私の手帳
@unigame
第1話 A子ちゃんのこと
A子ちゃんは、私の隣の席の女性である。
私と彼女はひと回り以上の年齢差があり、彼女のお母さんの年齢は私と五歳くらいしか違わないのだという。最初に彼女のお母さんの年齢について聞いた時、私はA子ちゃんのお母さんの出産年齢の若さよりも、自分と五歳くらいしか違わない女性に21歳にもなる娘がいるという事に動揺したのだった。
思い起こせば、同じ職場のB子ちゃん(22)のお母さんも大変若いということだから、大変若い女性が娘を産み控え目な子になるよう田舎で躾けると、その子は経理の専門学校へ進学しその方面の仕事に就く…という法則でもあるのだろうか。
A子ちゃんに話を戻そう。
A子ちゃんは努力家で、知識の吸収に貪欲で、不器用なため協調性がないと思われており(実際、ものすごく協調性が高いとは言えない)、自己肯定感が低く自身を「カス」「クズ」「ダメ」と評し、上司の高評価は疑って、わずかな批判でもしっかりキャッチした上で真に受けては落ち込み、いつもお金がなく、そして可愛い。
A子ちゃんの隣の席で仕事をするようになって判ったのだが、彼女は器用な若者が処世術として纏う謙虚風とは異なり、本当に自己肯定感が低いのである。
謙虚とは、辞書で引けば「謙遜で心にわだかまりのないこと。ひかえめですなおなこと」とある。
A子ちゃんは謙遜だが、心に自分に対するわだかまりがある。卑屈がある。
最初私はA子ちゃんは謙虚なのだと理解していたのだが、間もなく彼女の言動に違和感を覚えるようになった。
彼女はどんなに褒められてもそれを感謝して受け取ることをしない。そして必ずこう言う。
「そんなことないです。何も出来ていません。まだまだ遅いし、私なんて全然駄目です」
A子ちゃんにとって、他人からの評価はそれが良いものであれ悪いものであれ必ずアレルギーのある食物なのではないかと思う。
誉め言葉は彼女にとって「アレルギーが出るように見えるもの」。決して飲み込まない。
批判の言葉は彼女にとって「アレルギーが出ないように見えるもの」。いつも飲み込んでは、自身を掻きむしり壊している。
では、A子ちゃんにとって、安心して受け取れて飲み込んでも苦しくならない食物とはどのようなものなのだろうか。私は、その食物を模索しながらA子ちゃんとのコミュニケーションを続けている。
私も自己肯定感は低いほうで、自分をよく貶めている。褒められて舞い上がった挙句失敗して恥をかくのは絶対に避けたい。年齢を重ねた今もそれは変わらない。恥をかき慣れ、私自身が他人の視線に鈍感になってきたから何とか耐えられているけれど。だから、A子ちゃんの言動には日々シンパシーを抱く。
A子ちゃんは若いので、私を含む周囲の仲間たちが感謝の気持ちを示して否定された時の空しい気持ちを理解することは難しいだろうか。難しいだろう。
自分が二十歳そこそこの時には、感謝の言葉を突き返された相手がどんな気持ちになるかなんて、考えもしなかった。ひと回り以上も年の離れた人・自分と全く異なるレベルの仕事をしている人に、人間の心が備わっている事さえ気付いていなかった気がする。
でも、そのようだった私も中堅の年齢になり「この自身を否定してばかりいる女の子が、私の「ありがとう、助かったよ」を飲み込めるようになるにはどう伝えたらいいだろうか」と頭を悩ませる立場になった。
A子ちゃんにも私のようになってほしい!などと調子に乗ったことを言うつもりはない。述べたように、私も自己肯定感が低いのだ。今も苦しい。一日二回は「ああ、死にてえ」と思う。低気圧の日はこれが五回になる。
でも、そのような私が今こうしてA子ちゃんのことで頭を悩ませられるのは、一重に周囲の先輩や上司の人たちが、頑なに自分を否定する若く未熟な私に対して諦めずに「ありがとう」「頑張ってるね」「助かった」「またよろしく」「土日しっかり休めよ」と言い続けてくれたからだろうと、今にして思う。
私がA子ちゃんに言葉を投げかけ続けることは、A子ちゃんのためにと考えたら難しいだろう。多分心が折れるか「こんなに言ってるのに、A子ちゃんはわからない奴だ」と腹を立てるかのどちらかだ。
でも自分に温かく接し続けてくれた先輩や上司の人たちへの恩返しだと思って、彼女が私に嫌気がささないうちは、言葉を模索し投げかけ続けようと思う。
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