事なきを得たが、

もう一度動画を再生するとまたお腹が減るから驚いた。


「これは本物だ……!」


お腹が減る動画の恐ろしさをいち早く伝えたかったので、

友達に連絡しSNSで発信した。


>本当にお腹が減る!

>なんで!? 不思議!

>新感覚の電子ドラッグ型飯テロ


などと、動画は動画配信者の食レポをもしのぐほど食欲を刺激した。


数日後に同じ謎の投稿元から別の動画が公開された。



『 眠くなる動画 』



どんな退屈な授業の動画かと思ったが、

こちらも画面中央から同じような模様が広がる不思議な動画だった。


眠くなるどころか極彩色の色合いに目が冴えてしまう。


……はずだった。


「……なんだろう、すごく眠くなってきた……」


抗いきれない眠気に襲われた午後7時。

普段は夜はこれからだと全裸でゲームしている時間なのに。


動画はふたたび人気になり学校でも動画の話題になった。


「眠くなる動画見た? あれやばいよね」

「エナジードリンク飲んで、コーヒー飲みながら寝ちゃった」

「どうなってるんだろうね」


そんな中、学内カースト上位組の人がドヤ顔でやってきた。


「あの動画ね。俺はぜーんぜん眠くなかったぜ」


「まじかよ」


「ああ、あんなので眠くなれるなんて逆にすごいわ。

 俺ほらいつも睡眠時間2時間だし? 自分で自分の眠気をコントロールできるんだわ」


「本当かな。なら見てみてくれよ、この場で」

「ああいいぜ」


催眠動画をスマホの画面に映し出して紋所のように鼻先へ突きつけた。

動画の再生が終わればきっと眠くなるはず。


「動画終わったぜ。ほら寝てないだろ?」


「そ、そんな!? もう一度!」


「何度やっても同じさ」


なんとか一矢報いたいと動画をリプレイする。

人によって効果があったりなかったりするのだろうか。


「……ん?」


ふと、相手の顔を見ると目をそらしたり目をつむったりしていた。


「おい! ちょいちょい動画から目を離してるじゃないか!」


「い、今のはまばたきだし!」

「そんな長いまばたきがあるか!」


今度はちゃんと動画を注視するようにと念押ししてから見せると、

あれだけ息巻いていた男も再生終了とともに安眠した。


動画は最後までちゃんと見なくちゃ効果が出ないのを利用して

目を離していただけのセコイ手だとわかった。


「やっぱり催眠動画はすごいなぁ」


すっかり魅力に取りつかれてしまった。

その後も投稿者は「外にでかけたくなる動画」「寂しくなくなる動画」などを投稿。


そのどれもが確かな効果を実感させるもので、

テレビではこの動画をニュースで大々的に取り上げ、

専門家たちは解明できないメカニズムを前に頭をひねっていた。


動画にハマっていくほどに、ある感情が俺の中でも芽生え始めた。


「俺も作ってみたいなぁ」


人気ユーチューバーに憧れた小学生がデビューするように、

俺も自分で催眠動画を作ってみたいと思うようになった。


けれど、専門家でもなければ動画のタネを暴いたわけでもない。


どういう仕組みで眠くさせたりお腹減らせたりするのかわからないが、

とにかくそれっぽいものを作って動画にまとめた。


「まあこれでいいかな」


オリジナルの動画を散々見てきたのもあって、クォリティは遜色ない。

投稿するとさっそく勘違いした人がどんどん再生回数を稼いでいく。


「やった。このまま有名になってテレビの取材とかこないかなぁ」


増え続ける再生回数のカウンタに幸せを感じた。


自分のパチモン動画がテレビやネットで取り上げられていないか

ニュースをチェックすると、記事のほとんどはバイオレンスな内容だった。


>通行人が突然路上で暴行

>エスカレータで背中を蹴り飛ばす危険行為


「物騒な世の中になってきたなぁ」


自分とは遠い存在の話だと流そうと思ったが、

すべての犯罪者は犯行前に俺の動画を見ているという共通点があった。



『普段はあんなことする子じゃないんです……。

 動画を見てから急に人が変わったように暴れ始めて……』


『なにもしてないんですよ。なのにいきなり後ろから襲ってきたんです。

 横断歩道を待っていただけですよ。どうして殴られなくちゃいけないんですか』



インタビューで映し出される人の顔と俺の動画。


嫌な予感がする。


「まさか……俺がいい加減に作った動画で暴力を呼び起こさせるのか……?」


最初はただの再生回数かせぎのために作った偽物動画。

たまたま作った動画が人の暴力的な感情を引き出すものだとしたら。


「や、やばい! 早く消さなくちゃ!!」


すぐに動画を非公開にして二度と出さないようにした。


けれど一度世に出てしまえば

動画は俺の手を離れて第三者により投稿され続ける。


いくら削除しても雑草のように湧いてくる動画にはキリがない。


動画編集中は動画をフルで注視することはないので

この動画の危険性について気づくことができなかった。


「俺の……俺のせいだ……」


動画はインフルエンザよりも早く拡散され、

海外にも飛び火して暴力の火種を着火して回っている。


今更削除しても遅いだろう。


「いったいどうすれば……」


追い詰められた俺はそっと非公開を解除すると、

たったひとつの機能を動画の途中に追加した。




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暴力事件はぴたりと止んだ。

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